第20話 サン・ピオール
サン・ピオールは四方を山に囲まれた盆地である。中央には周囲4リーグ程度のピオール湖がある。ここから出でたレーヌ川はいったん東に流れ出た後大きく西に向きを変え、帝都レモリアの側を通り北の海に注ぐ。
レーヌ川は帝国最大の川であり、その源流たるサン・ピオールは当然ながら水の都、水神の神都として崇拝されることとなる。この湖に住むという精霊の伝説と結びつき、ここサン・ピオールは水の精ウンディーネを祀る聖地として発展した。そしてその中心にあるのがサン・ピオール教会なのである。
また、サン・ピオールは水の都、聖地であるのと同時に、温泉地でもあった。
この盆地を囲む山のうち、南にそびえるモン・ロゼは今なお噴煙を上げる活火山であり、その火口には火の精サラマンダーが住むとされた。そしてその火の神と水の神の幸福な結婚の産物が、温泉であるというのである。
そしてもちろん火山のそばであるから、大量の硫黄を産する。それがこの土地の輸出品の一つなのであった。
「みなさん、護衛ありがとうございました」
商人は斎、マルティナ、シャルロットに礼を言って護衛の代金を払う。なにせ騎士2名と冒険者1名による7日間の護衛である。代金の入った革袋はずっしりと重かった。
そして斎には、明日、宿泊している宿を訪ねてきてくれ、それまでに硫黄は用意しておこうと言った。
「さて、1週間旅を続けていたわけだけれど、どうだろう、ここに何日間か滞在するというのはどうだろうか。旅の疲れもいやせるし」
マルティナがそう提案した。もちろん二人には異議はなかった。
とりあえず3人は建前上巡礼者らしく教会に向かおうと思ったが、しかしその前に身を見読める必要があった。なにせ7日間風呂や洗濯とは無縁の旅をしていたわけである。
そのためまず3人は、教会の隣にある公衆浴場へと向かった。
マルティナは意気揚々としていたが、シャルロットと斎はなんだかそわそわしていた。そう、混浴であると思っていたのである。
だがここは水の都にして聖地、いかがわしいことを好まぬ人もおり、教会などはその筆頭であった。そうであるから教会管轄の浴場は男湯と女湯に分かれていたのである。
それを知ってシャルロットは胸をなでおろした。斎は顔には出さないが、すこし落胆しているようだった。
3人は公衆浴場の入り口で別れる。マルティナとシャルロットは女湯へと入っていった。
更衣室で服を脱いで籠に入れていると、湯女の一人が話しかけてきた。
「お召し物はお洗濯されますか? 上がるまでには乾燥していますよ」
果たしてそんなことができるのかと思ったが、よく考えればここは水の精ウンディーネと火の精サラマンダーにとって聖地なのである。当然水や火の魔法に通じたものも多く、おそらくはそれらで洗濯と乾燥をやってしまうのであろう。
2人は湯女に衣服と洗濯代金を渡した。湯女はお辞儀をすると、籠を持ち去った。
二人は首から革袋の財布をかけ、そしてタオル代わりのリネンを手に持つと、浴室へと進む。
先に書いたように、都市部の風呂は1-2人程度が入れるサイズの大きな樽で湯浴をするか、蒸し風呂がふつうである。しかしサン・ピオールの風呂はレモリア式の大浴場であった。巨大な大理石張りの湯舟があり、真ん中には湯を出す噴水がある。中はそこまで明るくないが、天井の採光窓から光が差し込んでいる。湯気があたりを満たしていた。
二人は身体を流した後、湯につかった。
「いやー、生き返るねー」マルティナは顔を洗いながら言った「お湯につかるのはいつぶりかな?」
「私も、ひさしぶりに垢すりしてもらおうかと思います」シャルロットが言った。
「いいねぇ」
うーんとマルティナが伸びをした。豊満な胸が湯から出そうになった。シャルロットは目をそらした。
そんな視線に気づいたのかどうかは知らないが、マルティナはシャルロットに言った。
「そういえば、さっき洗濯に服を預けたじゃない」
「そうですね」
「それで、少し前から気になっていたんだけど、下着、新しいのに変えた? 前は紐パン履いていたよね」
「ああ、それですか」シャルロットがため息をついた「実はですね、イツキがろくでもないことをしたんですよ」
「ろくでもないこと?」
「そうです。ヴォルパーティンガー狩りした日の朝、私の服を洗濯してあげるからと洗ってくれたんですけどね、乾燥させるからと言って火の魔法を使ったんです。そしたら私の紐パンが燃えちゃって……」
「あらら、それで新しいの買ったんだ」
「いいえ」シャルロットが首を横に振った「そんな余裕ないですよ。とりあえず奴の下着を奪って履いています。ああ、奴なら心配しなくてもフンドシ?とかいう腰布で大丈夫って言ってましたから」
そう言ってシャルロットはため息をついたが、しかし何か違和感があった。
普通ならすぐ相槌を返すマルティナが、何も言わなかったからだ。
シャルロットはマルティナの方を見た。マルティナの顔が引きつっていた。
「マルティナ様……?」
「ね、ねえシャルロット」マルティナは震える声で言った「つまり、イツキの下着をこの1週間ずっと履いていたということ?」
「え、ええそうですが……」
「あなた、いくら好きな男のだからってそれはドン引きよ……」
シャルロットはそれを聞いて顔を真っ赤にした。頭から湯気が出そうであった。
「そ、そういうつもりでは!」
「ま、まあ二人のことは温かく見守ってあげるから、心配しないで」
「いやだから違うんです、誤解です!」
シャルロットは顔を真っ赤にしたまま抗弁し続けたが、マルティナは引きつった笑い顔を続けるだけだった。
結局しばらくたって風呂を出るころには、のぼせたせいもあって、体全体が真っ赤であった。
更衣室では、預けた服がきれいに洗って乾燥された状態で置かれていた。マルティナはほほう、と感嘆しながら服に袖を通すが、しかしシャルトットはうつむいたまま服を着たのであった。
外に出ると、先に風呂を上がったのか斎が待っていた。衣服もきれいになり、肌もつるつるである。洗濯と垢すりのサービスをうけたのである。
「おまたせしたね」マルティナが言った。
「いいえ、それほどは」斎は言って、シャルロットの異変に気付いた「あれ、もしかして、シャルロット、のぼせましたか?」
「あ、いや、いろいろあって」
マルティナが苦笑いしながら答えた。
するとシャルロットが前に進み出て、がしっと斎の肩に両手を置いた。そしてがくがくと前後に揺さぶり始めたのである。
「ちょ、ちょっとシャルロット?」マルティナが驚いたように言った。
「あんたの、あんたのせいで~~!」シャルロットは赤い顔に涙を浮かべながら言った「マルティナ様に誤解されたじゃない、謝罪しなさい!」
「いや、いったい何のことか……」
「あんたが私の下着燃やしたせいで私が変態みたいに思われたじゃない! 謝罪しなさい!」
「いやだから意味が分かんないって!」
マルティナは苦笑いをしながらそれをしばらく見つめていたが、しかし何の騒ぎかと人が寄ってき始めたので、やっと間に入ってシャルロットを引きはがした。
そして3人はやや気まずい雰囲気の中教会を参拝し、その日の宿に向かったのであった。
書籍化すれば湯気が消えます(迫真)




