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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第1話 異世界へ

 気づいたとき、東郷斎(とうごういつき)は真っ白な空間にいた。

 左右を見わたても一面真っ白。そこにぷかぷかと浮かんでいる。


(あれ、ここはどこだ。俺は確か、大学の授業が終わって、バイトに行く途中だったはず……)


 そして、その続きを思い出そうとしたとき、頭が痛むのを感じた。


(そうだ、バイトに行く途中、その道で……)


「悲しきかな悲しきかな」


 後ろで声がした。よく通る若い女の声だった。

 振り向くと、一枚の白い布を体に巻き付けたような服を着た、透き通るような白い肌の若い女性が、蓮の台の上に立っている。後ろには後光が差し、花弁があたりから降り注ぐ。

 女神かはたまた菩薩か、そんな何かだろうかと斎は思った。


「悲しきかな、生を受けてよりまだ二十年、弱冠にして(そつ)す。(あした)に紅顔あるといえども(ゆうべ)には白骨となれる人の身、哀れというもおろかなり。されど前世の因縁ありて(いま)菩提(ぼだい)を得ず、六道輪廻の宿業(しゅくごう)ありて三千世界をさまよう」


 ちょっと何を言っているのか理解できない。


「ちょっと何を言っているんです、ここはどこなんですか、俺はいったい……」


 その女神は、斎を見つめた後、目をぱちくりさせた。そして咳払いをした。


「ああ、ええと、わかりやすく君の国の言葉を使ったつもりだったんだけど」


 全然わかりやすくないぞ、そう斎は思った。わかりやすいという言葉の意味を辞書で確認してほしい。


「ごめんね、こっちの言葉ならわかるかな?」

「わかります」

「ええっとね、結論から簡単に言うと、君は死んだの。ブレーキとアクセルを踏み間違えた高齢者にはねられて」


(死んだ!? 俺が?)


 それを聞いた途端、彼の中で、すべてがフラッシュバックしてきた。


(そうだ、車が突っ込んできた。そして引かれそうになった女子小学生を突き飛ばして、それで‥‥‥)


「そう、君はそうやって死んだ」


 女神は打ちひしがれる彼にそう告げた。


 くそっ、と彼は呟いた。まだやりたいことも、たくさんあったのに。


「さらに悪いお知らせがあって、君はまだ十分に功徳がつめていない。だから解脱することはできないんだ。魂は消えない。だから何かに生まれ変わるとか、そういうことになる」

「生まれかわるって……」

「安心して。前任者みたいに人を簡単に虫けらに生まれ変わらせるような畜生な神と私は違う」

「でも、赤ん坊からやり直さないといけないんだろ。なんとか生き返ることは……」


 女神は、うーんと考えた。


「もちろん、そういったように元の身体に元の魂を戻した前例がないわけじゃないけど」

「じゃあ俺も‥‥‥」

「それはできない」


 女神はその願いを突っぱねた。


「それはどうして」

「君の亡骸はもう焼かれちゃったんだ。体が残っていればいかようにでもできるけど、肝心のモノがないんじゃねえ」

「じゃあ俺は、結局、赤ん坊から別の世界でやり直すのか」

「うーん、それもあるけど、じつは一つ提案があってね、死ぬ前の身体と記憶を保ったまま、別の世界へと送る、ということもできるんだ」


(もしかして生まれ変わりというよりかは、異世界転移とかいうやつか!)


「ちょうど今危機に瀕していて勇者を求めている世界がある。戦乱の差し迫った世界。そこに君を送り込もうと思う。君の身体はそのまま、記憶もそのままで」


 それはいいね、とすぐ言うわけはない。


「その異世界って、どんなところなんだ。魔王が攻めて来たりして……」

「あー、そういうこともあった世界だね。君たち日本人の好きな、剣と魔法と、そして戦乱があふれる異世界」

「冗談じゃないよ、そんなところに行ったらまたすぐ死んじゃうよ」

「これでもいい世界よ。あなたがいた娑婆(サーハ)世界と99.9%まで同じよ」

「魔法のあるファンタジー世界のどこが同じなんだよ」


 女神は、ぐいっと顔を寄せた。


「あのねえ、たとえば『強い力』がちょっとでも弱い世界に飛ばされたらどうなると思う? 君の身体の原子は一瞬で核分裂を起こして爆発四散するわ。『強い力』も、『弱い力』も、『重力』も、そして『電磁力』も全部君の世界と同じ。唯一違うのが『魔力』が目に見えるほど強い、ということ。それだけ近い世界があったことに感謝するべきよ」


 でもそれでもすぐに首を縦に振るわけにはいかない。


「勇者なんだろ、丸腰っていうのはちょっと……」

「ええ。だからいくつか能力を授けるわ。供物をささげられ勇者を求められた以上、変なものを送るわけにはいかないから」


 そういって女神はいくつかのスキルを提示した。


 魔法を使えるようにすること、異世界言語を喋れるようにすること、そして病気にかかりにくくすること。


「たったそれだけ?」

「たったそれだけって何? 大盤振る舞いだと思うんだけど」

「いや、すごい上級の魔法の才能とか、S級装備とか、ステータスを透視する能力とか……」

「そんなバランスブレーカーにはさすがにできないわよ。あからさまにおかしいじゃない、そんな人がいきなり湧いて出たら」

「でも……」

「でもってなによ。行くの、行かないの?」


 ここは決心のしどころであった。うん、そうだ。異世界転生した奴らは、フィクションの中とは言え、みんなうまくやっているじゃないか。自分にできない道理があるだろうか。そう斎は自分に言い聞かせた。


「うん、行くよ」

「じゃあ決まりね!」


 そう言った瞬間、斎の身体が光り始めた。

 そして光り輝く彼の右上腕を女神はつかんだ。そしてどこから取り出したかわからないが、大きな注射器を突き立てたのである。


「い、痛い! というかなんだよそれ!」

「さっき言ったじゃない。病気を予防するって。あいにくもともとの君の身体には異世界の病原菌への抗体なんてないはずだから、予防接種を打っているのよ。108種混合ワクチンよ。ついでに解毒作用もつけといたから」

「108種!? 4種混合までしか知らないぞ!」


 女神は彼の叫びなど気にせず全量を注射すると、針を抜く。なんだか直後から動悸がするような気がしてきた。熱もあるようだ。


「ああ、そうそう。打った後3日3晩は副反応による高熱が出るから、気を付けてね。さあ、それじゃあ行こうか、異世界へ!」


 女神はそう叫んだ。体が落下していく感じがする。熱のせいなのか、女神の力によるせいなのかわからないが、斎の意識は次第に暗闇へと吸い込まれていったのだった。


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