第18話 祝杯と新たな仕事
「カンパーイ!」
冒険者センターの1階の居酒屋で声が上がる。斎と、シャルトット、そしてマルティナが祝杯をあげていたのである。
ヴォルパーティンガー討伐は成功した。約束に従い60ペンス、つまり5シリングの収入を得たのである。
「ぷはぁ、やっぱり儲けた後の酒はうまいねぇ」
マルティナは上機嫌にそう言う。斎は冷静に突っ込んだ。
「いや、マルティナ様は飲んだくれていただけでしょう。狩りをしたのは俺とシャルロットですよ」
「細かいことはおいといて!」マルティナは言った「とにかく飲もうよ!」
「大変だったんですよ、俺もシャルロットも泥まみれになって」
そう、あの狩りの後シャルロットは大変だったのだ。
シャルロットの服は泥まみれになっていた。再び洗って、干さざるを得なかったのである。晴天のおかげで、夜までには乾いていた。
「あなたはお風呂に行ってたのよね」マルティナが斎に言った。
「ええ。でも……」
彼が返答に若干尻込みしたのには理由があった。
斎はヴォルパーティンガーの討伐後、朝風呂を浴びた。シャルロットも誘ったが彼女は顔を真っ赤にして拒んだ。どういうことかと思っていたが、実際に風呂行けば分かった。
混浴だったのである。
風呂屋には大きな木で出来た桶が並んでいる。そこに湯をためる。ヨービルにはいくつか風呂屋があり、2つの種類に大別される。蒸し風呂と湯浴である。彼が来ていたのは湯浴であった。
斎は湯を張った風呂桶に入るが、しかし入っているのはぬるま湯である。しかも周りでは混浴が当たり前であり、上の階からは喘ぎ声が聞こえてくる。おそらく売春宿となっているのであるが、彼には周囲の女体も嬌声も耐えがたかった。早々に退散した。
「ははははは!」それを聞いたマルティナは爆笑していた「そりゃそうだよ、混浴の風呂屋なんて売春宿みたいなもんじゃないか」
「当然買ってなんていないんでしょうね」シャルロットが言った。
「買っていないよ」
「あれ、万が一の時のため妬いているのかな」マルティナが言った
「違います!」
「どっちでもいいんだけど、とにかくお金がもらえてよかったよ」
斎がそう言ったとき、髭を生やした中年の男性が近づいてきた。
マルティナはそれに気づいた。手を振る。男は、3人のテーブルのところにやってきた。
「こちらの方は?」斎が聞いた。
「パンターニ氏。商人だよ」
「ジョルジョ・パンターニです」中年の男が頭を下げた。
「イツキです」「シャルロットです」二人も頭を下げた。
「彼の道中の護衛を請け負った。荷馬車隊の護衛だ。登録料の差額ももう払っておいたし。いいよね?」
差額の登録料とは一般冒険者と騎士の登録証の差額、つまり一人当たり10ペンスのことである。護衛任務であり、騎士ともなるとその報酬は高いのである。
「サン・ピオール教会まで商品を運んで売り込むつもりです。そしてまた商品を仕入れます。サン・ピオール教会までの護衛をお願いしたいのです」
もちろん、と斎とシャルロットは頷いた。
「これも結構はずんでくれるっていうし」マルティナが親指と人差し指で輪を作る。斎とシャルロットの顔がほころんだ。
「何を売りに持っていくのですか?」斎が尋ねた。
「織物や毛皮です。サン・ピオールの聖職者やその住人は自ら動物に触れることを嫌いますからね、高値で売れるんです」
「向こうでは何を仕入れるんですか?」
「医薬品です。特にサン・ピオールは良質の硫黄を産します。これを買って、また別のところで売るのです」
「硫黄……」斎はふと考えた「その硫黄、少し分けてもらったりすることはできますか?」
「え、ええ、それは構いませんが」
「ありがとうございます」斎が頭を下げた。
パンターニ氏はマルティナの方に向き直る。
「マルティナさん、それでは明日、よろしくお願いします」
「はい」
そしてパンターニ氏は立ち去る。
「ほら、ただ飲んだくれていたわけではないんだよ。ああやって仕事を探していたりしたんだ」
マルティナは言った。
「さすがマルティナ様です」シャルロットが言った。
「イツキのおかげで少し有名になったからね、私たちは。それでいろいろ話しかけてくれる人がいたってわけ」
昨日の募兵官を酔いつぶした件である。酒が強い男は強い男である。たとえ玉無しやインポであっても、玉無しやインポの強い男と呼ばれるのである。
「ははは……」斎は乾いた笑い声を上げた。
その時、再び近づいてくる人がいた。筋骨隆々として剣を下げた冒険者の男と、露出の多い服を着た巨乳の若い踊り子の女であった。
まず話しかけてきたのは男の方であった。
「なあ、インポのあんちゃん、羽振りがいいそうじゃないか」
誰がインポだ、と思わず言いそうになったが、この男と喧嘩をしても到底勝てそうにはないのでやめておく。
「何か用ですか?」
「いいや、聞いたぜ、ヴォルパーティンガーを30羽も狩ったんだってな」
「ねえ、お金もあるんだったら、どうかしら」踊り子が机に腰かけて言った。「いい娘紹介できるわよ」
きっ、とシャルロットが睨んだ。
その視線がよほど鋭かったのか、踊り子はびくっとなってひるんだ。
「じょ、冗談よ」踊り子は言った「その、狩るのがむつかしいっていうヴォルパーティンガーをどうやって捕まえたのかって聞きたくて」
「そうそう、あんちゃんたち、有名人だからな」
「そう言うことですか、ならお話しますよ、どうぞ」
2人は席に着いた。斎は二人に狩りの顛末を話した。
「なるほど、二人で狩りをしたわけなんだな」
冒険者の男は言った。
「そう、私が飲んでいる間に終わらせちゃったってわけ、大したものよ」マルティナが付け加えた。
「生娘じゃないと見つけられないっていうのも本当だったのね。どおりで私は見つけられないわけだ」
踊り子はそう言ってふふっ、と笑った。そして続けた。
「にしてもそうだとすると、これからが楽しみね」
「これから?」
「二人のこれから」
そう言って斎とシャルロットを指さした。
二人はきょとんとする。
「あれ、言い伝え知らないの?」
「いや、知らないですね」
「ヴォルパーティンガーは異なる種族同士がまぐわってできた、間違った愛の産物出会うことは知っているわよね」
「もちろん。だから逆に、『本当の愛』を備えている、清らかな女性しか見つけることができない、と」
「そう、でもそれには続きがあってね」
「続き?」
「ええ、ヴォルパーティンガーは若い清らかな女の子にしか見つけられないけど、でもそう言った非力な女の子ではヴォルパーティンガーを捕まえることはできないわ。だから、さっき言っていた風に、結局は男が捕まえることになるのがほとんどらしいんだけど」
「うんうん」
「その、一緒に狩りをした男女は『本当の愛』によって、結ばれることになる、という言い伝えられているの」
「本当の愛……」
斎とシャルロットは一瞬固まった後、赤面した。
「冗談じゃないわよ!」シャルロットが叫ぶように言った「な、なんでこんな男と!」
「いや、あくまで言い伝えだから」踊り子は笑いながら言った「さて、面白いことも聞けたし、私たちはお暇するよ」
そう言って男と踊り子は席を立った。
マルティナがにやにやしながら言った。
「よかったじゃないか、シャルロット、嫁の貰い手が見つかって」
「マルティナ様まで変な冗談言わないでください!」そしてはっとしたように付け加えた「まさかとは思いますが、私たち二人で行かせたのって……」
「さあ、どうだろうね」マルティナはとぼけたような返事をする。
「マルティナ様~~!!」
悲鳴にも似たシャルロットの叫びが、こだまするのであった。




