第15話 雨音 その2
「本当にごめん、申し訳ない」
シーツにくるまりながら、斎はシャルロットに謝り続けていた。シャルロットは、魂の抜けたようなうつろな目をして、同じくシーツにくるまって壁にもたれかかっている。
「ははは……いいのよ、ははは……もう戻らないし、ははは……」
先ほど斎は火の魔法で洗濯物を乾燥させようとした。はじめはうまくいき、次第に水気が飛んでいるように見えた。
しかし火は火である。水気があるから燃えないだけである。一歩さじ加減を間違えれば、すぐに炎が出る。
それは、一番小さい衣服……すなわち、シャルロットの紐パンで起こったのだ。
煙が昇り始めた時、はじめに気が付いたのはもちろんシャルロット本人だった。
「ね、ねえこれちょっと、燃えてない?」
シャルロットがそう言う間に、紐パンは炎に包まれる。
これはまずいとばかりに即座に斎は水をかけたが後の祭り、彼女の紐パンはボロ布と化していたのだ。
これを見てシャルロットは床にへたり込んだ。斎への怒りからではない。明日からノーパン生活を強いられることに絶望したからである。
なお中世ヨーロッパの女性というものは基本的にパンティは履かなかった。だがシャルロットのように男装して騎士となるなら話は別であろう。彼女はパンティのある生活に慣れ切っていたので、それがなくなることなど考えられなかったのだ。
その後、とりあえず自然乾燥に任せるわけにしたのであるが、もちろん雨が降って湿気ている。乾くわけはない。とはいっても全裸で突っ立っているわけにもいかないので、シーツにくるまっていたのである。
「本当にごめん。弁償するから」
「ねえ、あなた、あのパンティがどれくらいするか知っているの? 高いのよ」シャルロットは呟いた「今回の稼ぎが成功していたとしても、それで吹き飛んでしまうわ」
「そんなに?」
「そんなに」
「ごめん」斎は頭を下げた。
「ううん、もとはといえばゲロで服を汚した私が悪いの……」
斎は寒気がした。いつもは極めてシャルロットがこんなにネガティブ思考をするなど、どれほどショックだったのだろうか。
ともかくこれは一度話を逸らすにしくはないと思った。
「ね、ねえ、シャルトット」
「なに?」シャルロットは生気のない声で答えた。
「こんな時に聞くのもなんだけど、マルティナ様って、どんな人なの?」
「はあ、なにそれ、突然どうしたの?」
シャルロットは驚いたように返した。あきれているようにも見えた。
「いや、旅を始めたけど、俺はまだ二人のことよく知らないし」
「なにそれ、パンティ燃やしといて。それに私じゃなくて、マルティナ様のこと聞くの?」
「いや、じゃあ君のことでもいいけど……」
「私のことでも、ってどういう意味?」
「いやえっと、きみの話が、聞きたいです」
「じゃあ話してあげる」シャルロットは言った。すこし機嫌が戻ってきた様子であった。
「私の人生なんて、あのパンティみたいな悲しみの塊よ」
やっぱり戻っていなかったのか、と斎は思った。
「18年前、私はモントート男爵家の次女として生まれたの。田舎の貧乏貴族よ。親は子宝に恵まれなくてね、男はいなくて、姉とも年齢は離れていた。私が生まれたころには、姉はもう嫁に行っていたわ」
やっぱりこいつも貴族の出身か、と思った。
「家は私が継ぐと思うじゃない? 違うのよ。すでに従兄弟――父の弟の息子が、うちの領地の領主になっていたの。私が生まれた時、私がこのまま育ってはお家騒動の火種になると思ったんでしょうね、ほとんど家に閉じ込められて友達もなく生活させられたわ。そして8歳で教会に送られた。帝都の東北、サン・ルベ教会よ。キュベレーの神殿」
ああ、聞いたことある。お家騒動の火種を出家させるやつだ。
「そこでもあまり友達はできなかった。代わりにひたすら剣の稽古をしていたわ。13歳まで一人。そんな時、マルティナ様がサン・ルベに来たの」
彼女の顔に少し生気が生じる。
「マルティナ様は私にすごく優しくしてくれた。それで私は彼女の従者になったの」
「従者、って、ということはマルティナ様は……」
シャルロットははっとした顔になった。なにか失言したかのようだった。
「いえ、そ、その、ううん、私からは言えない」
ははあ、と斎は察した。おそらくマルティナは大貴族の落し胤なのだろう。政争の火種になるから彼女も出家させられたのかと悟った。
「さあ、私は言ったわよ。次はあなたの番」
斎はきょとんとした。
「俺の番?」
「そうよ。さあ、あなたの出自を話して」
「ええと、前説明した通りだけど。はねられて、こっちに転生した」
「それはいいけど、その前は何の仕事をしてたの」
「学生だよ、大学の学生。18歳で大学に入って、2回生」
「大学!?」シャルロットはそれを聞いて唖然とした「あんたみたな馬鹿が、大学に入れたの!?」
「いや、まあ」斎は困惑するように返した。
「2年ということは、自由七科も終わってないのよね。でも大学に行けるなんて、すごい財力ね。親は貴族? 商人?」
中世の大学は自由七科の教養学部と、神学・医学・法学部の4学部からなった。自由七科を修了したあと、上位3学部に進学するのである。超エリートの進学先である。日本で言えば、東大京大の院である。
そして、いずれにしろカネがかかる。教会の奨学生となれば別であろうが。
「いや、その……貴族ではないかな」斎は答えた。
「じゃあ商人なの! 死んで残念ね、儲けられたのに」
「ははは……」
斎は笑っていた。とてもサラリーマンの息子で、しがない文系学生であるなどと言えるはずもない。とりあえず話を合わせておく。
「じゃあ、古代レモリア語はできるの?」シャルロットは言った。
「レモリア語はできないかな‥‥‥」
「じゃあどうやって授業を受けてるの?」
「こっちはレモリア語なんてなかったんだよ」
「ふうん、そんなもんなの、わからないものね」
そう言う風な会話をしているうちにだんだんと眠たくなってくる。数日歩き続けていたのだ。だんだんと瞼が重たくなる。雨だれの音が、催眠のようにそれを誘う。
気がつけば、斎もシャルロットも、ヒュプノスの誘いに乗るがごとく、シーツにくるまり、眠りに落ちていたのであった。




