第13話 宿の酒場にて
「くーっ、なによ、あの受付嬢、まるで私が純潔じゃないみたいじゃない!」
シャルロットがエールをあおりながら叫ぶ。冒険者センターの1階の酒場である。
「マルティナ様もなんで爆笑していたんですか、私たち侮辱されてたんですよ。ナメられたんですよ。殺すしかないでしょう!」
「まあまあ落ち着きなって」マルティナがなだめるように言った。「怒ったあなたに、受付嬢は部屋を増やす提案をしたけど、それを跳ねのけたのはやっぱりあなたじゃない」
「そりゃそうですよ。だってあそこで部屋を増やしていたら向こうの思うつぼじゃないですか」
「まあね」
「そっちは誤解が解けただけいいじゃないですか」斎が焼いたウズラをつまみながら言った「俺なんて、そっちが純潔だと分かるや玉無しだのインポだのホモだの噂されているんですよ。ほら、あっちからも聞こえてくる」
たしかに斎のことを指してなにやらこそこそ言っている客もいるようである。
「あっちを見てください、男女でパーティー組んでる人もいるじゃないですか。同じ部屋に泊まっているようですよ。なんで俺がそんな言われなきゃいけないんですか」
斎はむすっとして言った。
「まあまあ、普通は男女が一緒に旅をしていたらいつかどこかで何かしらの関係があるものだよ」
「だーかーら、私たちまでそういうのと一緒だと思われたのが不快なんですよ」シャルロットは言った「こいつはおいといて、私たちは純潔じゃないですか」
「こいつは置いといて、ってどういう意味ですか」
斎が食いつくように言う。
「だって、あのエルフと3か月も同棲してたんでしょ」
「だから何ですか」
「だから、その……」シャルロットのすでに酒で紅潮している顔が、さらに赤くなる「わ、私から言わせるつもりですか!」
それを聞いて、わっはっは、とマルティナが笑った。
「シャルロット、勘違いしているようだけれど、彼はリリーと関係なんて持っちゃいないよ」
「えっ、でも……」
「あのリリーが簡単に身体を許すわけないし、それに、もし彼が彼女好みの『若い男』だったとしたら、手放すと思うかい?」
「それはそうですが……」
「だよね、イツキ?」
マルティナが斎の方に視線を投げかけた。
「まあ、残念ながら、というか幸いにも、そうですね」
それを聞いてシャルロットは目を見開いた。そして口元に手を当てながら言う。
「えっ、ちょっと待って、それ本当にインポなんじゃ……」
「失礼な! 俺は禁欲というものをわきまえているだけです」
200歳越え、なんという年齢を聞けば性欲も失せたなどとは言わないでおく。姿は美しい若い女性であるだけに、真実を知ってしまうのは悲しいことであった。
「まあまあ、そんなことより明日の作戦を考えようよ」
「そんなことって何ですか、プライドがかかっているんですよ」
「プライドで飯は食えないよ」
「騎士にとって何より大切なものでは?」
「それは衣食足りてからの話、だよ。さあ、明日のことを考えよう」
シャルロットはそれを聞いてしゅんとした。マルティナは語りだした。
「聞いたところでは町の隣の森のなかにヴォルパーティンガーは住んでいるらしい。それを見つけることができるのは私とシャルロットだけ。でもすばしっこいから、持っている剣で狩るのは困難」
「そこで俺の出番と言うわけですね」斎が言った。
「そう。私たちでみつけて森の外まで追い立てるから、そこを射殺する、というのはどうかな」
「いいんじゃないでしょうか。問題なのは夜ですから、獲物が見えるかどうか」
「まあ明日は満月なんだし。それにあなたすごく目がいいじゃない、だから大丈夫よ」
「はあ」
夜中の狩りは斎も経験したことがあった。狼が出て、鹿を襲うのでそれを森の中で射たのである。鹿は重要な森林資源だ。追いかけっこは日没後まで続き、結局最後に射た斎の矢は急所を外れ、リリーが止めをさしたのである。
「まあ、大まかな作戦はこれでよいとして、どう追い立てるかだけど……」
そうマルティナが言ったとき、どん、と斎の隣に大ジョッキが置かれた。
「あれ、俺、頼んでませんけど」
そう言って振り向くと、そこには口の周りに髭を生やした男が立っている。年は壮年と言ったころだ。
「まあ、兄ちゃん、これは俺からのおごりだ」
男はそう言うと、どん、と斎のとなりに腰を下ろした。
「兄ちゃん、ヴォルパーティンガー狩りに行くんだってな」
「ええ、そうですけど、なんですか」
斎は困惑したように言った。
「悪いこと言わねえから、やめておけ。ヴォルパーティンガー狩りなんて、労が多くて実入りの少ない仕事の代名詞だ」
「ちょっとうちのパーティーメンバーに何の用ですか」シャルロットは言った。
「姉ちゃん、いま俺はこいつと話をしてるんだ」
「なんですとっ」
「まあまあシャルロット、話しするくらいいじゃないか」マルティナがなだめた。
シャルロットは納得いかない様子でマルティナに耳打ちする。
「こいつ、おそらくは……」
「ああ、傭兵の募兵官だろうね」マルティナが小声で言った。
「それでは……」
「いいじゃん、面白そうだし、少し見てようよ」
男は斎に話を続ける。
「耳よりの情報だ、耳かっぽじって聞いてくんな。あんた、傭兵にならねえか。日当4ペニーは約束された仕事だぜ。武器を持って、敵と戦う。冒険者の醍醐味じゃねえか」
「うーん、なるほどねえ、それもいいかもしれないのかなぁ」斎は考えるようなそぶりをしながら言った。
「話が分かる御仁だねえ、じゃあこれにサインを」
「いや、でもやっぱりやめておくよ」斎は言った。マルティナとシャルロットの方をちらりと見た「俺は巡礼の途中だし、パーティーメンバーもいるんだ。抜けるわけにはいかないから」
「なんでぇ、兄ちゃん、怖いのか。そんなに女と旅をする方がいいのか」
男は鼻で笑ったように言う。。
「そう言う意味じゃないですよ」
「なら、こういうのはどうだ。俺と今から飲み比べをして、俺が勝ったらあんたはサインする。あんたが勝ったら、俺はもうあんたにかまわない。どうだ?」
「それやって俺に何の得があるんですか。やりませんよ」斎はむすっとして言った。
「なんだ兄ちゃん、負けるのが怖いのか。やっぱり『玉無し』なのか?」
ぴきっ、と斎の中で何かが切れた。
斎は立ち上がった。
「ふん、ならいいでしょう、あなたと飲み比べをしようじゃありませんか」
それを見ておおーっ、とマルティナは感嘆していたが、しかし周囲で飲んでいたほかの冒険者たちは肝を冷やしていた。というのも、この募兵官は酒豪であることで有名で、冒険者たちを酔いつぶしては前後不覚の状態でサインさせ、戦地に送り込んでいたのである。
「いいねえ、兄ちゃん、そうこなくっちゃ」
男は悪い笑みを浮かべる。同時にもう一つジョッキが机に置かれた。
……その後の結果は語るまでもないだろう。解毒能力がこの世界の一般人をはるかに上回っていた斎は、募兵官の男が酔いつぶれても顔色一つ変えずにいたのである。
『酒豪殺しのインポ』などという極めて不名誉なあだ名が生まれた瞬間であった。




