生の終わり、そして始まり
当たり前の生活を過ごすだった。
それが突如、不本意な形でその人生に幕を閉じる。
しかも、自分の友達まで死んでしまっていたことまで知らされる。
そこまで知った上での異世界転生で、何を得るのか。
瀬川 玲樹、享年16歳。
まだ将来のあったはずの少年は、突然の不幸によりこの世を去った。
ーーー
頭の中にかかったモヤがゆっくりと晴れていく。
消えた意識が、形を取り戻していく。視界が、聴覚が、自分の体に返ってくる。
まず、見えたのは赤いカーペット。記憶では赤いカーペットなんてあの家にはなかったはずだが、確かにそこには存在する。
今の置かれた状況を確かめるため、まだおぼつかない体をもたげた。
「ここは……?」
周りを見渡すと、そこには鮮やかに彩られた、荘厳たる部屋が目に映った。
縦にも横にも広く、言うなれば古代日本の謁見の間、と言った感じだ。
少なくとも俺にはそう言う場所に縁がない。
部屋をキョロキョロと見渡すと、5メートルくらい離れたところにある玉座に人が座っているのが見えた。
20代半ばくらいの青年、だろうか。肩にまで垂れた長い髪は紺色に光っている。質感のある、赤を基調とした和服を着ている。
手には尺を持っており、風貌で言えば閻魔大王、と言った感じだろう。
彼は肘掛けに頬杖をついて、こちらを見ていた。
「気がついたか」
俺の視線を感じたのだろう、そう声を掛けてきた。
「正直、今の状況が理解できないです」俺は正直に、今の気持ちを答える。
すると、彼はそうだろうな、と頷き、一瞬ためらいを見せたあと、俺に向かっていった。
「ここは死者の世界だ。そして」
「お前は、死んだのだ」と。
「……死んだ?」
一瞬彼の言っていることが理解できなかった。しばらくしてその言葉を理解した時、突如ここに着く前の状況がフラッシュバックする。
突然襲いかかってきた輩、激痛、血しぶき、地に伏した友達……、そこまで記憶が蘇った時、反射的に青年に食ってかかっていた。
「そうだ、あいつらは!あいつらはどうなったんだ!!」
突然食いかかってきた俺に驚いたのか、青年は一瞬後ろに仰け反った。その後、悲しそうな表情をして言った。
「彼らも、残念ながら……」
脳が青年の言葉を理解するのにとても時間がかかった。受け入れ難い事実を聞いて、俺はゆっくりとその言葉を咀嚼するように飲み込んでいく。
彼の言葉を完全に理解した瞬間、俺は自分でも驚くほどの感情に飲まれていった。
「なんでだ、畜生、畜生!!」
怒り、憎しみ、後悔、悲しみ……それらが入り交じった感情が行き場無く、全身を蝕む。全身に絡みつく感情から逃れるように、もはや自己を制御できないままで、泣き叫び、床を殴りつける。
あいつらともっと遊びたかった、描きたい未来があった。
だが、俺もあいつらも、死んでしまった。
この体だって、本当の体じゃないんだ。
狂ったように蹲り、泣き喚いていた時、背中に暖かい手のひらが触れる感触があった。
青年は俺の元で屈んで、優しく俺の背中を叩き、辛かったな、と声をかけてくれた。
溢れた感情のダムは留まるところを知らず、泣き続けた。
しばらくして、涙も枯れ果てた。蹲った姿勢から上体をゆっくりと上げて、青年を見据える。
「……ありがとうございました、おかげで少し気が楽になりました」と礼を言った。青年は俺から少し離れた後、照れくさそうに苦笑いを返した。
この非現実的な環境に慣れた訳ではないが、今、自分がどのような状況にいるかはなんとなくわかった。
今から、俺が、死者としてどう過ごすことになるのか決まるということだろう。
あいつらの居ない、これからを。
「あの、俺はこれからどうなるのですか?」と、青年に促す。
「そうだな、説明して理解できるかはわからないが……」少し青年は歯切れが悪く言う。そう返されると不安が湧くものではあるが、一先ずは彼の答えを待つ。
「異世界転生、と言えばわかるだろうか?」
一瞬彼の言っていることがわからなかった。先程のような現実を受け止められない、というわけではなく今度は本当に意味がわからない、という理由で。
「わかるにはわかりますが、わかりません」今の心境を素直に答える。
何故、死後に異世界転生、という流れになるのだろうか。
俺の心情を察したのか、青年は「そうか」と頷き、言葉を続けた。
「全ての生命には、本来その体に同じだけの寿命が与えられる。不慮の事故や、事件、病気など意図しない形でその生を終えたものは、残った寿命を転生、という形で過ごすことができる」
「事件……」俺は彼の言葉の中に含まれた単語をぼそりと反芻する。
「元の世界の中でそのまま転生させるのは不可能なのだ。だから異世界に転生させる、というわけだ」
「……何故元の世界のままでは転生できないんです?」
「残された寿命を、その世界で消費することができないのだ。一つ一つの命には、与えられた寿命という器があり、それを使い切ることで次の生命へと循環させることができる。だが、肉体と切り離されてしまった為、元の世界で寿命を使い切る術はないのだ」
「肉体が、寿命を消費する術となっている、と」合っているかわからないが、自分の解釈を伝えると青年はそうだ、と返答した。
「その為、別世界に肉体を生成し、そちらで寿命を消費させる、ということだ」
「この世界ではできないことなんですか?」
「お前がこれまで生きた身体を土台として肉体を作る為、世界に混乱を招く可能性が高いからだ」
「転生というだけで混乱を招きそうですが……」
「それに関しては問題は無い。転生に関して体制の整った、世界を選ぶからな」
「へー……」いまいちピンとこないため、つい生返事になってしまった。
要は、今の体に近い形で異世界へと転生することが、寿命の消費のサイクルとして色々都合がいいのだろう。
正直、所謂大人の事情に近いものがあるが、どこにおいてもそうなのだろうか。
死者は全員、その世界に飛ばされる。ということは。
「俺の、友達にもそこで会えますか?」
「無論、と言いたいところだが皆が同じ場所に集まる訳では無いのでな、自力で見つけないといけない訳だが……」
どうやら、転生先は複数の拠点に分かれるようだ。だが、会える可能性があるというだけで少しだけ、安心感を感じる。
「わかりました、ありがとうございます」
「他に分からないことがあれば、転生先にいるであろう、ガイドに聞くが良い」
「ガイドもいるんですね、転生の体制が整っていると言うだけはある……」
転生という、俺の知識の世界では想像を超えたものに、ガイドが付くという。異世界では恐らく常識も異なるのだろうが、本当にやっていけるのだろうか。
「不安は多く抱えているだろうが、辿り着く場所に同士は多くいる。お前が上手く異世界の中で過ごせるよう、我々もできる限りのサポートはする」
「……はい」
今まで生きてきた世界にさよならを告げ、俺は新しく別の世界の人間として生まれ変わる。積み上げてきた人間関係、能力の全てが掻き消えてしまうようで、虚無感とも喪失感とも言えない感情が込み上げる。
「それでは、今から異世界へと転生させる。その前に、お前にこれだけは教えておこうと思う」
「……?」
「生と死は、全く異なるもののように捉えていると思うが、もっと似て非なるものなのだ。転生して生きていく上で、この意味について考えて欲しいと思う」
生と死は、似て非なるもの。それが何を意味するのかわからないが、頭に留めておこう。
「……わかりませんが、わかりました。それでは、お願いします」
「うむ」青年は、両手を高く挙上させた。俺の体が、光の粒子を纏う。体の存在が、不鮮明になる。
意識だけがはっきりと残っている。体の透明度が上昇し、体が徐々に背景に同化していく。
「がんばれよ」
彼の言葉が聞こえたかと思うと、俺の存在は完全に部屋から姿を消した。
初めまして、比良山景峰と申します。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございます。
小説を書くのは、初めてではないのですが、未だに感覚は掴めないままです。
多くの話題作を出したことにより、ポピュラーとなったジャンルである異世界転生であればベースがあるため、書きやすいと思い手をつけた所存です。
主人公は、瀬川玲樹。
彼はまだ将来もある年齢であるが、不本意な形でその生を終えてしまいます。
そこに加え、様々な事実を突きつけられ、その上異世界転生、だと言われ、現状として周りに流されている状況である、と言われても仕方の無いことでしょう。
実際そうですし……(笑)
現状として、彼には多くの課題を与えられた状況です。
どうやって、異世界で生きる術を身につけるのか。
共に転生した友達と、出会うことは出来るのか。青年(閻魔大王)の言う言葉の意味が理解できるのか。
それを少しずつ紐解いて行けるよう、私作者が、主人公を誘導していこうと思います。
読者の方々にとってはどうでもいい話になると思いますが、本作の主人公は、10年以上前に作成したキャラクターを使用しています。
作成して以降、このキャラクターをとても気に入り、いつかこのキャラクターをどこかの世界で生かしてあげたい、と考えてはいたものの、実際行動に移せずにいました。それもあり、今回異世界転生という触れやすいジャンルの中で過ごさせてみようと思った限りです。
長文になりましたが、見て頂きありがとうございました!