2話:恨みの一撃、親友との別れ
ビーチを巨大な赤鮫が蹂躙する。人々は叫び狂い、逃げ惑う。鮫は無慈悲に人々を食らい続ける。
哀れな犠牲者の血しぶきがビーチを真っ赤に染め上げる。
「あ…ああ……そんな…ジョンが……」
トムは親友のジョンが殺されたショックと鮫への恐怖から足がすくみ、動けないでいた。
そこに、赤鮫が目を付けた。赤鮫が恐怖に縛り付けられたトムを食らおうと一目散に突き進む。鮫がトムを一飲みにする目前…老人、権助が赤鮫の巨体にモリを突き刺した。
「ギャアァァァッ!!」
赤鮫は突然の激痛に身をひるがえし、権助を振り落とした。そして、パニックになったのだろうか、ほかの残った獲物に目もくれず沖へと逃げだした。
「クソっ!逃がしたかっ…」
権助は逃げていく宿敵をギロリとにらんだ後、血に染まった砂浜を見回す。死体が、ガレキが、赤い血の絨毯の上に死屍累々に広がっていた。
「ひどいものだ…」
(生き残った人々は大方内陸へ逃げ延びたようだ。あそこに突っ伏してる青年を除いては…)
権助はトムが倒れているのを見つけ、歩み寄った。
「大丈夫か?」
声をかけた。返事はない、しかし屍ではない。それは誰にでも分かる。
トムは怯え続けていた。そして、権助の方を向いた。そして、この老人が自分を助けてくれた。そう察するとトムは恐怖とわずかな安堵の中意識を失った。
そこへ、エルダと増川がたどり着いた。
「大丈夫ですか権助さ…ヴッ!!ヴォエ!!」
増川は真っ赤に染まったビーチの惨状を見るや否や吐き気に襲われ、吐いた。
「何なんだこれは・・!?ゴンスケさん、これはどういう…」
「後で話す。それよりもまず、この青年を車に乗せてやってくれ。」
権助はエルダの言葉を断ち切るように言いながら、トムを背中に担いだ。
「…分かりました。研究所に向かいましょう。簡易的な医療設備があります。そこで手当てを…」
エルダは権助とトムを車の後部座席にのせ、嘔吐し、朦朧としている増川を助手席にぶち込むを研究所へ車を走らせた。
警察は事態の把握と負傷者、生存者の救出に追われ、エルダ達にかまう暇は無かった。
ビーチでの惨劇から6時間、台場島が、鮮血に塗られたビーチが夜の闇に包まれる。いつもなら夜中もにぎわう繁華街はサメの惨劇を受け、息を引き取ったかのように静まり返っていた。
テレビで、ラヂオで、ネット上で、台場島のビーチに巨大鮫が襲撃したとのニュースが飛び交う。憶測、推測、感情論によって情報はミキサーにかけられたが如く錯綜していく。こんなのを見ていても何の役にも立たない。そう判断し私はブラウザのタブを閉じた。
「とんでもないことになったな。」
私は自分の座っているデスクチェアをクルリと135度ほど回すとソファーにもたれかかる増川に話しかけた。増川の隣には気絶している少年…所持していたザックには「Tom」と書かれたネームタグがつけられている。トムという名なのだろう。そしてビーチが見える窓際にはゴンスケさんが張り付き、ずっと海を見ている。その顔はあの赤い化け鮫に対する憎悪で溢れていた。
「そうですね…」
増川がようやく口を開いた。かなりやつれている。それも仕方がないだろう。増川はかなりグロテスクなものが苦手である。カエルの解剖でさえギャーギャーゲーゲーいう男である。ぐちゃぐちゃの死体の山を見てああなるのはもはや必然だ。
「エルダ先生、俺にはいったい何が起きてるのか理解できません。いや、理解させまいと無意識的に脳がそうさせているのかもしれません。なぜ鮫が台場島に現れたのか、なぜ人を襲うのか、なぜあんなにも巨大なのか、なぜ赤いのか…訳が分かりません。」
「同感だ。私も訳が分からない。たた、一つだけわかることがある。それは…」
「ううっ…」
私と増川が話してるちょうどその時だった。トムの意識が回復した。
目を覚ますとそこは研究所…のような少し古臭い部屋だった。僕はソファーに寝ていて、その横に白衣を着た紫髪の男が座っていた。ソファーの向かい側には若い金髪の女性がデスクチェアに座っていて、紫の男と話し込んでいた。窓際にはお爺さんが…そうだ、僕はあのお爺さんに助けられたんだ。あの赤い鮫から…そしてジョンは、ジョンは赤い鮫に食い殺されたんだ。他にも沢山の人があの鮫に食われた。僕はどうすることもできなかった。
朦朧とする僕に、滝のように残酷な事実が襲い掛かってくる。耐えられず、僕は吐いてしまった。
「だ、大丈夫か!?」
紫の男が僕の背中を優しくさすってくれた。僕の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたのだろう。ハンカチで拭いてくれた。そこに、金髪の女性とお爺さんが駆けよってきた。
3人は様々な事を話してくれた。様々なことを僕に聞いた。しかし僕はショックでほとんど言葉を頭に入れることはできなかった。夕飯としてくれたパンもドリンクものどを通らなかった。ようやく落ち着いたのは、夜明けになってからだった。
改めてお互いに自己紹介しあった。金髪の女性はエルダ。ここで台場島の生態系について3年前から研究をしていたらしい。そして紫の男、増川はエルダさんの助手をしているそうだ。僕を助けてくれたお爺さんは権助という名で、8年前にあの鮫に襲われて、船と仲間を失った。それからずっとあの鮫を追い続けていたことを教えてくれた。今まで、誰もそのことを嵐のせいだと信用してくれなかったらしい。つい昨日、あの鮫に襲われて、親友のジョンを永遠に失った僕には嘘だとは思えなかった。
朝日が青い海を照らす。昨日の惨劇が嘘だったかのように。
台場島のメイン・ビーチが閉鎖されてしまったため、惨劇に出くわさなかった人々は暇を持て余していた。いくら当事者の話を聞いても、SNSに流れてきた映像を見ても、現実味を持てなかった。出来の悪いパニック映画を見ているかのような感覚であった。人間とはそういうものである。
ある一隻のクルーザーが沖合に繰り出した。そして3人の若者たちがクルーザーの上でパーティを始めた。彼らはパーティ・ピープルだ。
「ヒューッ!やっぱりクルージングは最高だぜ!」
サングラスをかけた男がエナジー・ドリンク片手に叫ぶ。
「感謝してくれよユータ!この船は僕のパパのものなんだからな!」
「わかってるってショータ!なぁ!ユーコ!」
「ええ!さすがショータのパパはこの台場島の市長、ケイの右腕的存在なだけあるわ!」
3人はすっかりエナジー・ドリンクのカフェインとアルギニンでハイになっていた。
「それにしてもユータ、よく昨日鮫が出たって騒ぎになったのに海に出ようっていったわね。たくさん人が死んだって聞いたわよ。」
「そうそう、それだよそいつ!鮫!真っ赤らしいなその鮫。そうだよ。僕が、このユータ様が海に出ようっていったのはその鮫を討伐してやろうと思ったからだよ!」そういうとユータは今朝マリン・ショップで買ったモリを掲げる。
「ええっ!?まじかよユータ!」
「さすがユータね!!その勇気ある行動…惚れちゃうわ!」
「あれぇ?僕、なんか驚かせるようなこと、言ったかなぁ?」
「もう!とぼけちゃって勇者さん!」
「はははははは!すごいぜユータ!」
3人のやかましい歓声は海にも響き渡る。当然。その歓声は、彼らが海へ投げ捨てたいくつものゴミと一緒に、奴を呼び寄せる。
「鮫なんて、所詮フカヒレ料理の材料に過ぎないんだよ!って…ん?なんだあれ?」
粋がっていたユータは、向こうから何か巨大な影が近づいてきているのに気付いた。
「おいショータ。なんか近づいてくるぞ?」
「へ?レーダーには何も映っていないぞ?…まさか例の鮫だったりしてな!」
そのまさかであった。
ドンッ!!!!!!!!!!!
勢いよくそれはクルーザーに衝突した。
「キャーッ!!」
「おわっ!?やめろよ!このクルーザーいくらすると思ってるんだ…!?」
それは紛れもない、赤い巨大な鮫であった。頭に、ぼろいモリが突き刺さっている。クルーザーにぶつかるや否や、鮫はクルーザーに噛みついた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「鮫よ!赤いわ!」
「嘘だろ!?ウソだろ!?ライアー!!!!!!!!」
「くそっ!化け物め!こいつを食らえっ!」
ユータは無謀にも鮫に自らのモリを突き刺し、追い払おうとする。しかし無駄であった。効かない。ユータもモリは安物の粗悪品であったために、ポッキリ折れてしまった。
「ひいいいいいいいい!!効かないぞユータ!逃げろ!」
「けどよショータ!!ここは海の上だぜ!!どうやって逃げろっていうんだよ!!!!!!!!!!!」
「嫌アァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
3人は完全にパニックに陥った。もう助からない。
赤い鮫は顎の力を強める。すると簡単にクルーザーは真っ二つになった。不運にもユータとショータ、ユーコが分かれてしまった。
「嫌ぁあああ!!助けてユータ!ショータ!私まだ死にたくないの!!!」
「ダメだ!叫ぶなユーコ!!!」
ユータの叫びも空しく、鮫は孤立したユーコに噛みついた!!!
「キャー!!!!!!!痛い痛い!!!ヂャ!」
ぶしゃりとユーコはサメの口の中で弾けた。
「うわああああああああああああああああああああああああ」
「もうだめだあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶望する二人を鮫を鮫は見逃さない。ガブリガブリとクルーザーごとおいしく頂く。
「助けてくれえええええええええええええええええええええええええええええええ…」
鮫に飲まれたユータの叫びは、鮫の胃袋の中でかき消された。
海にはクルーザーの残骸がわずかに漂うだけ。3人のパーティ・ピープルはサメのブレック・ファーストへと化した。