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RED・SHARK~赤鮫の蹂躙~  作者: ボールペソ
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1話:鮮血に染まるリゾート・ビーチ

 午後1時、夏の鋭い日差しが人々の肌をこんがり小麦色に焦がそうと照り付けるビーチ…

トロピカルな音楽が流れる華やか

な商店街…

建てたばかりの白く光る高層ホテルとそこに併設されているウォーター・パーク…

どこもかしこも旅行客で溢れかえっていた。

今、世界的なリゾートである台場島はバカンス・シーズン真っ只中。島中を賑やかな喧騒が包み込んでいた。

そんな中、とりわけ静まり返っている建物があった。3階建ての武骨な鉄筋コンクリートのビル…エントランス前の看板には「台場海洋環境研究所」と記されている。

そこへ、一人の男が入ろうとしていた。

男の風貌は片目を塞ぐヘアスタイルの紫色の髪に隈のできた細い目、細長いやせ型の体形に片手にグミの袋が詰まったコンビニのレジ袋…お世辞にも健康的な体とは言えない、リゾートにはふさわしくないような風貌の男であった。

男はビルに入るとICカードをスキャナにかざし、ドアのロックを開け、奥へと進む。

廊下をコツコツと歩く音のみが響き渡る。そして、突き当りにドアがある。男はドアノブをガチャリと回し中に入る。

「エルダ先生、買い出しから戻りました。」

「ご苦労増川君。悪いね、わざわざコンビニまでグミを買いに行かせちゃって」

増川が話しかけたその女性、エルダは若くして博士号を取った海洋生物学者であった。彼女はブロンドのポニーテールにフレームの薄い眼鏡をかけている。増川はエルダの助手として彼女の研究を手伝っているのである。

「それにしても、先生好きですねそのグミ。今日だけで3袋も食べているんですもん。」

「まぁね。これ、小さいころからのお気に入りなんだ。」

彼女はクマの形をしたカラフルなグミを頬張りながらキーボードを叩く。内容は台場島および周辺海域の環境汚染とその生態系への影響についてのレポートだ。観光地化が進むにつれて、島の環境汚染は酷くなりつつある。しかし誰もその問題を提起しようとはしない。そのためエルダと増川は3年前から台場島に移住し、研究を続けているのである。

増川が缶コーヒーを飲みながらモニターを除きつぶやく。

「ひどいもんですね、これ。」

「ああ。」

「酔っぱらった奴らが海にそのままポイ捨てしてるんだろう。それで、こうなったんだ。」

モニタには岩礁にゴミがたまった、非常に見苦しい光景が広がっていた。エルダがフィールドワークで集めた3時間前の画像である。

「このままだとここは「夢の島」になるだろうな。皮肉にも。」

「そうですねぇ…ん?」

増川は画像にふと、変なものが映りこんでいるのを見つけた。

「ちょっと、ここ、右下あたりを拡大してもらえませんか?」

「ん?ああ、いいが、何か見つけたか?」

エルダはそう言いながらカチカチっと画像の右下を拡大する。

「なんか、違和感があって…」

「なんだ違和感って………これって、もしかして…」

「ま、まさか…」

「至急警察に連絡だ。直ちに現場を調査せねば!」

エルダと増川は慌てたように電話をかけ、研究室から飛び出した。


誰もいない部屋をただPCのモニターだけが照らす。

モニターの拡大された画像には、粉々になった船らしきものの残骸と、「肉塊」が浮かんでいるのが映っていた…。




 午後3時、昼下がりのビーチは、人でごった返していた。昼食を終えた後のひと泳ぎの各別さに、ほとんどの旅行客が魅了されていた。スカイブルーの海を虹色のフロートが、真っ白の砂浜をカラフルなパラソルとテントが埋め尽くしている。どこもかしこも人、人、人、足の踏み場もない状況だ。

そのビーチのはずれ、波が高くなっている場所に2人の男がいた。

「ヘイ!トム!撮影の準備はいいかい?」

「OKさジョン!いいサーフィング、期待してるぜ!」

2人はアメリカからの旅行客。大学の夏休みを利用して台場島にサーフィンに来ていた。

「来たぜ来たぜビックウェーブ!」

打ち寄せる大波をジョンは板1枚で乗りこなす。ジョンはプロ並みの腕の持ち主で各地の大会で素晴らしい成績を残していた。どんな大波もジョンにとってはスケートパークのミニランプも同然なのだ。

「ヒィーハァー!行くぜビックエア!」

彼のサーフ・ボードは勢いよく群青の空へ飛び出す。

「さすがジョンだ!いい飛びっぷりだ!…ん?」

トムはスマホの画面越しに、ジョンの背後に赤い何かが映りこんでいることに気づいた。

「あれってまさか…?」

トムが疑念を抱くその瞬間、ジョンに惨劇が襲い掛かる。


グァバァ


巨大で真っ赤な鮫が、空へ飛び出したジョンを生八つ橋のごとく包む。

「What`s !?」

ジョンが叫ぶや否や鮫はその口を勢いよく閉じる。

赤い、トマトジュースのように赤いジョンの血液が、「ジョンだったもの」と共に勢いよく飛び散った。

「Jhooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooonnnnnnnnnnnnnn!!!!!!!!!!!」

トムの叫び、海へダイブする鮫の水しぶきがビーチに響き渡る。

「キャーっ!鮫!?鮫よぉぉぉぉぉ!!」

「サーファーが食われた!一瞬で!」

「なんだあの鮫!?鮫なのか?デカいし赤いぞっ!!」

ビーチは一瞬にして恐怖と混沌に支配された。

人々は赤い怪物から逃げ延びようと必死に蠢く。しかし進まない。パラソルが、テントが、フロートが人混みが行く手を阻む。特に水中は絶望的であった。

そんな人間どもの塊は鮫にとっては絶好のビュッフェだった。勢いよく浮き輪ごと、断末魔ごと巨大な鮫は人間どもをかみ砕き、飲み込んでいく。虹色のビーチが一瞬にして鮮血に染まっていく。まさに、地獄絵図であった。



 惨劇が起こる1時間前、午後2時。増川とエルダ、そして台場島警察(…台場島は独立した行政組織を所有している)はゴミ、ガレキが溜まる岩礁にいた。

「うっ…やはりホトケだったか…」

増川が違和感を抱き、エルダが断定した「それは」思った道理、男の下半身の死体であった。断面は食いちぎられたようになっており、かなり生々しい。水を吸ってぶくぶくになっていないのを見る限り、死んで間もないようだ。

「かなり酷い死にざまだ…一体誰の仕業なんだ…」

増川は口を押え、半目で死体を見つめる。嫌悪感と恐怖感が吐き気を促してくる。昼飯を抜いていてよかった。彼は心の底からそう感じた。

「自殺でしょうか…?それとも…?」

「どうだろうね、自殺なら、下半身だけってことはまずありえない。他殺だとしても…この断面だ。人間の力でこんなむごい斬り方をすることは不可能だ…」

二人と警察はその凄惨な死体のありさまに戸惑うことしかできなかった。そこへ、ボロボロの服をまとい、白いひげをもじゃもじゃに生やした老人が割って入った。

「間違いない。鮫だ!鮫がやったんだ。またアイツの仕業だ!」

老人は怒りのこもった声で叫ぶ。

「鮫…!?」

エルダと増川は困惑した。

「鮫だって?信じられない。このあたりの海域には鮫はほとんどいないはず…特に人を襲うイタチザメやホオジロザメの類は皆無だぞ…」

「鮫映画じゃあるまいし、そんな非現実的な…」

実際そうであった。2人の3年間の調査からしても、鮫類が確認されたのはネコザメが数匹。どう考えても鮫の仕業とは考えられない。死体の断面の様子を除けば。

「またあなたですか権助さん…8年前に船と仲間を事故で失ったのには同情しますが、毎回毎回で出られちゃ困りますよ。」警察はそう言いながら老人…権助を現場から追い出そうとする。

「8年前?事故?どういうことですかそれは?」

「それは初耳だ。聞かせてもらえないだろうか。」

8年前の事故の話は2人にとって初めて聞く話であった。警察によると、権助は事故当時漁師をしており、5人の仲間と共に漁をしていた。だが、不幸にも荒らしに見舞われ、船は粉々に、5人の仲間のうち4人は行方不明…後に死亡が確認された。権助とともに生き残った1人の仲間は島外に引っ越してしまった。権助は頭を強く打ち、仲間と船を失った悲劇に発狂した。そして鮫に襲われたという妄想をし続け、海難事故が起こるたびに鮫の仕業だ、と叫びまわるのだという。

「そういえば…」

エルダは思い返した。確かに海難事故の現場に、何かしら叫んでいる老人がいたのを何度か見たことを。

「そんなことがあったんですね…」

増川は権助に憐みの目を向ける。

「嘘だというんだろう?妄想だというんだろう?本当なんだ!船は、仲間は、あの鮫に襲われたんだ!」

「わかりましたから!」

警察が怒り狂う権助を取り押さえ、パトカーに押し込む。

「話は施設でしましょう?捜査の邪魔ですから…おとなしく…」

毎回こんな感じのようだ、エルダはそう感じた。エルダでなくてもそう感じるだろう。

パトカーに押し込まれながら権助はフガフガ暴れだす。

その時だった。

ビーチのほうから悲鳴が響き渡る。それと同時に、現場に地元の商店の男が駆けてくる。

「大変だ!!ビーチに鮫が!鮫が出たんだ!人がバクバク食われてるんだ!」

「なんだって!?」

全員が驚愕した。…権助を除いて。

「やっぱりだ!アイツ!船を襲うだけでは飽き足らんくなった!!」

一瞬のスキをついて権助は警察の拘束からするりと抜け出し、どこから持ってきたのだろうか。素潜り用のモリを片手に、飛ぶようにビーチへ向かっていった。

エルダと増川、警察は一瞬の出来事に呆然とした。だが、すぐに権助を追うようにビーチに向かいだした。

警察はパトカーで、2人は小型のSUVで。

「いったい何が起こっているんだ…?」

エルダの額には、手には、増川がこれまでに見たこともない量の汗が流れていた。増川も同様であった。

2人は尋常でない事態に混乱しながらも、ビーチへ車を走らせた。


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