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第一話

「あー嫁が欲しい」


 頭に子猫を乗せて遊ばせていた男が突然そんなことを言い出した。

 男の名前はシグルズ。

 椅子の背もたれに全体重を預けるようにだらける彼にギルド中の視線が集まった。特に女冒険者の眼力は屈強な男を一瞬で石にできそうなほどだったが、頭の上の猫もそしてシグルズも全く気に留めていない。

 一見してはわからないが、シグルズはこの数年ミズガル王国で一番の稼ぎをたたき出し続けている最上級ランクSSを冠している男だ、おまけに容姿もそこそこである。そんな男が嫁を欲しているのだから女たちの眼光の鋭さも頷ける。


「シグルズ急になんだ。お前なら選り取り見取りって奴だろうがこの野郎」


 シグルズに声をかけたのは涼しそうな頭をした冒険者の一人、カルボだった。

 冒険者としては順風満帆、その稼ぎようから同業者のみならず商人や果ては貴族の娘までシグルズに秋波を送る女は後を絶たなかった。

 それなのにシグルズは二十代も半ばになった今なお特定の誰かと縁を深めたことがなかった。


「一夜の相手はな」


 カルボの言葉にシグルズは肩をすくめて言った。

 色男の嫌味な悩みだと苛立ちを感じたカルボだったが、それでもシグルズの前の椅子に腰を下ろした。


「なぁ兄弟、いったいどうしたってんだ。お前は男の俺から見ても見目がいいし、それこそこの国の中じゃ一番強いと俺は思ってる。仕事はまじめにこなすし、女にゃ少しだらしねぇが泣かせたところなんざ見たことがない。あとはあんたが選んでやりゃ嫁になるって女はいっぱいいるだろうが」


 事実、シグルズが身を固めないばかりに希望を持ち、婚期を逃しかけている女が少なくないのである。それほどにシグルズは魅力的な男だった。

 孤児とは思えないほどまっすぐで人情味にあふれた性格、誰に師事することなく独学で磨いた剣技。同じような生い立ちであり同年代であるカルボにはシグルズはとてもまぶしくみえる男だった。


「まぁ、そうかもしれないけど」

「前々からお前に良くしてくれる宿屋の娘なんてどうだ?生娘が嫌なら蝶々館の姫とか。よく通ってるみたいじゃないか、トウが立つ前に身請けてやるってのもいいんじゃないか?感度はいいし性格はいいし」


 蝶々館はミズガル王国の国王がすむこの街一番の娼館だ。そして姫と呼ばれるのはその時で一番人気の娼婦に付けられる呼称で、積む金次第で極上の時間を過ごせると、貴族も冒険者も良く群がっている。


「あれは好いたやつがいるから駄目だ。体は極上だがああも演技ですって腹黒女を身請けたら最後ベッドの上で死ぬぜ?」

「きっちり抱いといてその言いぐさ……って演技だったのか?!」

「おう感じてますってな顔作っちゃいるが欠片も濡れてないぞあいつ。かすかだが魔力の動きを感じたし魔法で()()()みせてんだろ」

「んぉぁぁぁ!あれは俺のテクニックじゃなかったのかよぉ!」


 叫びだしたカルボに、シグルズの頭にいた子猫が目を丸くしてシグルズの胸元へもぐりこんでいった。

 子猫の入ったふくらみを優しくなでながら、シグルズは半眼でカルボを睨みつけた。


「うるせーよカルボ、路地裏からの付き合いだけどお前素直すぎるのいい加減やめとけ」

「やめられるもんならやめとるわシグルズのばかーあほー俺の()()()の自信を返せ色男このやろー」


 男二人のあけすけな会話に眉を顰めるものもいたが、多くはまた始まったかとあきれを通り越したような笑いを漏らしていた。この二人のやり取りはもはやこのギルドでは日常茶飯事だ。

 バカな会話、女からすれば実にその言葉が当てはまる。それでもシグルズに声をかける女は減るどころか増える一方だった。


「あっあの、シグルズ!よよよ、嫁!私なんかどうだ」

「ん?」


 現に今また、シグルズへの思いを胸に抱えた冒険者の女が一人、彼に声をかけていた。

 金髪の顔の中央にそばかすを散らした女は頬を真っ赤にしながら膝をこすり合わせて、シグルズのひじ掛けに置かれた手にほんの少し触れた。

 冒険者らしく固い指先がかすかに震えている。


「わるいなサン。掴めない胸の女は無理」


 ワキワキと手を動かしながらきっぱりと言ったシグルズの頬には次の瞬間、真っ赤な花が咲いていた。


「前言撤回するわ、お前泣かせてはいるな。遺恨残さねぇだけで」

「まぁな」

「いや威張るとこじゃねぇよ」


 こんな最低な男だが、シグルズに恨みを持つ女をカルボは知らない。

 シグルズに振られた女は不思議とその後の既婚率が高い。

 いつの間にかその女には男が寄り添い結婚し子供をもうけているのだ。

 その事が口伝てに伝わり、シグルズは独身の男女のキューピッドとしても名を馳せている事は本人はあずかり知らぬことだ。

 きっと今の金髪の女もすぐに結婚の報告をしてくることだろう。


「あ!いた!シグルズ兄ちゃん!」

「おう、なんだジェイド」


 SS冒険者ともなれば声をかけるのにも覚悟がいるものだが、シグルズに限ってはそれは皆無だ。今も、実に気軽に少年が彼に向って大きく手を振りながら寄ってきた。


「昨日はねーちゃんを助けてくれてありがとな!今は家で安静にしてなきゃだからお礼に来れないけど、これお礼に渡してくれって頼まれたんだ!」

「ああ、気にすんなって言ったのによ。ん、まぁもらっとくぜ」


 少年に渡された小さな包みを開くと、まだ温かいチキンが挟まったサンドウィッチが食欲をそそる甘辛い香りとともに現れた。

 うまそうだ、と喉を鳴らすカルボにシグルズはやらんぞ。と釘を刺してから大きくほおばると、香りの通り甘辛いタレにくぐらされたチキンが、シャキシャキとした食感の葉野菜で優しく守られ、香ばしく焼き色を付けられた酸味のある黒パンとうまく調和していた。


「気にするよ!あのままだったら腹の赤んぼ死んじゃってたかもって医者のじっちゃんが言ってたんだ!シグルズ兄ちゃんは命の恩人なんだぜ!もっと威張ってもいいんだぞ」


 少年はうまそうにサンドウィッチをほおばるシグルズを嬉しそうに仰ぎ見て、そう言った。


「なんだお前また人助けかよ」

「あ?そんなたいそうなもんじゃあねぇけどよ」

「すごかったんだぜ聞いてよ禿のおっさん!」

「んだとガキ俺はシグルズと大して変わんねぇ年だごら!」


 シグルズと少年の話にカルボが割り込めば、少年は血色のいい頬にさらに色を載せて興奮気味にシグルズの武勇伝を声高々に語りだした。



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