桃色の鶴は猟師さんに撃ち抜かれました
栄が外に出ると雪原に桃色の布が落ちていた。
どこぞのお嬢さんの晴れ着が飛ばされたかと近づくと、布でなく桃色の鶴であった。
栄は猟師をしているがこれほど目にしみる色をした鶴は初めてみた。
鶴はぐったりと雪の上に倒れ、足に網がからまっている。栄の網だ。昨日湖で魚を取って軒下に干していた。魚と一緒に。
どうやらこのおかしな鶴は魚を食べて網に引っかかったらしい。
逃げようと力つきてここにいるようだ。
「どうしてやろうか」
鶴が身じろぎする。
「羽根をむしって売っ払おうか」
鶴が小刻みに震える。
「煮て食おうか」
鶴は長い首を起こしてこちらを見る。
「焼いて食おうか」
鶴は涙を流し羽根でそっと目を押さえる。
栄は笑った。
「このアホ鶴。ヒトの魚を喰うんじゃない」
鶴から網を外してやり言い聞かせた。
「もう網にかかるなよ」
どこからかキュンとおかしな音がしたが栄は気にしなかった。
おかしな鶴を助けてからひと月ほど過ぎた頃。
「ごめんください」
やたら元気な声で誰かが来た。
日も暮れた雪の日誰だろうと、戸を開けると桃色の男が立っていた。
栄は歯をかみしめた。
ここのところ栄は桃色を見ると吹き出す呪いにかかっていた。
おかしな鶴のせいだ。
着物は桃色。帯も桃色。髪も桃色。ふわふわの羽襟巻きも桃色。
全身桃色の男。
お前あのときの鶴だろ。
栄はあっさり桃色男の正体を見破った。
笑いをこらえる栄をよそに男は続ける。
「旅のものですが、この雪で難儀しております。一晩泊めてもらえないでしょうか」
栄の体は小刻みに揺れる。
どこの世界にそんな派手で軽装の旅人がいるか。
「お願いします!泊めてください!」
なにも言わない栄に土下座して懇願する桃色男。
「なんでもします!捨てないで!」
色々おかしいが栄は笑いを押さえて言った。
「いいよ。あがりな」
またキュンキュンとおかしな音がしたが栄は無視する。
こうして栄と桃色男こと鶴一は暮らしはじめた。
鶴一ははじめ旅人と名乗ったことなんかすっかり忘れて、栄の家に居着いたのだ。
栄が猟に出れば弁当を持たせ、家事をする。全身桃色着物は田舎でなくても目立つので、落ち着いた色の着物を用意したら鶴一は泣いて喜んだ。
すっかり嫁である。
ある日猟から帰った栄に鶴一が相談して来た。
「栄さん、俺機織りしてもいいかな?」
なんでも村人に桃色の布のことを聞かれたらしい。
できれば買いたいと。
「あの布は俺が作ったから、作って売りたいんだ」
「いいよ、機織りは母親のがあるから好きにしな」
鶴一はやったあと笑った。
栄もつられて笑う。
「あっ、でもね。機織りしてるのは見ないでね」
慌てて鶴一が言う。男が機織りなんて恥ずかしいからと。栄は見ないよとまた笑った。
栄の家に機織りの音が響くようになった。
鶴一は鮮やかな桃色の反物を作りだし、都の貴人の間でも評判になりよく売れた。
いつも忙しそうに家事をし、急くような機織りの音が止まらない。
だんだん鶴一はやつれていった。
栄が家に戻ると鶴一がいない。機織りの音も聞こえない。
外にでているのか。栄が部屋を見渡すと夕飯の仕度が半端であった。
「鶴一」
栄は機織り部屋の戸を開けた。
桃色の鶴が機織りにもたれかかっている。
「鶴一」
桃色の鶴を抱き上げると大きさの割に軽い。鳥の体重を勘定に入れても軽すぎる。
「アホ鶴」
栄は桃色の鶴を優しく布団まで運んだ。
焼ける魚の匂いと味噌の匂いで鶴一は目を覚ました。
栄が猟に出てから機織りをしていたのに、布団で寝ていて、よい匂いがする。
頭を上げると栄が夕飯の支度をしているのがわかった。
鶴一より栄の方が料理が上手である。
鶴一は肩を落とした。
俺は役立たずだ。
家事も栄より下手で、機織りもまともにできない。
泣きたくなった。
機織りしてたのに、布団で寝てるということは栄に正体がバレてしまった。
もう一緒にいられない。
「鶴一飯にしよう」
栄が鶴一を呼んだ。
鶴一の返事は涙声だった。
囲炉裏を囲み夕飯をとる。普段うるさいくらいしゃべる鶴一が無言だ。
栄は食べる手を止め、匙を置いた。
「鶴一」
「はい…」
鶴一は覚悟を決めた。
「機織りやめろ」
思いもよらない話に鶴一は返事を忘れた。
「無理に作るな」
「やだ」
「どうしてだ」
栄の声は優しい。
「だって俺これくらいしかできない。栄さんの役に立たない。だからやめろって言わないで」
さけぶように、嗚咽のように鶴一は口にした。
でも栄は笑った。
「アホ鶴。私はお前が好きだよ」
鶴一目を見開いた。栄はなんと言った?
「私は銭よりお前が好きだよ。好きなやつを役立たずなんて言わない。だから安心してうちにいろアホ鶴」
鶴一の目から涙が落ちた。
「どのくらい好きなんですか」
犬猫か、友人か、家族か、それとも…。
「ややこが欲しいくらいだ」
鶴一は手で目を覆う。涙が止まらないようだ。
「ずっと一緒にいよう。鶴一」
どこかでズッキューン!とおかしな音がした。
栄は音に気がつかないふりをして鶴一にきく。
「お前は欲しくないかややこ?」
鶴一は手から顔を上げる。
赤い顔ではっきり言った。
「欲しいです。赤ちゃん。うれしい」
二人は笑った。
こうして栄と鶴一は末永く連れ添ったとさ。
栄さん
性別メス
職業猟師
鶴一さん
性別オス
職業主夫
千鶴ちゃん
性別メス
職業長女
真鶴くん
性別オス
職業長男