無を理解する科学 その1
無を理解する科学 その1
○存在する無
「この世界には何も存在しなかった」
という世界の大前提である。
他の一切の理由を必要とせず、
それだけで成り立つ唯ひとつの現実、
あるいは真理、
もしくは真実、
これが「大原理」である。
この「無が存在する」という事実は、
世界が永遠に「完全無」であるという認識を生み出している。
従って、
「無がある」(個の概念)という現実は、
「完全無という世界が存在する」(全の概念)ことと等しい。
ここに「全と個の概念は同じもの」という
世界に存在する力学の原型が出来上がる。
(全に向かう個の持つベクトル)
○存在する点
「存在する点」と「存在する無」は
同じものである。
無は「全てを持たない概念」が「存在する」ことである。
点の内側にあるのはこの「無」である。
体積も面積も長さも
「全ての部分を持たない」内側を含み、
その概念が外側に「存在する」状態、
これが点である。
そして「全ての部分を持たない究極の単子」として
ライプニッツに名付けられた最初の「実体」、
これが「点のモナド」である。
「存在する無」は、 「完全無という世界」と同じものである。
「個の概念(無)」は、 「全の概念(完全無)」と同じものである。
「存在する点(無)」は、 「存在する線の概念(完全無)」と同じもの。
「点のモナド」は、 「線のモナド」と同じものである。
点の概念が線として拡大することは、
無が永遠に無であり続ける「完全無の状態」である。
無(個)が完全無(全)として広がるベクトル、
これが宇宙に最初に誕生した「力学」であり、
これによってモナド(実体)は
それ自体で力学と等しい。
モナドと呼ばれる全ての実体は
「力学」としてつながり、
これが後に等価原理と呼ばれるのだ。
○点から空間へ
存在する点(無)は線の概念と等しい(完全無)。
あらゆる部分を持たない個の実体「点」は、
全として「線(完全無)」である。
こうして生まれた線の概念は、
面の中にありながら「面積の部分を持たない」
やはり同じモナド(実体)である。
線は面のモナド。
線(個のモナド)の無限大の連鎖(全のモナド)として
線は面と同一である。
面(個のモナド)の概念も
無限大の連鎖を続け
空間の概念(全のモナド)と同一である。
無が完全無と同じものであることによって
全てのモナド(実体・個)は
無限大の連鎖(次の実体・全)を続ける。
それが新たなモナドとして
更なるモナドの連鎖を創り出していく。
○時間の誕生
無(モナド・点)の無限大の連鎖によって生まれた「空間」。
空間(個)も連鎖するモナドの集合体(完全無)として
新たなモナドである。
この空間も「部分を持たないモナド」として連鎖を続けた結果、
時間軸は創り出される。
空間のモナドが「持たない部分(実体になること)」とは
「時間軸における長さ」である。
「時間軸の長さの部分を持たない」ということは、
この「存在する空間のモナド」が
「今という時間」の正体なのだ。
モナドは実体であり、
無の無限大の連鎖として
「完全無」と等しい。
今という時間(存在する空間)が
「存在しない実体」であるのは、
それがモナドとして無と同じものだからだ。
無(個)は無限大の連鎖によって完全無(全)と等しい。
この同じ原理において、
今という実体(個)は
完全無という時間軸(全)を創り上げる。
これが時間軸の存在する理由である。
空間の、
時間軸方向への無限大の連鎖。
「この世界には何も存在しなかった」
という大原理が、そのままで
無限大に広がり連鎖を続ける
時間と空間の同じ姿なのだ。
ここから宇宙の創造が始まる。




