老獪にして邪悪(ウルクス視点)
かなり間が空きましたが再開です(更新ペースは若干落ちます)
魔導卿が証言に立った公聴会や議会爆破未遂事件のせいで夕方の号外が奪い合いになった翌朝、魔導卿の邸宅前はウルクスも事前に予想していた通り、新聞記者と野次馬があふれかえっていた。
「面会の約束のない者は通せない」
門番が声を張っているのを横目に門前を通り、少し行った先の角を曲がってから、通用門に向かう。
こちらも新聞記者らしきものが貼り付いているが、正門よりは人数が少ない。門番が睨みを利かして都度追い払っているのもあって、ウルクスは無事に仕事場に辿り着くことが出来た。
「やはり妨害されたようだな」
大部屋に降りて来ていた魔導卿が、茶を飲みながらそんなことを言った。
「おはようございます、卿。かなりな事になっておりますよ」
「年寄りの門前で騒ぐとは、気遣いの足りない連中だ。私が朝寝しているとは思わんのかね」
真顔のままだが、これはもちろん冗談だろう。
貴族の邸宅としては小さい魔導卿の屋敷だが、さすがに表門から玄関まで多少の距離はあり、記者が騒ぐ声が届くほど近くない。
「昨日のご様子を見て、朝寝などさせずもっと働かせれば良いと思ったのでは?」
なにしろ異世界人は年を取るのが遅い。魔導卿もご多分に漏れず、80近い高齢のはずだが見た目は40にもならない姿のままだ。
「けしからんな。年寄りの周りで騒ぐ暇があるなら、もっと仕事を増やしてやらなきゃいかん」
口元に小さく笑みを浮かべているのだから、たちが悪い。
「そのお口ぶりですと、何かまた騒動のようですね」
ひと足先に職場に着いていた同僚のハウィルが、なにやら諦めた空気を漂わせて言った。
「安心したまえ、我々にとってではないさ」
「そうあることを願っておりますが、また任期延長になりましたからね」
当初の予定では、魔導卿の下に就くのは3か月ほどの予定だった。
しかし魔導卿が探り当てたあれこれがあまりにも多すぎたため、ウルクスもハウィルも任期延長が決まっている。先日も内々に再々延長を告げられており、まだしばらくこの体制が続く見込みだった。
「君たちの交代要員がいないのも、どうかと思うんだがな」
「卿に官僚への伝手を作らせたくない者もおりますので」
と、ハウィル。
「ほぅ?」
「部下として接したことがあれば自然、距離も近くなります。我々を入れ替えてしまえば、距離の近い官僚がもう二人ほど増える勘定になりますので、それは避けたいのでしょう」
「いまさらという感もあるんだがなあ」
「それが見えていない者もおりますから」
たしかに、今更の話である。
考えてみれば意外でも何でもないが、魔導卿は先王を廃したクーデターの黒幕であり、10年前まで重鎮の位置にあった人だ。動乱期に活躍した大魔術師でもあるから当然、当時からの部下はあちらこちらにいる。
しかもその元部下はそれなりに出世していることも珍しくない。
官僚の中には少ないとはいえ、工業界や軍にも知己が多い。
そして何より、あのタカハシ書記官と極めて近しい間柄だ。魔導卿自身の影響力に加えて、タカハシ書記官を動かせるのは極めて大きい。
「卿の影響力が増すのは困る、と考える者もいるわけです」
「君たちの上にいる誰かに、という事だな」
「ええ、まあ」
上級官僚の中に現実が見えていない者がいるのは全く困りものだが、残念ながらそれも現実だった。
「いずれそのへんも洗い出してどうにかするさ、高橋が」
「……終わりましたね」
タカハシ書記官と言えば、いったいどこに伝手があり誰の弱みを握っているか分からない、黒幕中の黒幕だ。少なくとも高級官僚については相当に掌握しているだろう。
「なに、たとえ高橋に情報を握られたところで、真面目に仕事をしていれば何も起こらないさ」
あからさまに面白がっている様子だが、かえって不気味である。
嫌な予感しかしない。
「それはさておき、昨日の一件でずいぶん掃除が進んだ。状況もまた変わるぞ」
「新聞には『掃除』の件はまだ載っていなかったようですが……」
ウルクス達にはもちろん、昨日の午後のうちに一報が届いている。魔導卿に連絡が来るとほぼ同時に部下一同に伝達されたから、状況は把握できていた。
あれでまた、混乱する役所が発生するだろう。逮捕された連中は自業自得だが、その後始末をさせられる下級官僚には同情の念しか湧かなかった。
「公式発表は今日の午前中の予定だ」
「役所に情報は?」
上役が出勤しない部署に、情報が入っているかどうかは気になるところだった。
コネで入局したような貴族子弟は、高い地位についているのも常だ。能力も低く大した仕事はできないが、それでも署名装置としての役割はこなせている者が大半だから、まったく出てこなくなっても大丈夫とまではいかない。
「内々に連絡は入れさせてある。業務が滞っても困るだろうからな」
「ああ、ありがとうございます。それなら大丈夫ですね」
「それでも混乱が避けられたとは言えないがね」
魔導卿は面白がる様子を引っ込めて言い、残っていた茶を飲みほした。
「さて、それはそれとして、こんな情報も届いたぞ」
ウルクスとハウィルのそれぞれに、魔導卿の侍従から手渡された書類の見出しを見て、ハウィルが天を仰いでいた。
「……卿、また何を仕掛けたんですか」
ウルクスもため息しか出ない。
「なに、マランティ国内でちょっとした買収工作をしていてね」
「それをわざわざ我々に教えてくださるという事は、国にも関わる事と推察いたしますが」
魔導卿は公私をきっちり分けているから、普段であれば魔導卿が個人で持っている事業については、ウルクス達にほとんど知らされることがない。
わざわざ情報をよこすという事は、つまり何らかの影響があると判断している証拠だ。
「むろん関係する。マランティの兵器生産にかかわることだからな」
「軸受け生産会社が、ですか」
「この会社の製品は、大砲の生産に必要になる。なかなか良くできた軸受けで、特許も取っているな」
「それを買い取ると?外国人による取得が困難なのでは?」
マランティの制度上、外国人は軍に関係する企業の買取は出来ない。
そして魔導卿は異世界人ではあるが、バーランの貴族として爵位を持っていることから、バーラン人に準ずる扱いを受けている。企業の取得は難しいのではないかと思ったのだが、
「私が直接所有する予定は無いからな」
と、こうだった。
「それに、今ある企業は潰す。潰して、特許の権利を譲り受けて、企業を再建する形をとる」
「潰す?危ないのですか」
それなら買取も可能なのかな、と思ったが、
「現在のところ業績は好調で、来期の生産高も決まっている。しかし現時点では製造能力が追い付かないので設備増強中だ」
と、魔導卿の説明はなかなか業績が良さそうな感じだった。
「……潰れる見込み、無さそうなんですけど」
「設備増強したところで、注文が取り下げられるんだよ」
「えっ!?」
「マランティ軍に納入する兵器の数が減るんだ」
「もう、予算も決まって発注されてる分ですよね!?」
「マランティ軍の悪いところさ。過剰な予算請求をして削られるのはいつもの事だ」
「発注済みなのに?」
そんなことをすれば通常、企業と揉める。違約金も発生するし、役所とてそんな面倒は嫌うだろう。少なくともバーランでは嫌がられるし、マランティだって似たようなものじゃないかと思うのだが。
「普通なら、こんなに早く発注はかからないんだがね。誰か知らんが先走ったので、企業側も設備増強までして増産に踏み切った」
「で、それが取り下げられる、と……」
「設備投資で赤字になって倒産、というわけだ」
「……卿、なにをなさったんです」
そう都合よく発生する事態ではないだろう。
「大したことはしていないぞ?ただ、軍が暴走するのを後押しした気はするがね」
もっとも私だけできることではないぞ?と老魔術師は付け加えたが、ウルクスの耳には邪悪な響きとしか聞こえなかった。
知財乗っ取りを含めた企業買収には、日本側バックアップである大島も関わってます。
「異世界召喚被害者の会。閑話集 そのじゅう:魔導卿と秋の休日」
https://ncode.syosetu.com/n9074fa/10/
でちらっと大島が申し出ていますが、大島が噛んだ結果が乗っ取り劇になりました。





