密談(2)
何もない空中からいくつかの道具をとりだした魔導卿は、光る板のような物を眺めてわずかに眉をひそめた。
「なにか、ございましたか」
「なに、先ほど使った物に多少の問題があるだけだよ」
魔導卿が指で板の表面を撫でると、板の表面に映し出された絵が変化する。
「ふむ。やはり音声認識型はあんまり効率が良くないな」
「音声、認識?」
「私がいない時も使えるように、今回はちょっと新しい方式の防御を試していた。誰が裏に居るのであれ、王の守りを固めて悪い事はないだろう?」
たしかに、魔導卿の術はこれまで、無言のうちに行使されるものばかりだったと聞いている。
しかし先ほどの術は明らかに『言葉』に従っていて、聞き及んでいた術とは違うものだった。
「今は試験中だから、私の声にしか反応しないように作っているがね。将来的には王の声を登録できるようにするが……」
やはりこの方の魔術は侮るべきでない。
『自動反応型に戻すと、今の威力じゃ誤認識した時がヤバいか……致死レベルから下げる……と、火力不足だなあ』
なにやら母国語でぶつぶつ言い始めたが、術を行使している様子はなかった。
『こりゃあ計画し直しかねえ』
軽く息をついてどこかを見つめ、それから頭をかき混ぜて、また光る板に目を戻していた。
『スクラッチ&ビルドの方が楽かな、しかし完成までの時間がなあ、どうしたもんか』
光る板を宙に浮かべたまま、腕組みをして考え込み始めた。
「魔導卿?」
仕方ないので声をかけると、今さら気が付いたかのようにぱっとこちらを見た。
その姿に一瞬、別人を見たかのように錯覚を覚える。
冷酷にして最強と恐れられた大魔導師ではなく、見た目の年齢相応の、技術に傾倒している魔術師。三度の食事より魔術が好きな連中と、なんら変わらない。
しかし
「ああ、失礼。考え事を始めてしまった」
手を一振りして光る板を消した魔導卿からは、直ぐにそんな様子も消え、ガディス卿も馴染みの超然とした空気を漂わせていた。
「君の要件は、夜会の事だったね」
「女王陛下が卿を軽んじておられると見なされるのも、困ります故」
「座っていられる形式にしてくれ」
「晩餐会ですと、かなり格を上げねばなりません」
国にとって大恩ある人物だから、もてなしもそれなりになる上に、今回は詫びも兼ねている。
そこで迂闊に格を落とせば相手を軽んじた事となり、サエラ女王の不手際だ。
しかし一方で、魔導卿は昔から立ち時間の長い催しはもちろんのこと、長い時間座る席も断っている。そんな魔導卿を長時間に及ぶ場に招くのは無礼に当たるだろう。
「昼餐程度の時間なら問題はないよ。ただまあ、しばらく先の話だな」
「なにか、ございましたか」
にやりと笑って魔導卿が宙を指し示す。
指先に、書類の幻影が浮かび上がった。
「めくりたい時は指でつつくといい」
ふわりと幻影が動き、ガディス卿の手元で止まった。
言われるがままに読み進めるうちに、ガディス卿は己の顔が引きつるのを感じていた。
「これは……」
召喚魔術が使い物にならなくなって、20年になる。試せば謎の爆発を起こして術者が死ぬと知れ渡って以来、召喚魔術は試みられることもめったにない、稀な術式となっていた。
それをあえて王女にやらせたのが誰で、目的は何だったのか。
成功してもしなくても、利を得るのは誰なのか。
幻影の書類はそこを考慮しながら、これまでに失敗した召喚魔術の実行場所と実施者を列挙し分析したものだった。
「実物は私の部屋に置いてある」
人の悪い笑みとともに魔導卿が言うのに、ガディス卿は全精神力を発揮して顔の筋肉が更に引きつりそうになるのを押さえ込んだ。
「……卿がお越しになって、まだ10日と経っていないはずですが」
「使えるコネを総動員してみた。まだ繋ぎの取れない者もいるから、完全ではない」
「……これでも、十分です」
「君はデータの重要性を分かっているようで、なによりだ」
「これを頂くことは、可能ですか」
「そのための、昼餐会の引き伸ばしだよ。私が臍を曲げているのだから、君が説得のために私を訪問するのはおかしく無いだろう?」
御機嫌うかがいを装って訪問せよ、という意味だ。
少なくとも、客人である魔導卿が国務卿たるガディス卿を訪問する理由はほとんど無いのだから、へそを曲げた魔導卿の機嫌取りにガディス卿が足しげく通っている、と装う方が自然だ。
その相手が誰であれ、用心するにしくはない。
「君に危害を加えることも厭わない相手だ。気を付けなさい」
敵に回る気はない、という事だろう。
ガディス卿は席を立ち、一礼してからその場を辞した。
次回更新は9月15日21時を予定しています。