今昔、変わるもの変わらぬもの
召喚術改変を試みた集団の思惑も特定できたわけではないが、現在の状況では、戦争準備に余念のない馬鹿をどうにかするのが先である。
とはいえ、基本的に私の仕事の範囲じゃないんだが。
「情報入手はもののついで……ですか」
ガディス卿にも深々とため息をつかれたが、私にとってはその程度のことである。
「報告の中から読み取れる範囲の事だ」
表に出ることはほぼないが、こちらで起こした事業はまだ売り払ってはいないし、各経営陣からの報告は届いている。
マランティ軍に食い込んだ事業部についても、契約上「社外に」情報を漏らすことは当然できないが、事業主として私が把握することは可能だ。マランティとの契約にうまく穴を開けた法務部のお手柄である。
もちろん私も、どの技術や部品についての契約があったという具体的な内容は喋らない。
ただし、複数の情報を総合して彼らの目的を推定することは十分可能であるし、『推定』である以上、これを喋ったところで契約内容を漏らしていることにはならない。少なくとも契約上は、そういう事にして押し切ることは可能である。
悪どいと言うなかれ。情報とは集めて操作するものである。
「もっとも、私が隠居だからできることでもあるがね。公的な職についていたら、とてもじゃないがこんな事をしている暇は無いよ」
「……卿にはもう少し、ご活躍いただいたほうが良さそうですね」
「却下だ却下。バーランでは暇な隠居でも、日本では現役で忙しいんだよ」
炎上してた案件は片付いたけど、だからといってヒマなはずもなし。
「そろそろあちらの仕事一本にしたいんだがね?」
どう考えても、こちらの若造どもは年寄りを扱き使い過ぎである。
「それに、調査室の解散期限までいくらもないぞ」
二度の延長を経てずいぶん長期化しているが、さすがにそろそろ、官僚二名も戻してやらないとまずい。
そう思ったのだが、しかし。
「三度目の延長が決まりました。後ほど正式にご連絡します」
硬い表情のまま、ガディス卿がそんなことを言った。
「おいおい、借りた若手の出世が滞ると困るんだがね?」
「その件に関しては、二名とも二等官に昇進させることで話が付いています」
「国務卿が人事に横槍を入れたのか」
「いいえ、各省庁からの意見です。卿の代行が三等官なのは困ると」
二人には私の代理として動くことを許可しているし、もっとぶっちゃければ、私の名前を利用して各部署に食い込めと指示もしている。
これに対応させられる側としては、二人を無視すれば私が怖いし、とはいえ二人の身分は三等官だから、他の官僚の手前そう重きを置くわけにもいかない。しかも二人とも、けして高飛車に出るような真似はしないから、『室長の権威をかさに脅されて仕方なく協力しました』という言い訳も使えない。
昇進でもしてもらわない事には、やりにくくて敵わないと言ったところなのだろう。
ずいぶん時代も変わったものである。
「え、昔と何が違うんですか?」
ディガン君はさすがに知らないか。
「異世界人の代理人など犬も同然、と門前払いされた時代もあったんだよ。ディガン君が生まれる前の事だがね」
もちろん、直接出向いても相手にされず、ひどい所では便器に貯めた汚物を投げつけられたこともある。
もちろん汚物はしっかり弾き返し、以降は相手を完全に蚊帳の外に置いて情報を遮断、経済的にも軍事的にも立ち行かなくなるよう罠を張って陥れはしたのだが、当時の私達が旧制度の農奴以下とみなされていたのに変わりはない。
貴族は貴族であり、異世界人は農奴以下のなにかに過ぎず、その格差は絶対のもので異世界人が無条件に認めるのは天の理であるからして、異世界人には農奴以上に何をしても良い、という連中も多かった。
「それはまた……」
「ちなみに、そういった思想を持っていた最終世代の一人がガディス卿だ。彼の修正にはかなり手間がかかったね」
「え」
「魔導卿、あの頃の話はちょっと……」
あれはさすがに黒歴史だろう。身分が低い者に対しては傲岸不遜そのものの、愚かな貴族の子供たちの一人だったんだから。
身分制度なんてしょせん、社会システムの中で決まるものである。システム全体を改変してしまえば身分に意味はなく、その意味を取っ払ってしまえば、あとに残るのは愚かで騙されやすい感情的なお子様だ。
社会システムどころか世界の外から呼び込んだ異世界人に、『勝手に呼びつけた奴の身内のお約束』なんか通用しない。暴れる気になった『化外の民』の前には、学ばず思考しない者など利用しつくされるだけのエサに過ぎない。
それを自覚で来た者だけが、成長した。
「君達のことは、大島さんがずいぶん鍛えたからなあ」
彼らを見捨てるのではなく、適切な次世代教育が必要だと説いたのは大島さんである。
「ショウ師もタカハシ殿も、容赦なかったですからね……」
「教育してくれただけマシだと思うんだね。はなから君たちを見捨てた者も多かった」
当時の子供たちを最初から完全に見捨てていた者は何人かいたが、その筆頭がトマソンだろう。
トマソン本人がそれなりの階級の出なので、似たような階級のはずの子供たちが文字すらろくに書けないのを、救いようがないと思っていたらしい。トマソンは、お眼鏡に適わない人間に対してはとことん冷淡である。
「それは、まあ、はい」
「それに、ディガン君にとって問題になるのは君じゃないからな。君と同世代の、君ほどちゃんと矯正できなかった人間だ」
「ガレンの革命に、何も学ばなかった者ですね」
エーリャ王女がぽつりと言った。
フランス革命さながらに荒れたガレンの革命は、パンの値上がりをきっかけにした労働階級の蜂起に端を発している。
あれを見てもなお身分の低い者を侮り続けるなら、愚かとしか言いようがない。少なくとも、生存本能には欠けている。
「その通り。残念ながら、ディガン君の上官にも何名かいるな」
「クガルの会に関わっていた者、ですね」
「あれは一部だろうな」
昔の思想に凝り固まっていても、行動を起こさない者はいくらもいる。
「軍にとっては危険因子でしょう」
「可能性はあるが、私はそこまで口を挟まないよ」
迂闊なことを言うと、また仕事を押し付けられるのは目に見えていた。
タイトル修正。





