秘かな扇動者(後)(サエラ視点)
一週遅れになりました
「タカハシ殿のご配慮、感謝しますとお伝えください」
「わかった、伝えておく」
会話がいったん途切れたところで言うと、魔導卿は人の悪い笑みを浮かべて頷いた。
タカハシがテライを代役に立てたのは、襲撃を受けた後だから、という理由だけではないだろう。公式には召喚術を取り締まる役目しか持たないテライをこちらに関わらせるなら、こうして接触させるのが効率的だ。
そしてもちろん、隠居を公言してはばからないテライも、その事は理解した上での代役だろう。
サエラが王位を奪ったクーデターの後、動乱期を経てこちらの技術改革を進めたテライの影響力は、今なお強い。テライに場を提供したタカハシが、その点を考えていないとは到底思えなかった。
「あいつは腹黒いからね、そのくらいは当然、織り込んでるだろうさ」
淹れなおされた茶を片手に平然と言ってのけるテライも、タカハシの同類である。
「高橋の奴、隙あらば私を扱き使う気満々だぞ。少しは遠慮してほしいものだがね」
「まだお元気なんですから、頑張ってください」
砂糖をたっぷり使った焼き菓子をつまんでいた末息子も容赦ない。
「年を考えてくれ、ディガン君。私はそろそろ80のジジイだぞ」
「私達より長生きなさるんでしょう?もしかして今だって、我々の30代と同じくらいのお年じゃないんですか?」
「別に長生きするというデータもないがねえ?」
「お年を召されない時点で長生きなさってると思いますが」
「異世界生まれの方々は、出身地と同じ時間で年を取るんだよ、ディガン」
夫が苦笑気味に補い、末息子が小首をかしげた。
「よくわかりません」
「こちらで2年過ごされる間に、魔導卿の母国では1年しか経過しない。だからその間は一年分しか年を取らない……ということであっておりますよね」
「大体あってるね。どうもズレ幅に変動があるようで一概には言えないんだが、あちらに戻れば私も人並の年齢だ」
サエラや夫は昔聞いたことのある話だが、そういえば末息子には教えていなかった。
「ええと、お国ではそうすると、おいくつなんですか」
「だいたい見かけ通りだよ」
「あちらの方々は我々より長生きということは」
「多少はあるかな。全般に衛生状態も栄養状態も良いし、私の母国は戦争も無いからね。とはいえ、人間の成長速度はこちらと同じだな」
「……本当に、我々と変わらないんですね」
「子がなせる程度には、同じ種族だよ」
こちらで過ごすことを選んだ異世界人には、子をなしている者もいる。その中には、外見年齢は子に追い越されてしまうという現象も観測されていた。
「子供たちはこちらの時間で成長するわけですか」
ディガンがなにやら考え込んでいた。
「ああ。子連れでは母国に戻せない理由の一つだね。あちらに連れて行くと、子供たちは周りに比べて急激に年を取ってしまう可能性がある」
「確認はされていない?」
「動物では確認してある。人間では、ちょっと確認できないな。倫理的に問題がありすぎる」
「それもそうですね。あの、あちらの作物を持ち込まない理由もそれですか?」
成長が遅い作物を持ち込んでも、仕方がないだろう。そう考えたのかディガンが質問したが、テライは首を横に振った。
「いいや、それは別の理由だ。我々の歴史でも、人が持ち込んだ植物が敵のない土地で一気に広がって、害をなした前例が多いのでね。こちらを同じ目に合わせるわけにいかないから、ほとんど持ち込ませなかった」
本人が公的な場で言わないため知られていないが、他の召喚被害者の暴走を防いでいるのもテライだ。
こちらに残る被害者からは当然、母国並の環境を整えたいとの希望も出ている。むろんそれらは正当な要求ではあるが、未発達なこちらの社会に持ち込めば害をなすものもある。そういったものへの要求を、こちらの技術や物品で代用する方法を考え実行に移してきたのがテライであり、テライと同じ派閥の被害者達だった。
その中でも植物の害については、ウィリアムズと共に検討を重ねているとも聞いている。
「害、ですか?」
「ああ。例えば、私の母国では珍しくない蔓植物があるんだが、これをウィリアムズの母国に移植した例がある。私の国では他の植物とうまく釣り合いを取って繁殖していたが、ウィリアムズの祖国では、敵になるような動植物がいなくてな。一気にはびこって、今じゃ緑の悪魔なんて呼ばれてるよ」
「それはまた、ずいぶんな名前ですね」
「森を一つ、覆いつくすような植物だからなあ。しかし持ち込んだ人間は、そこまでの害をなすとは思ってなかったんだよ」
「戦略的には使えそうな気もしますが」
「やめておくんだね。駆除したくなった時に出来ないような植物では、いずれ自分たちにとっての障害になる」
「ううむ……いい具合にはびこって、いい具合に枯れてくれるもの、何かご存じないですか?」
「あったらとっくに使ってるよ」
「それもそうですね」
持ち込んだ技術に魔術を取り込んで新たな体系を打ち立て、容赦なく社会を変えたテライのことだ。有用な植物があれば持ち込むことをためらったりしなかっただろう、という事は容易に想像できる。
「たとえ持ち込めたとして、どこで使う気だ」
「東南国境あたりどうでしょう?」
ガレン共和国がそろそろ動き出すだろう。
それを踏まえた末息子の発言に、テライが口元だけで薄く笑った。
「泥濘よりは御しやすい、敵に有利な土地になるだけかもしれんぞ」
「連中の砲兵が動き回りやすくなる、ということですか。しかしガレンは大砲を馬で牽引してるから、妨害にはなるんじゃないですか?」
ガレン陸軍は、動乱期に登場した砲兵戦術をうまく運用していたことでも知られている。
砲兵の運用に長けた将軍が15年前に失脚したため、以降は目立ったところもないそうだが、火力で圧倒することを是とする軍であるのに変わりはない。
「それで思い出したがね、連中、大砲の接地圧を下げるための車輪と車体の開発に着手している。今回は徒歩砲兵に目を付けたぞ」
徒歩砲兵とはたしか、小回りの利く砲兵部隊だったはずだ。10年以上前にそう聞いた覚えがあった。戦場までは馬が引いて行くこともあるが、戦地では人が引いて機敏に動くことを前提に作られた大砲を使い、機動性を高めた部隊だと聞いている。
バーラン王国陸軍にも徒歩砲兵はもちろん導入されているが、バーランの場合は魔技術を応用しているため製造方法が異なっている。
ちなみにその元となった技術の開発者もテライで、しかもラトルーガ戦役後の療養中に作ったといういわくつきの物だ。戦場に出てこない、寝ているはずの時でも敵に回すと厄介な人物であると、そう知らしめた代物だった。
「……これまでは、輓馬砲兵ばかりを改良してきましたが」
「馬にいちいち繋がなくてはならない大砲など小回りが利かないと、ようやく理解したようだな」
「ガレン陸軍の戦略が大きく変わりそうですね」
「サウードには詳細を伝えてある。大した情報量ではないがね」
「ありがとうございます」
軍のこまごまとしたことは、サエラはあまり得意としていない。ここは夫や息子たちに任せればいいだろう。
そう思って聞いていたサエラの耳に、
「極秘の開発情報の『詳細』がわかる時点で、大したものなのですがね」
と、娘婿が小さくぼやくのが聞こえた。





