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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また仕事が増える

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騒動の後(ティファ視点)

長らく中断いたしましたが、再開いたします。

 夫の帰宅が遅くなることはティファも連絡を受けていたが、それでも、本人の顔を見てようやく安心できたのは事実だった。


「子供たちはもう休みましたわ」


 父様が戻るまで寝ないと頑張っていた下の子は、8時には夢の国の住人になっていた。


「ああ、ありがとう。今日はいろいろ忙しくなってごめん」

「無事に戻られたのですから、構いませんわ」


 一言二言書いただけのカードでよいから無事を知らせるように、としたためた手紙に、夫はちゃんと返事を書いていた。

 それが今日の昼過ぎの事で、それからもごたごたしていたらしい。魔導卿の(やしき)に避難していたようだが、それでも忙しかったのも事実だろう。


「怪我はしないよ、寺井はそのへん抜かりはないからね」


 特に気負うことなく発せられた言葉は、旧友への無条件の信頼の(あかし)だった。


「小父様が失敗するなんて思ってませんわよ。でも怪我はなさらなくても、気持ちが落ち着くまでしばらくかかりますでしょ?」

「寺井にも、子供の前に出られる顔じゃないと言われたよ」


 夫も自覚があるのか、荒事の直後にティファや子供たちと顔を合わせることは好んでいない。

 ティファとしては荒々しい空気をまとった夫も好きなので、自分に見せようとしないのは残念だったが、子供たちの事を考えれば仕方がない。たいていは機嫌のよい子煩悩な父親のもう一つの面、何者も拒絶する『異界の断罪者』としての顔を見せるには、子供たちは幼すぎた。


「小父様も気を使ってくださったのね」

「あれで面倒見は良いからね」

「あれで、なんて。昔より判りやすくおなりですわよ?」


 ティファが知る限りテライはもとから面倒見がいい性格だったが、そうと知っている者は少数だった。

 常に無表情でいるか、僅かに不機嫌そうな顔をしている異世界人の魔導師ともなれば、怒りを買わないよう細心の注意を払うもののほうが多くておかしくはない。性格など気が付きもしない者も多かっただろう。

 とはいえ不機嫌に見えたのも実は、足の痛みに悩まされているだけだったそうなのだが。


「そうかな?」

「ええ。お国で治療されたのが、良かったのですね」

「それなんだけど、ティファはどう見てる」

「どう、とおっしゃると?」

「本人は治ったつもりでいるみたいだけど、無理させてるんじゃないかなと思ってね」


 少し、後悔しているような声だった。

 やはり今回の襲撃で気分がささくれたままなのだろう。

 普段の夫なら、自信が持てない事柄でも笑顔に隠して見せようとはしない。旧友に負担をかけすぎている事を気にしてはいたが、後悔している様子を伺わせるような真似はしないのが常だ。


「そうですわねえ……」


 ちょっと考えて、ティファは笑顔になった。


「気になさる必要は無いのでなくて?」

「それはちょっとひどくないかな?」

「あら、小父様なら、本当に無理と判断なさったらそうおっしゃると思いますわよ?」

「ああ、まあ、この前ははっきり言われたけど」

「そうでしょう?でしたら、気に病まれる必要はありませんわよ。小父様があなたに遠慮なんかなさると思って?」

「……しないだろうねえ」


 何か思い出すように、ようやくいつもの笑みを浮かべた夫に、ティファはこっそり安堵の息をついた。


──────────


 魔導卿の(やしき)で軽く夕食はしたためたという夫に夜のお茶を淹れ、軽食を持ってきた召使が下がったところで、夫はようやく人心地ついたようだった。


「へえ、作ってみたんだ」


 パイを切り分けて口にした夫が、嬉しそうに言った。


「初めてでしたから、難しいものですわね。お味はいかが?」


 魔導卿が夫に持たせてくれた菓子を参考に作った小さなパイには、夫の故郷の味だという豆の甘煮を詰めてあった。

 材料となる豆の入手は難しかったが、夫や魔導卿の同郷であるヌマオが代替品の種類と同時に詳細な作り方を知らせてくれたから、ある程度再現できただろうとは思っている。とはいえ、実際に夫の口に合うかどうかは別問題だ。


「うん、美味しいね」

「あなたのご存じの味を、どこまで真似られたかは判りませんけど」


 なにしろティファもほとんど知らなかった味である。初回から大成功とはいかないだろう。


「これはこれで良いんだよ、美味しいから。君が作ったんだろう?」

「あとはいつもの菓子係ですわね」


 一家の女主人たるもの、台所の采配も仕事のうちである。

 力仕事はもちろん使用人に任せているが、試作品なら味を決めるのも女主人の仕事だ。


「ああ、シャラか。彼女ならすぐ覚えるだろうね。これ、子供たちにも食べさせた?」

「ええ。喜んでおりましたよ」


 すっかり喜んだ子供たちがもっと欲しいとねだり始め、お父様の分ですよと言い聞かせるのに手間取ったのを思い出して、ティファはくすりと笑った。


「あなたの故郷の味と聞いて、興味津々(しんしん)でしたわね」

「日本の事は、ほとんど教えてないからねえ」


 戻れない故郷について夫が話すことは、ほとんど無い。

 未練を絶つためだと以前言っていたが、じっくり味わっている様子からすると、やはり故郷は懐かしいものなのだろう。


「やっぱり、教えるべきじゃないだろうし、ね」


 菓子を食べ終わった夫は、そうぽつりと言った。


「あなたの望むとおりになされば、よろしいのですけれど」

「子供たちが興味を持っても、連れて行ってやれないから」

「そういうことでしたら、仕方ありませんわね」


 静かにフォークを下した夫にそう言い、ティファは片付けをさせるべく、召使を呼ぶベルを振った。

お怒りの手紙は出しましたが、夫婦喧嘩はしないティファ夫人。


高橋が帰れない事情は「異世界召喚被害者の会。閑話集 そのなな:帰る場所(https://ncode.syosetu.com/n9074fa/7/ )」をご参照ください。

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本編に入っていないエピソードをいくつか、閑話集にて公開しております。

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