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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また仕事が増える

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迷惑な悪あがき

迷惑じゃない悪あがきがあるかどうかはさておき……

 休憩時間終了前にディガン君は部下に呼ばれて出て行き、我々も特に用があるわけではないので、休憩時間終了後に議会を辞した。


 会議の再開を待ったのは、人が減るのを待つためだ。なにしろ下手に休憩時間に出歩くと誰に捉まるかわかったものではないし、公人としてはとっくに引退している以上、余計な話を聞かせられるのは真っ平ごめんである。

 とはいえ、完全に無人になるわけでもないから


「出待ちがあんなにいるんだから、寺井も人気者だねえ」


 高橋がそんなことを言ったのも、無理は無かった。

 王子二人がいなくなったので警備も減り、追い払われなくなったのだろう。部屋の外にはあちこちからの使いの者達が待ち構えていた。

 もちろん無視したが。


「これで、いくらか事態が動いてくれればいいんだがな」


 この二週間でサール君を抑えるための証拠は固められたが、『塔』の引き起こした問題が完全に片付いたわけではない。

 ついでに言うと、塔主と手を組んでいたランデ卿はまだ泳がせてあった。

 エリーリャ元王女処刑の場で失言をしたランデ卿だが、現在のバーラン王国ではぎりぎりで不敬罪を問えず、あの一件だけでは確保も難しい。クガルの会と塔をランデ卿に結びつける証拠はとっくに挙がっていたが、ランデ卿と繋がっていた貴族まで一網打尽にするための材料をそろえるには、多少時間がかかっていた。

 もっともそれも、今日までのことだが。


「それじゃ、予定通り」


 車寄せまで来たところで、先に到着していたのは高橋の馬車だった。


「スイッチはもう入れておいてくれ。ぬかるなよ」

「事前情報があるんだから、大丈夫」


 刀の紐はまだ解いたまま、高橋はいつもの笑顔で乗り込んだ。

 御者が軽く鞭をふるい、二頭立て馬車が軽快な音を立てて走り出す。


 その馬車が爆発したのは、議会の門を出たまさにその瞬間だった。


──────────


「何事だ!?」


 一瞬の後に怒号と悲鳴が上がった。

 爆発で吹き飛んだのは、馬車の下部。()()()()()()()()()()()()()()のだが、さすがに爆発直後のことでそこまで気がついている者は少ない。

 爆風で馬がやられ、転落した御者が血塗れになって呻いているのも、騒ぎに一役買っている。


「特定しました」

「確保しろ」


 さりげなく寄ってきた係官が(ささや)くのに指示をする。

 本来なら高橋が勤める役割だが、高橋が囮になっている間は私が代行だ。

 相手の顔を確認することは、しない。職務内容の点からも、私は覚えていないほうが良い相手である。

 爆発物を仕掛けた者を確保しに担当係官が動いている間に、衛兵の服を着た者が残っている客室部のドアに手をかけていた。

 もう片方の手は拳銃を抜いている。


 私が魔術を展開するより早く、()()()客室部のドアが蹴り開けられる。衛兵姿の男が開いた扉で顔面を殴られ、仰け反ったところで、客室内部から木刀が突き出された。


 腹を突かれて衛兵姿の男が沈んだところで、高橋があたりを警戒しながら姿を現す。

 そして呻いている御者にちらっと視線を投げてから、駆け寄ってきた本物の衛兵に何か指示を出し、左手に日本刀を持ち、右手に木刀を下げたまま、私にむかって歩いてきた。


「とんだ騒ぎになったな」


 高橋が黙って木刀を預けてきたので受け取り、それから日本刀もよこせと手真似で促す。紐は解けたままなので刀身が出ないように慎重に受け取って、高橋が耳を覆っていた布を外すのを待った。

 耳につめていた綿まで外して、高橋が一息つく。外した布と綿は、私の侍従が預かった。


「良い耳栓が無いのも不便だねえ」


 いつもの口調で言ったが、高橋の目は笑っていなかった。


「ここは衛兵に任せて、うちに引き上げよう」

「そうさせてくれると有難いな」


 まだ混乱する現場から離れて、別の車寄せに向かうことにした。


──────────


 高橋の馬車に爆発物が仕掛けられたのは、議会にいる間のことだった。

 臨時で雇われた御者が犯行の協力者で、「預かった荷物」を馬車後部の従僕(フットマン)用の台に置いた、というところまではすぐに判明した。なにしろ馬車待機場でのことで目撃者があったから、難しい話ではない。


「臨時?」

「御者が買って食べたものに(あた)ったらしくて、十日ほどの契約で仲介業者から紹介して貰ったんだよ」


 こちらの食品衛生事情はなかなか改善しないから、うっかり外食すると食中毒になる可能性はいまだに高い。それなりの店であれば問題は無いが、場末の店や屋台ではかなりの確率で引き当ててしまう。

 なにしろ調理する者が手を洗う水もろくに無いような店舗もあるのだから、あれで衛生的なはずもない。


「使用人には言ってなかったのか?」


 私の場合もそうだったが、機密を扱う仕事についている以上、雇用できる人間は限られている。そして雇える者が限られているのだから、その健康管理も重要になってくる。ちゃんとした給料を払い賄いを充実させるのもその一環で、下手なものを口にさせないための手段だ。


「普段は気をつけさせてるんだけどね、どうも友人と飲んだ時におかしなものを食べたらしくて」

「その『友人』に問題は無かったのか、疑問だな」

「というより、友人が飲みの場に連れてきたという男が問題だと見てる」

「なるほどな」


 自分の手の者を潜り込ませるために、使用人を害した可能性があるわけだ。


「仲介業者には聞き取りのための者をやってるよ」

「そこらに抜かりがあるとは思ってないが」


 こうして狙われるのも、毎度のことではある。

 さすがに議会の敷地内で爆発物を使った暗殺未遂と言う手段は珍しいが。


「ようやく、こっちに矛先が向いてきたねえ」


 お茶と菓子を前に話しているが、高橋の殺気が納まってなかった。


 さすがに高橋でも、爆発物があると判っていて乗り込むのはそれなりのストレスだったろう。怪我はしないように私も手は打っていたが、緊張せずにいろと言うほうが無理だ。

 そしてこういう場合、普段は隠している闘争心がむき出しになるのが高橋と言う男で、風貌(なり)にそぐわず過激である。


「あんまり狙いが分散されても困るんだがなあ」


 敵に二正面作戦を取らせるのは戦力分散の面で歓迎だが、守りが薄くなる心配は……要らないか。

 理解できている人間はもとから高橋を危険視してるのだし、安全な仕事はしていない。今回も、高橋のポジションを理解できる立場にいる人間が、ようやく身の危険を察したというだけの可能性も高い。よくある話だ。

 そしてランデ卿の確保を伝えに来た高橋の部下を返したところで、ジャハドが一通の手紙を持ってやってきた。


「タカハシ書記官宛てに、ティファ夫人からのお手紙でございます」


 電話もメールも無いこちらでは、緊急事態であってもこうやって手紙をよこすのが常だ。

 そして手紙を読んだ高橋が、黙って便箋を押し付けてきた。

 女性用の、手漉き紙便箋だ。わずかに柑橘系の香りがついているが、これもこちらでは貴族女性の手紙のたしなみとされている。


「……ああうん、叱られてくるんだね」


 崩れることなく流麗な文字で書き連ねられていたのは、事件を聞いて驚くと同時に心配しているとはっきり判る、ティファちゃんお怒りの言葉の数々だった。

ティファ夫人の手紙の要約:「無事なら無事とさっさと知らせて下さらないと困ります、あとで覚悟してくださいまし?」

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