つまらない動機と裏事情
特に事件は起こりません。
第二王子のサール君が連行されていったのを見送って、ディガン君が深いため息をついた。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
げっそりした顔になっているが、王族として責任を取ると言い出したのはディガン君である。覚悟はしていただろう。
「それはそうなんですが、改めて兄の不出来を見せ付けられますと……」
うなだれる気分も、わからなくはない。
「そう気を落とすな。出来が悪いのはトーン君とサール君だけだろうに」
「ええまあ、残る二人は幸い優秀ですが。あの二人はなんで馬鹿なんですかね?」
兄3人に姉1人がいる末っ子の目から見たら、兄たちを比べたくなるのも無理はないか。
「今回のサール君について言うなら、演技力はたいしたものだったと思うぞ?」
現体制に不満があると気取らせないように振舞っていたのだから、そこはまあ評価してもいいだろう。
「そうでしょうか?」
「王族である以上、腹芸ができないほうが困るだろう」
「おっしゃるとおりではあるのですが、目的が目的だけに……」
ため息をつくのも理解は出来る。
なにしろサール君の動機をありていに言えば、威張らせてくれない母と兄が気に食わないから困らせたい、というだけだし。
それ以外の理由もないから、過激派集団と関わってもそう熱心に活動してはいなかった。結果としてなかなか尻尾をつかませなかったのだから、彼にしては上出来だったといえるだろう。
偶然の要素は大きいが。
「それが彼の限界なんだろう」
「だからってクガルの会に関わるなど、愚か過ぎるのですよ」
「たしかに、復古主義に拘るならライレー党と関わるほうがよかったね」
反異世界人と貴族至上主義は同じだが、ライレー党は合法的な政党である。
「クガルの会はやってることが拙すぎるからなあ」
「え、ライレー党の主義主張は良いんですか」
驚いたのか、ディガン君の口調が素に戻っていた。
「合法的な存在だし、良いんじゃないのか?警戒は必要だろうが、禁じるような段階ではないさ」
「いえその、卿と敵対することになる主張でしょう」
「私個人に何も言えないような世界じゃあ、窮屈すぎるだろう。私は公式には引退してる隠居なんだし」
貴族に特権を認めすぎるのは社会制度上たいへん拙いが、とはいえ彼らが産業と経済の力で変わった現在のあり方に異を唱えて道化を演じたいというなら、問題はない。
しかし同じ思想を掲げていても、クガルの会は一般市民の生命を奪うことになんら躊躇いを感じず、現体制を脅すためだけに無関係の人間を殺傷することをよしとするテロリスト集団で、ただそこが問題だった。
それを説明してやると、ディガン君がため息をついた。
「意外に、その、敵対者に寛容なんですね」
「思想の自由はあって然るべきさ。君達の国を君たちがどう動かそうが、そこは君達の選択だからね」
最初こそラハド五世を倒すためにごり押しさせてもらったが、今それと同じことをする気はないし。
「はあ……」
「こういう人間だから、被害者連絡会の会長になってるんですよ」
そう、高橋がコメントした。
「え?」
「復讐に拘りすぎず、この世界の者に負けるつもりも無く、あちらの世界の搾取も許す気が無い。寺井が会長になった理由として、これが大きいんです」
「復讐と屈服しない事はわかりますが、搾取と言うと」
「十分な大きさの交通路が作れれば、こちらの資源を確保したいあちらの企業が押し寄せてくるよ」
なんせ、掘りやすいところに高品位のレアメタル鉱脈がある世界である。
鉱産資源だけではなく、水資源やエネルギー資源もご同様だ。山林もまだ豊富で農業もアクセスの良いところに大農場を作る余地がたっぷりあるから、農林業資源にも事欠かない。
コストさえペイするなら、情報が漏れればこちらの資源を獲得しようとする企業が山ほど出てくるだろう。
帰還事業で多少の情報漏れはやむをえなかったから、これまでも、探りを入れてくる相手がいなかったわけじゃないし。
「そうなった結果は、想像できるかな」
「今、植民地で問題になっている諸々ですね」
こちらにも、植民地での環境破壊や非人道的労働と言った問題は存在している。
代表例が鉱山における労働者問題で、原住民(といってもバーラン王国や周辺諸国同様、何らかの偶然でこちらに迷い込んだヨーロッパ人の子孫らしいが)に危険な重労働を強いて、銀10gにつき死者一人と言われるほどの被害が出ている場所さえある。あちらで昔、スペイン人がインディオを犠牲にしていた中南米の銀鉱山と似たようなものだろう。
もちろん問題提起はされているが、植民地のこととなると、なかなか改善が進んでいないのも現実だ。
「もっと大規模に、こちらの国々は食いつぶされるよ」
環境保護も考えなくていい上に、機械力を導入すれば現地住民を雇う必要も減る。こちらの発展の芽を完全に摘む事になっても、気にする義理も無い。資源を取り、うまみがなくなれば撤退していくだけだろう。
「だからこちらの情報があちらで流れるのは極力制限して、通りやすい通路も潰したわけだ」
「……なぜそこまでして下さるのか、理由を伺っても?」
「恨みがあるのはラハド五世とその取り巻き連中だからね。君達じゃない」
「ラハド五世は私の祖父ですが」
「そんな事を言いはじめたら、報復合戦になってきりが無いぞ。それに私もこちらの世界に介入してるからね、反撃してないわけでもない」
「その介入の方向性が、良く判らないんですよ。どう考えても改善じゃないですか。それに、この世界を牛耳ろうとする御様子もありませんし」
「面倒はごめんだよ」
煩雑な業務なんぞ、王族とその手下がやればいいのである。
「それに別に善意だけでもないぞ。私たちに都合良い社会に作り変えてしまえば、私も便利だし、旧勢力への復讐にもなるだろう?」
「味方には利益を、敵には滅亡を……ですか」
「そういうこと」
「やっぱり、良く判りませんね。恨まずにいられないように思いますが」
「恨んだからこその社会改造さ」
ディガン君がなんとも言いがたい顔になったのを見て、高橋がくすくす笑った。
「殿下、真面目に考えすぎですよ。寺井は元々こういう性格です。それに、やり返す時はやり返してますよ」
「魔道卿のやり方が過激なのは知ってるけど、だからこそこう、なんというか」
「一見すると穏やかな方法に違和感がある?」
そこで素直にうなずくのもどうかと思うが、ディガン君はもとからこういう子だから仕方ないか。
といっても私が知っているのは、彼が生意気盛りだった十代後半までだが。長兄のサレク君と同様に小さい頃から物怖じしない子で、敵味方を本能レベルで見分けているのか、少なくとも敵には回らない私に対して割と遠慮がない。
「破壊神になるつもりは無いし、あちらと手を組んで侵略しても厄介ごとが増えるだけだからね」
「比べ物にならないくらい、財は成せるのでは?」
「交通路を独占管理できるから、そりゃ儲かるだろうさ。でもその分、面倒ごとが増えるよ」
莫大な資源につながるルートが一個人の手に握られている状態となると、もはや厄介ごとの予感しかしない。そりゃあ金にはなるだろうが、政治的経済的ゴタゴタに巻き込まれるのは必至だ。
家族もいるんだし、あまり無茶な真似をして巻き込みたくもない。
「御家族?」
「父と兄夫婦だよ」
姪はあえて省略して答えると、ものすごく意外そうな顔をされた。
「私だって、木の股から生まれたわけじゃないぞ」
「すみません、考えたことも無かったので」
あいかわらず素直なディガン君だった。
末っ子王子、いらないところも素直です。





