罠はいくつか仕掛けるもの。(後)
長くなりすぎたため、分割して投稿しています(2/2)
牛歩戦術の効果のほどは不明だが、少なくともタリサ卿を驚愕させるには役に立ったらしい。
公聴会の行われる室内に私が呼び入れられた時のタリサ卿の顔は、まさに見物だった。
出席できないはずの私を無理なスケジュールで呼ぶことで、「奴は逃げた!後ろめたいことがあるからだ!」とでもやるつもりだったようだ。その当てが外れた上に、元気そのものの私の姿に驚愕しているのは、なかなか愉快な光景だった。
「はて、何かおかしな事でもありますか」
格調高い話し方で厭味ったらしく聞いてやると、タリサ卿から見えないところで笑いをこらえている者が数名いた。
「議長殿の要請にてまかり越しました。本来であればこのような場にいるべきではない引退老人でありますが、タリサ卿にとくにご依頼いただいてお譲りした物品について、ご質問がおありと伺いましてな」
議長に向かっても、実に格調高い正統ランド語で話すことにした。
古典的な貴族くささプンプンで俗物根性満載の言葉遣いである。もちろん普段はこんな喋り方はしない。
議長を務めるサディク卿はそう親しい間柄でもないが、私の意図は把握したのか、こちらも目元だけで笑っていた。
「今の魔導卿の言葉で、我々がお呼び立てした用事は済んでしまったようですね」
「と、申されると?」
「我々は、魔導卿の手になるものとされる魔石の作られた経過に興味があるのです」
芝居っ気たっぷりである。速記者にきちんと書きとらせるべく話しているのだろう。
「むろん、説明するにやぶさかではございませんな。どうぞ、なんなりとご質問ください」
「御協力に感謝します。さて、問題の魔石とされるものがこちらにありますが、これは卿の御作でありましょうか」
議長の指示で、侍従の一人がトレイに乗せた石を私のもとに持ってきた。
「詳しく確認するには、触れてみる必要がございますな。証拠品であると推察いたしますが、これは触れても構わぬものでありましょうか」
「国家鑑定士によれば、その魔石はタリサ卿のみに反応すると判断されております。よって、魔導卿が触れられても問題ないものと判断しております」
「御説明ありがとうございます。それでは失礼して、拝見いたします」
トレイに乗せられていたピンセットで石を持ち上げ、これまた準備されていた拡大鏡で観察する。
内部回路がある以上は見るまでもなく私の作なんだが、演技というものは大切である。一応、目印に刻んだ家紋の確認はしておいた。
「私がタリサ卿にお譲りしたものに、間違いはございません。ただし、この石のみでは設計通りの効果は発揮できませぬな」
あくまでも回路の一部だし。
「と、おっしゃいますと」
「拙作につきましては、石の内部に刻んだ魔力回路と、石を支える外部回路の組み合わせがそろって初めて、意味をなすのでしてな」
「珍しい方式と伺いましたが」
「珍しいでしょうな。この方法で作ってしまうと、外部回路が壊れたときに、半身を失った魔石もまた無意味な存在と化してしまう。魔石の価格を考えれば長く使いたいのが人情、通常は採用されない方法でありましょう」
タリサ卿は魔石を取り外して外部回路だけ変更したが、これは魔石の無駄遣いなのだ。
まともな頭があればやらない。
それを説明すると、聞いている者の何人かがうなずいていた。
「敢えて珍しい方式をとられた理由をお聞かせいただけますか」
「タリサ卿には随分な額を払っていただきましたので、他者に悪用されぬよう、配慮したまでの事」
あ、ついに噴出した奴が出た。
議長はさすがに表情を取り繕っていたが、唇の端がぴくぴくしていた。
「タリサ卿はご存じなかったようですが、説明はなさらなかった?」
「タリサ卿ご本人が使うものと想定しておりましたので、不要であろうと。盗難にあわれても心配はない旨、お伝えは致しましたが」
これは一応、説明書に書いたことだ。ただし説明書の端っこに6ポイントで印刷してやったから、老眼のタリサ卿に読めたかどうかは知らない。
「なにぶん、拙作を強くご希望でしたのでな。私の持てる技術を注ぎ込むのが礼儀であろうと考えた次第ですよ」
こらえきれなくなった会場から、笑い声が起こった。
「……魔導卿、この方式は卿の腕があってこそであると?」
「この石に魔力回路を刻める者はそうそうおりますまい」
なにせサファイアである。私も魔力を使って回路を刻めるようになるまで、何度失敗した事やら。
「いささか技術寄りの話をお許しいただければ、そもそも魔石には、扱いやすさと大きさを考えて尖晶石が用いられることが多いのです。魔力を少し貯めておくだけが目的であれば、尖晶石を用いるのは間違いではありませんが、細かい回路を刻みこんで魔力を精密に扱うには、あまり向きません」
他にも色々と使われるが、スピネル構造を持つ鉱物のほうが魔力の蓄積と取り出しが容易であるらしい。大きくて透明度の高い結晶が得られやすい事もあり、有名な魔石はたいてい、尖晶石だ。
「しかしその石は尖晶石ではありませんね。蒼玉ではないかと鑑定士は申しておりますが」
天然物とは内包物が違うから、鑑定士も頭をひねったのだろう。火焔溶融法で作られた安い合成サファイアだから仕方ない。
「おっしゃる通り、これは蒼玉です。ただし加工を加えておりますので、一般の宝石とはいささか異なりますな」
「珍しいものを使われてるようですが、なにか目的が?」
「より大きな魔力に耐える上に、内部回路を刻んでも魔力暴走を起こしにくい、最も使いやすい石なのですよ。加工が難しい欠点はありますが、加工さえできれば欠点を補って余りある石と言えましょう。ただし」
一拍置いて、タリサ卿にちらっと視線を走らせる。特に意味はないが、ビクっとしたところを見ると形勢不利は悟っているのだろう。
「すべての回路を内部に刻むには、大きさが足りないことがほとんどでしてな。それに万が一にも暴走する恐れを考えれば、いざという時にすぐ壊して動かぬようできるよう、作るべきでしょう。故にこそ、魔石と細工にそれぞれ回路を刻み、二つが揃わぬ限り動かぬようにしてあるのです」
バラした時点で無知そのものである。
「卿のその工夫は、誰でも見てとれるものでしょうか」
「今回お譲りした細工に関して言うのであれば、新人魔技師でも見れば判るでしょうなあ。基礎技術は20年も前に公開しておりますぞ」
なんせ、魔力圧増幅装置なんて今や珍しくもなんともない。石の内部に回路が刻んであることも見れば判るのだし、通常は腕輪サイズの物を指輪サイズに押し込んであるのがオリジナルなだけである。
回路は特許として公開してあるし、情報そのものはこちらでも知られているのだ。
回路分離型の製品そのものがあまり一般的ではないのは、ひとえに魔石加工技術の問題である。
「マランティ産の細工に、この石が用いられておりましたが、その点について卿のご意見を伺えますか」
「加工を命じた者は愚かである、と申し上げておきましょう」
笑い声が沸いたのに振り返って睨みつけようとしたタリサ卿だったが、私が視線をくれると、蒼い顔で固まった。
そのまま石像になっててくれればちょうど良い。
「ありがとうございました。ところで、譲渡されたとのことですが、売買契約書はおありでしょうか」
「こちらに」
ボッタクリの契約書を侍従を介して提出すると、サディク卿はゆっくりとそれを読み、それから声に出して読み上げる許可を求めてきた。
もちろん異論はないのでうなずいておく。
サディク卿が良く通る声で読み上げたあと、どこからともなく溜息が聞こえてきた。
「魔導卿、この価格は一体」
誰がどう聞いてもボッタクリだ。
「もともと、拙作をお譲りすることは極力控えております。今回もお売りするつもりはないので、いささか高額を提示させていただいた次第でしてな。ところがこの金額で承諾されてしまったので、やむなくお譲りしたわけです」
売る気なんか無かったよ、と言ってやると、納得した様子の顔があちこちに見えた。
会社の都合と国の安全を秤にかける魔導卿ですが、バーラン王国側で動きを見せなかった期間についての話は閑話のほうで(来週の公開は「閑話」になります)





