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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
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密談(1)

 魔導卿ははたしてこんな人物であったか、と、久しぶりに顔を合わせたガディス卿は、内心で首をひねった。


「夜会?それは勘弁していただきたいな」


 散歩中に引きとめて東屋(あずまや)で話をしたのだが、答は相変わらずそっけない。

 しかし以前はもっと、一歩引きたくなるような威圧感を感じさせたと思うのだが。


「卿が成長したせいではないのかな」


 侍従に用意させた茶を片手に鷹揚に言う魔導卿だが、やはり雰囲気が軟らかかった。


「成長、ですか」

「エルガール伯爵の事務官だった頃は、まだまだひよっこだったろうに」


 失態はないものの忙しく、慌ただしい日々だった事を思い出して、ガディス卿は少し遠い目になった。


 十数年前に比べると、無駄な儀式めいた諸々が廃止されたおかげで、仕事はやりやすくなっている。

 いや、昔よりは上に立つ者の仕事は増えているか。かつては長に任ぜられた貴族が書類仕事をする事など無く、実質的な仕事はすべて部下任せで、優雅に社交に励んでいたと聞く。


「なにぶん、若い頃の事でしたから。そういえば魔導卿はお年を召されないのですね」

「いいや、変わってきてはいるよ。君達よりもゆっくり年をとるだけだ」


 その割には体つきも引き締まっているし、白髪も少ない。壮年と呼ぶにはまだ早い、そんな年頃に見えた。

 そこまで考えて、何に違和感を感じていたかに気が付いた。

 服装が貴族男性の平服である他にも、そう見える理由がある。


「失礼ですが、足は」


 以前は十分に膝の曲げ伸ばしが出来ず、左足を半ば投げ出すように座っていたはずだ。

 しかし今の魔導卿は、他の者と変わらない様子で椅子に腰をおろしていた。


「これが引退の理由だよ。治療しに帰った」

「……は?たしか、治せないと」


 召喚直後に膝を砕かれ、ろくに手当ても受けられないまま放置されたと聞いていた。


「こちらでは無理だな。あちらでは治す技術がある。とはいえ、こちらに技術を持ち込むことは禁止だ」


 その術があれば、と言いかけたところで先を制されてしまった。


「禁術ですか……」

「術そのものは禁じるような物じゃないがね、こちらはまず強奪する事を考えるから、ダメだ」


 術者の誘拐、物品の盗み出し、いずれもこの国の者がやってきたことだろう。そう指摘されると否とは言えない。

 召喚術を冷静に眺めてみれば、人間を拉致誘拐し、物品を盗んでくる行為に過ぎないのだ。


「未だに被召喚者を問答無用で奴隷に落として良いと考える者もいる。物品とて、対価を払う気はあるまい」


 盗賊団と何も違いはないな、と言い切られてしまえば、反論は出来ない。


「きちんと対価を支払う気も無い者に、与えるのは無理だな。術者を育てるにも時間と金がかかるし、材料だって高価だ。盗人にただでくれてやるわけにはいくまい?」


 散々な言われようだったが、召喚術はまさに『盗人の技である』からこそ禁じられている。

 再召喚してしまった以上、また盗みを働こうとしましたと言っているも同然で、言い訳のしようもなかった。


 思わずため息をつくと、


「そんな顔をするな、ガディス卿。どれも君の責任じゃないだろう」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「国務卿である以上は尻拭いしなきゃいけないだろうがね。召喚術が濫発(らんぱつ)されていた時代には、君は生まれてもいなかったんだぞ?」

「……はあ」


 幾分砕けた物言いは、むしろ労わっているようですらあった。


「国としてはまだ信用に足らんと判断したが、君個人の話じゃない」

「……それは、その」

「少なくとも、君も狙われてるからな!」


 次の一瞬はまるで時間が延びたかのように感じられた。


 魔導卿が滑らかな動きで立ち上がり、ガディス卿の頭上に杖を突きだす。

 首をすくめる事も出来ないガディス卿の目の前で、一振りの剣がその杖とぶつかった。

 甲高い音を立てて剣が弾かれ、魔導卿がガディス卿を背後に庇う位置に立つ。


『緊急シールド展開!』


 魔導卿が母国語で何か叫ぶと同時に、魔導卿とガディス卿の周囲に光の壁が立ち上がった。


『隔離障壁設定、半径20メートル。障壁間に音響弾セット、ファイア』


 ガディス卿の目の前で東屋が揺れたが、光の壁の中にいたガディス卿は何も感じなかった。

 襲ってきた男が剣を放り出し、耳を押さえて倒れ込んだ。


『隔離障壁解除、警報音5秒間ののちシールド解除』


 光の壁が消えると同時に、男の喚き声が聞こえてくる。


「慈悲はくれてやろう」


 魔導卿が杖を男の頭に押し付け、一言囁くと、男は白目をむいて気絶した。


「怪我はないか、ガディス卿?」


 振り返った魔導卿はいつも通り冷静だった。


「は、はい、ええと」

「まず君を狙ってきたな。ところで、私に会う予定を誰かに話したかね?」

「ごく少数の者には……」

「それはいつ?」

「昨日のうちです」

「やれやれ。誰が犯人か知らんが、探偵の真似事でもしろと言いたいのかね」


 肩をすくめたあと、魔導卿は駆けつけてきた衛兵に向き直る。

 そして気絶した男を引き渡した後、これも急いで駆け付けてきた侍従にお茶の支度をし直すよう、言い付けていた。


「場所を移しませんか」


 ようやく声をかけたガディス卿に、魔導卿は


「ここの方が良いだろう。相手も二度、同じ場所で襲うほど愚かじゃないだろうからな」


 そう答えると、人の悪い笑みを浮かべて見せた。

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