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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また仕事が増える

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末王子、色々おしつけられる。(ディガン視点)

「良い機会だと思ったが、駄目だったか」


 お茶の席であっさり返してきた長兄に


「予測しておられたんですか、兄上」


 と、ディガンは恨めしい思いでそう言った。

 母であるサエラ女王の『お茶』の席は、時として王族の秘密会議の場となる。今回も同様に、諸々の話を共有するための場となっていた。


「まあな、魔導卿は厳しい基準をお持ちだから」


「先に言っておいて欲しかったものですが」


 表向きは引退している魔導卿の身辺警護は、民間人が担当していることになっている。実際にある会社が請け負っているわけだが、しかし人員は近衛教導隊の退役者を含む元軍人や、彼らが手塩にかけて育てた警備の専門家ばかりで、相当な錬度を誇っている。


「加えて魔術警護はそもそも不要だし、あれじゃあ出る幕がありません」


 もちろん、王室からの人員を押し付けることはできる。そうすること自体は特に難しくない。

 しかしそれをやったが最後、あっというまに新聞に書きたてられ、戯曲に面白おかしく仕立て上げられて、王室が恥をさらすことになる。新聞に発禁処分を出そうものなら魔導卿が力づくで潰しにかかるのは目に見えているし、国外で書かれてしまえばバーラン王室は口出しできないまま大恥をかくことになるだろう。


「費用込みで人員を付けるにしても、適当な人材がいません」


 何もしない者をよこせといわれたが、ただのぼんくらをやればそれも王室の恥になる。かといってあちらが求める基準を満たす人員を出すのは無理だ。


「それもそうだろうな」


 ごく当たり前のように言ったところをみると、長兄はこの事態を想定していたらしい。


「……兄上、失敗すると判っていたなら教えていただきたかったですよ。いくらなんでも酷い仕打ちだと思いますが」

「すまん、すまん。直系王族が打診に行くくらいの事はしないと、体裁が整わないと思ってね」

「それは仰るとおりですけど」

「次は別のことを打ち合わせてきてくれ」

「……そちらが本題でしたか」

「詳細は私から」


 そう言葉を挟んだのは、義兄でもあるガディス卿だった。

 肩肘張らないお茶会という名目だからこそ、降嫁した姉も、夫であるガディス卿を伴ってこの場に参加している。その姉はいつものように上品だが意味の無い微笑を貼り付けたまま、すました顔でお茶を飲んでいた。


──────────


 二度目の訪問ともなるとまわりを見回す余裕も出来てくるが、改めて見ても魔導卿の屋敷は風変わりなものだった。


 王宮に程近い一等地にあるが、身代を考えると質素とすら言える、小ぢんまりと閑静(かんせい)な屋敷である。

 門をくぐれば良く手入れされた庭木が立ち並び、玄関までの道は短いながらもなめらかな石畳だ。馬車を降りて通された玄関の間も飾りつけは質実剛健で、床は絨毯(じゅうたん)では無く、磨き上げた木で作られていた。


「めずらしいな」


 思わずそう漏らすと、


「何がです?」


 と、今回も同行しているタカハシ書記官が問うてきた。


「この床です。魔導卿の財があれば、絨毯を敷き詰めるくらい容易だろうに」


 色の違う木を組み合わせて幾何学(きかがく)模様を作り上げた床もたしかに高価だろうが、しかし見栄を張るために敷き詰めるなら分厚い絨毯だ。冬は冷え込みがちなバーラン王国では、実用的な面からも好まれているのだが。

 しかしそんなディガンの疑問に


「ああ、足が引っ掛かるんですよ、絨毯は」


 そう、タカハシ書記官はなんという風でもなく返答した。


「引っかかる?」

「爪先がどうしても引っかかるので、転びやすかったんですよ。転んでばっかりの家じゃ安全に住めませんから、色々工夫してあるんです」

「……そうか、そうだったね」


 膝を砕かれ骨を折られたせいで魔導卿の片足が完全に使い物にならなかった、というのは有名な話だ。両手に杖が無ければまともに動けない上に、悪い脚は常を引きずっていたのは、ディガンも記憶している事だった。

 毛足の長い高級絨毯など、たしかに転ぶ原因になるだけだったのだろう。


「この家を建てたときは、まだ治療してませんでしたからね。寺井に合わせた造りなんですよ」


 入口が馬車の扉とほぼ同じ高さなのも、玄関を入ったあと随所に段差がないのも、魔導卿に合わせた工夫なのだ、とタカハシ書記官はこともなげに説明した。


「そこまで苦労されていたのか」


 ディガンはもちろん、そんなことは知らなかった。


「一工夫しないと、使いにくいですからね。王宮が苦手だったのも、実は単に歩きにくかったからですし」

「……初耳だ。王族が嫌われているものとばかり」

「寺井はあなた方に好意的ですよ、間違いなくね」


 そんなことを話しながら通されたのは一階の応接間で、大きな二重窓のある明るい部屋は、二度目の訪問になってもやはりどこか落ち着かなかった。


 あまりにも魔導卿の印象とかけ離れている。


 重厚な赤や華やかな緑を用いて繊細な模様の入った壁紙を使うのが通常のところ、この部屋に使われているのはクリーム色を基調に植物模様が白く描かれた壁紙だ。調度品も磨き上げられた胡桃材のもので、良く見れば非常に手の込んでいるが、全体に軽やかな印象がある。いずれも様式にかなったものばかりだが、空気すら明るく感じるような部屋だった。

 屋敷の主が()()魔導卿だと思うと、違和感を通り越して何かの罠に嵌ったような気さえしてくる。


「落ち着きませんか」


 タカハシ書記官は、邪気のない微笑みを浮かべていた。


「あ、ああ、二度目だから大丈夫」

「寺井の好みは知らない人のほうが多いですからね、仕方ないですよ」

「え?」

「これ、寺井の趣味です。だよね?」


 タカハシ書記官が声をかけた相手は、ちょうど部屋に入ってきた魔導卿だった。

 今は杖もついていない魔導卿は、肖像画でよく見る黒長衣(ローブ) ではなく、母国のものだという三つ揃いの地味な衣服を身に着けていた。


「なにが?」

「部屋の内装が寺井の趣味だよねって話。様式としては合ってるだろうけどさ、こっちにしては殺風景と言うかなんというか」

「ああ、これか。ヒ素系の染料が入ってない壁紙を選んだらこうなったんだけどね、まあ趣味といえば趣味だな」


 話しながらゆっくりと腰を下ろした魔導卿は、以前のように座ることに苦労する様子もなかった。


「この家も、昔とはずいぶん雰囲気が変わったよね」

「公人としては引退したからね。要らない部屋は全部潰して、使うところも改修したんだよ。陰気な場所は好きじゃないし」


 公的な肖像画で見る限り陰気そのものの魔導卿なのだが、どうやら好みは違うらしい。


「ディガン君には意外だったかな」


 長兄(サレク)より若く見える魔導卿が、なにか悪戯でも企むようににやりとした。


「ええと、はい」


 この方はあまり笑わないほうがいいな、とどうでもいいことを考えてから、ディガンは姿勢を正した。


「まず用件を伺おうか」

「はい。先日の護衛派遣案については、撤回させていただきます」


 端的に説明したからと言って、怒るような人物ではない。そう踏んで、まず一つ目の用件を終わらせる。


「そうしていただけると有難い。対外的には、打診があっただけで、こちらでお断りしたことにすれば良いね?」

「お気遣い感謝します」


 あくまでも打診しただけ。王宮は配慮し、魔導卿は礼儀正しく断った、という体裁を整えたわけだ。

 長兄は魔導卿について『喧嘩をしたがる人ではない』と評していたが、たしかにそれは正しいようだった。


「それからもう一つの件ですが。魔導卿に表に出ていただくのは、危険が過ぎるのではないでしょうか」


 ガディス卿から報告があった件だった。

 魔石密輸組織とガレンの工作員がすでに魔導卿に襲撃をかけている。そんな状況の今、タリサ卿の審問会議の場に証人として召喚するのは危険だとしか言いようがない。先日逮捕されたタリサ卿の弁護人は魔導卿を証人として喚問せよと申し立てているが、王室側としては却下しておきたいところだった。


「それは君個人の意見かな?」


 判っているだろうに、人の悪い質問だった。


「私個人の意見としてお伝えせよ、と申し付けられています」

「ふむ、判った。髪の色くらい変えておくか」

「出席なさるおつもりですか」

「敵を直接ぶん殴るいい機会じゃないか?それに、素直に出席させてくれる保証はないぞ?」

「あちらからの申し立てですが」

「出席すると言ったにも関わらず欠席したら、私の印象はさぞ悪くなるだろうな」


 あちらさんは『欠席』させるために手段を選ばない可能性があるぞ?

 そう言った魔導卿は、ずいぶん楽しそうに見えた。

人の悪い長兄サレク国王と、人の悪い魔導卿(てらい)&高橋。

悪いおっさんに付き合わされる好青年ディガン君、意外に苦労人かもしれません。


次回更新は2週間後を予定しています。

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