面目を保つのもタダではない。
警備強化の申し出については辞退したいところだったが、さすがにこの状況で断るのも角が立つ。
「まさかディガン君が来るとはね」
高橋に連れられて状況説明にやって来たのは、サエラ女王夫妻の末っ子、第四王子のディガン君だった。
たしか今年で28歳になるはずの、父親似の好青年だ。久しぶりに顔を合わせたせいか、いささか態度が硬かった。
「押し付けがましいのは重々承知の上です」
「そっちの体面もあるからな、申し出てくること自体は仕方ないさ」
現役の陸軍将校でもあるディガン君を寄越すのだから、相当である。
直系王子で、かつ人望ある者を出してきた格好だ。第三王子のトーン君は論外だが、第二王子もディガン君ほど人気はない。兄二人が頼りにならないばっかりに、ディガン君も良いとばっちりだろう。
「これまで放置してきたことのほうが問題なんだよね」
と、高橋。
「本当に今更だけどな」
「そう言わないでよ、王家も寺井に借りを作りすぎてるんだから」
違法召喚の後のごたごたが片付いたわけではないから、侘び代わりの昼餐会も延期されてばかりである。そりゃあ王家の体面も問われようと言うものだ。
とはいえ、そんな都合は私の知ったことではないのだが。
「現実的な話をすると、警備を出してもらう必要もないからなあ」
私としては、割とどうでも良かったというのが本音である。
元部下が作った民間軍事請負企業と警備契約もしてあるから、あまり不安は感じていない。
ちなみに今回の再契約、私が言い出すよりも早くジャハドが先方と話をつけ、契約プランを持ち込んできた。特殊事情も踏まえて非常にまっとうな契約内容だったので、ほぼそのまま契約して今に至る。問題はジャハドの仲介手数料が安すぎたことくらいで、そこはきちんと修正させた。
「結局、無理を聞き入れていただく形になりますか……」
ディガン君がため息を付いた。
「聞いてやるとは言って無いぞ。ついでに言うと、受け入れたとしても、そちらの体面を保てる以外の意味がないんだがね」
「たしかに、寺井のメリットが何もないよね。それでも引き受けてくれる場合の条件を詰めておきたいんだけど」
「割り切ってお飾りに徹することの出来る人員をよこしてくれ。今の警備担当者と張り合うつもりの奴は要らない」
「相変わらず容赦ないねえ」
「警備に穴をあけられても困るし」
「そりゃそうだね」
今更しゃしゃり出るなと言いたい所だが、王家もそれでは困るということだ。
ひたすら邪魔なんだが。
「それに国王派でも女王派でもいいが、うちで喧嘩されると迷惑なんだよ」
「迷惑……ですか」
「王宮の中でやれば良い事を、引退老人の家に押しかけてまでやらかしかねん。迷惑以外に表現しようがないだろう」
王宮だって一枚岩ではないし、現在の共同統治体制についても反感を持つ者はいる。サエラ派と見なされる私の護衛に人員を紛れこませ、騒動を起こしたがる者だっているだろう……というか、その手を使おうとしたものが昔もいたんだから、今もやらないわけがない。
説明するとディガン君が少し凹んだように見えたが、この際だから気にしないことにしよう。
「それに、派閥対立以外の可能性も考えないといけないぞ」
「と、おっしゃると」
「エリーリャを動かした人間がいるだろう」
なにしろ今回の諸々は、王孫のエリーリャのやらかしがきっかけだ。エリーリャを焚きつけた人間は、サエラにもサレク君にも好意は持っていないだろう。
「いっそ、ここで篩い分けするというなら、協力しないでもないがね」
「篩い分け、とおっしゃいますと」
戸惑いがちなのがディガン君で、
「ああ、寺井の周りを引っ掻き回したがる奴を釣るわけね」
と、すぐ理解したのが高橋だった。
王家の体面を保つための人員派遣なのに、その人員が問題を起こすという事は、王家の面子を潰すという事でもある。派遣されて問題を起こすようなら、そいつを押し込んできた奴は、サエラにもサレク君にも好意は持っていないということだ。
「そういうこと。もっとも、警備に話を通さないと拙いのは変わらない」
いきなりこちらから無理難題を押し付けるのは契約外だ。
王宮側の人員を押し込むだけでも契約変更の必要があるのに、怪しい奴の識別にまで利用するとなったら、相当な負担をかけることになる。私を護るのが彼らの仕事である以上、私が茶々を入れてはいけない。
「嫌がられるだろうねえ」
高橋がしみじみ言ったが、どう聞いても面白がっているようにしか聞こえなかった。
「警備の契約変更も必要なんだよな」
「違約金も発生する?」
高橋の指摘に、ディガン君がわずかに目を見張った。
「どんな形であれ、王宮側の人員の面倒を見させることになるからな。これだと全面的なプラン変更になるから、これまでの契約は破棄して再契約だ、かなりかかる」
安い商売をするところには頼んでないし。
足手まといにしかならない王宮側人員を寄越されても困るのだが、私に断らせないために第四王子を出してきているのが面倒だった。
ま、それはそれで対応のしようもあるから、こうして話しているわけだが。
「王室の面子を立てるために寺井に出費させるのも、どうなんだろうなあ」
「誠意ある対応を期待しているが?」
金を出せと言わないのは、できれば人員派遣の案そのものを引っ込めてもらったほうが楽だからである。
「自分達の体面を取り繕う事を最優先してもらえるとは、思わないことだよ」
私が自腹を切ってまで、王家の面子を保つ義理はない。そもそも私は今回も被害者だ。
ディガン君にそう言うと、少ししょげたようだった。
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「御前のご方針に従いますよ」
警備主任のダレン君はあっさり言ったが、あまり面白くはなさそうだった。
「私としては、君達の仕事に横槍を入れてもらいたくない」
「そう伺って安心いたしました」
彼は金で雇った人員であると同時に、元部下から預かっている人材でもある。不愉快な目を見せるのは、好むところではない。
「真正面から突っぱねると、更にトラブルを持ち込む可能性があるのでね。そこは申し訳ないと思う」
現時点では護衛派遣案は持ち帰って検討となっている。
ついでにガディス卿に手紙も書いて釘は刺しておいたが、どう転ぶかはいまひとつ不明だ。
「君達の存在を隠しすぎたかもしれないな」
ウルクス君が詫びを入れてきたので今回の経緯が明らかになったが、私の手落ちでもあった。
ダレン君たちについて特に教えていなかったのだから、心配するのも仕方がない。私の立ち位置が明らかになれば、官僚としては当然の心配なのだし。
「そこはお気になさらず。御前が囮もつとめられる以上、我々が目に付いてはなりませんので」
「面倒をかけるね」
私を囮にしながら私の安全を守る、という矛盾した役割を押し付けられているのだから、普段の仕事とは勝手が違う。
当然だが割増料金にしてあるが、料金分の苦労はさせている自覚があった。
「お気遣いありがとうございます。ところで先日また鼠がかかりました」
「どこの鼠かな」
「ガレンです。現在事情 聴 取中ですが、先に一報をと思いまして」
まったく、マランティだけで十分だと言うに。
「ありがとう、詳細の報告も後日頼む」
「かしこまりました」
きちっと一礼して、ダレン君は退出していった。





