裏方の気配りとそこにある難題(ウルクス視点)
「君達から直接相談があるって、珍しいね?」
タカハシ書記官はいつものとおり掴みどころのない笑顔で言ったが、目元はまったく笑っていなかった。
今日は魔導卿不在の日で、タカハシ書記官はそれを知った上で訪れている。それはもちろん魔導卿の予定を把握していなかったせいではなく、ウルクスから連絡を入れたのが理由だった。
「用件を聞こうか」
「はい。魔導卿の身辺警護についてのご相談です」
「相談が今頃になった理由を聞いてもいいかな」
「状況が明らかになりました」
あまり安心していられる状況ではない。そう判断できる材料が揃わなければ、なかなか相談できる相手ではなかった。
王室書記官は名誉職で閑職だと見なされることも多いが、他の書記官はとにかく、タカハシ書記官については当てはまらない。魔導卿の友人であり、サエラ女王の即位を後押しした黒幕の一人で、今なお女王を守る影響力の持ち主は、けして暇人ではない。
「君達の報告書には私も目を通したよ。敵が技術者の召喚を目論んでいるという読みだったね、それと寺井の警護がどう関わるのかな」
「魔導卿の排除を企んでいる可能性が捨てられません。警備の強化が必要ではないかと考えました」
引き篭もりがちな偏屈老人の印象を敢えて作っている魔導卿だが、実際には気楽に外出もする活動的な人物だ。
そうすると当然、狙われる機会も多い。いくら強大な魔術師とはいえ、走ることもできない魔導卿では、襲撃を受けた場合の困難は予測すべきだった。
「寺井を暗殺するのって、大変だと思うけど?」
半ば試すような口ぶりだった。
「たしかに成功の可能性は低いでしょうが、手段を講じておく必要はあると考えました。なお、これはハウィル三等官と協議した結果の結論です」
「用心深いのは、良い事だね」
「あの方の存在は、我が国の安全のために欠かせません」
本人が気付いていないとも思えないが、バーラン王国は魔導卿を利用している。
ラハド五世を倒したクーデターの黒幕で、サエラ女王の庇護者でもあった魔導卿の存在そのものが、外国からの干渉を防ぐ盾の一つになっている。動乱期末の和平条約を見ても、その存在の意味は明らかだった。
「卿ご自身のご意見はとにかく、あの方に何か起きる事は国益に反します」
「そこまで理解できてるなら、いいかな」
タカハシ書記官は、満足気な笑みを浮かべていた。
「君達自身も自衛した方がいいと思うけど?」
「その点につきましては、護身用魔石を頂いておりますので」
調査室一同に渡されたバッヂを見せると、タカハシ書記官は鷹揚に頷いた。
「それについての注意点は、判ってるかな」
「私どもが知る限り、一回限りしか使えません。有効時間は30分ほど。我々が逃げる時間を稼ぐためのものであると、そう理解しております」
「うん、それでいい。君達は何かあったら逃げるのが仕事だよ」
「しかし、魔導卿は逃げることもおできになりません」
悪漢との拳闘さえおぼつかないウルクス達も、健康な若い男性だ。隙を見て全力で逃げることは出来る。
しかし魔導卿の場合は別だ。走って逃げることなどそもそも出来はしない。同じような護身用具を身につけていても、時間切れのあとは魔術戦闘になるだけだろう。
そしていくら最強の魔術師と言っても、街を破壊することなく力を振るおうとすれば、出来ることは制限される。
明らかに首都の破壊を望んでいない魔導卿にとって、不利な状況が発生する事はいくらでも考えられた。
「そうだね。しかも寺井は格闘も出来ないし、剣術の才能もない」
「剣術?」
「杖一本と片足で突っ立ってることなら昔から出来たから、片手剣なら使えるよ。緊急時には自衛できるように教えてみた事があってね」
「書記官が、指導なさったのですか」
小太りで優しげに見えるタカハシ書記官だが、暗殺者を一刀のもとに斬り捨てた事もある、容赦のない剣士だとウルクスも耳にしていた。
「私と、私の義兄でね。私は母国の剣術を少し。義兄はこの国の剣術を少し教えてみたんだけど、どっちも見込みがなかった。足が悪くなくても、たぶん上手くはならないよ」
「……そこまで、お分かりになるものなのですか」
「残念なくらい才能がないのは良く判ったねえ。とにかく、寺井の自衛手段は限られてるね。最近は拳銃も持ち歩かないようだし」
「銃をお使いになるより、魔術のほうが早いと思いますが」
異世界人が持ち込んだと言われている銃は、弱い者にも等しく戦うすべを与えた武器だ。それを魔導卿が使うのがどうにも想像できず、ウルクスはそう尋ねていた。
「昔はそれでも、持ち歩いてたんだよ。魔術がいつでも使えるわけじゃないと言ってね」
「……用心深くてらっしゃるのですね」
「そういう時代だったからね」
給仕が置いていった茶に口をつけてから、タカハシ書記官はさて、と言った。
「君達の懸念は理解した。実は王宮側も、警備の手配は進めている」
「これまで配備されていなかった理由を伺っても?」
「問題を起こしたのが王族だったから、だね。どう手配しても信用されない可能性があるから、護衛までは用意出来なかったんだ」
「身近に置く人員だから、ですか」
「そう。寺井は昔から、近くに置く人間を選ぶからね。護衛として接近させられないと判断すれば、国王が派遣した人員でも置き去りにするよ」
そうなると当然、国王の配慮不足が問われることになるだろう。
「もちろん、国王に恥をかかせないように配慮はしてくれるだろうけどね。被害者の寺井に気を使わせる時点で、王室は気がきかないと宣伝することにもなる」
面子の問題もあって、今まで護衛がついていなかったのだろう。
魔導卿が個人で雇っている侍従や警護の者たちはいるが。
「派遣していただければ、警備の質は上がりそうですね」
「それがそうでもない。寺井が雇用してる人員って、寺井の元部下が推薦してきた腕利きだから」
「え?」
「ここの家令のジャハド氏もそうだけど、寺井の部下だった人はけっこういてね。そのうちの一人が要人を対象にした護衛専門の会社を作ってるんだけど、そこから派遣された人員が警備主任なんだよ」
寡黙な30代半ばの警備主任を思い出し、ウルクスははあ、と気の抜けた声を出した。
「……護衛の強化、必要ないのでしょうか」
「目立たないように頭数を増やす必要はあるだろうけど、人員の選抜が難しいんだ」
「そこまで、ですか」
「近衛の指導にも関与してる会社だからねえ。設立者は動乱期にサエラ女王の警備を担当してたんだよ」
あの大騒動の時期、女王を守れと言う命令をきっちり遂行した猛者が作った会社だ。
タカハシ書記官が何気なく追加したのに、それは確かに越えるのが難しい存在だと、ウルクスでも理解できた。
もともとインドア系の寺井、剣が使えるはずもなく。





