つながる二つのトラブル
少し短めです。
例の石の動きはほぼ自動で追跡していたので、再輸入される事も掌握は出来ていた。
最終的に石の動きが止まったのは、タリサ卿の首都の屋敷。
「追跡されてる可能性くらい、考えているかと思ったんだけどなあ」
無用心に過ぎるのは、こちらにとって有難い話ではあるんだが。
「考えてはいるんじゃない?ここらへんで変に回りくどいことしてるみたいだし」
と、高橋が地図の一点を指差した。
「倉庫街だったな」
「関連組織がどこなのか良く判るね、これ」
高橋が関税局のサルワ捜査官に向けた笑顔は、限りなく腹黒かった。
「情報は有難く頂戴いたしました」
「君達の仕事に役立つなら幸いだ」
サルワ捜査官は何も漏らさないが、高橋からは関税局が大喜びしているとは聞いていた。
「そろそろ、あちらからのアプローチがあるかな?」
わざわざ魔石を調達して小細工したのだから、何らかの動きは見せるだろう。とはいえ
「出来ればもうちょっと、暇になってから来て欲しいんだけどね」
本音を言うと、あちらもこちらも暇ではないので、迷惑なだけである。
「あれ、今忙しいんだ」
「私がいつ暇になったと言った?」
「引退したんだから、もうちょっと暇になれば?」
「誰かさんが仕事を持ってくるから、暇になる見込みが無いんだよ」
「見た目は若いんだし、まだ働けるでしょ」
「だからあっちで働いてるだろ。こっちの仕事まで持って来るなよ」
「高貴なるものの義務ってことで?」
「おいおいおい、異世界人は枠外だぞ」
爵位をもぎ取ってはあるが、これは召喚被害者救済法を廃止された場合に備えての措置であって、別に貴族になること自体が目的だったわけではない。万が一救済法が廃止された場合でも、貴族年金として最低限の生活を維持する金を各自が受け取れるよう、手を打ったまでの話だ。
こちらの爵位はあくまでも、身体を損ない寝たきりになった者も含めて、召喚被害者が生活のレベルを維持して生きていくための手段である。
「慰謝料代わりに受け取った爵位だ、義務なんか背負ってやらん」
ついでに言えば未だに、異世界人は奴隷以下と見下したがる貴族が存在するのが現実である。
そんな連中のために働いてやる必要はないだろう。
「えー、そう言わないでさあ」
「とりあえず伝統的貴族がもっと働くのが先だろ」
たいていの貴族が私より若いんだし。
こちらの平均寿命は社会階層によって差があるが、50歳まで生き延びた貴族男性の場合でも、大半が70歳になる前に死亡する。そんな世界だから、実年齢80に近い私も高橋もこちらでは超高齢者。とっくに引退していて良い年である。
「年寄りをこき使うなよ、若い奴が働けばいいんだ」
そもそも捜査権は持ってないんだし。
「でも、降りかかる火の粉は払う必要があるでしょ?」
「火の粉を払ってるだけじゃ効率が悪い。出火元を破壊消火するべきなんだが、もうちょっと暇なときにして欲しいよ」
タリサ卿をどうにかするのに異論は無いが、とにかくタイミングが悪かった。
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とはいえ、いくら迷惑がっても思うように動いてくれないのが他人と言うもので、案の定、塔主がまたやらかしてくれた。
「スラム指定は受けていないから再開発対象にはならない、ねえ」
こちらが仕掛けた情報戦、つまり新聞記者にスラム化が進む区画を社会問題として取り上げさせたのがお気に召さなかったようである。新聞記事を使って当該区域についてのコメントを出して、全面対決の姿勢を打ち出していた。
「ところで、この広告記事の金は何処から出てるんだろうな」
新聞の1ページを全部買い取って意見広告を出すと言う手段、それなりに有効ではあるが、とにかく金がかかる。
記事を書かせたライターは署名を見る限り無名のようではあるが、紙面の買い取りそのものは安くは無い。
「ランデ卿です。タリサ卿の元部下に当たりますね」
と、アンディ君。
「判り易いな」
「ランデ卿というと、魔石加工場の買収工作をしていた、あの?」
と、これはウルクス君。
本来ならスラム地区への対策は私個人の事業の問題であって、預かっている官僚を働かせる類のものではない。しかし塔主のやらかしは違法召喚と無関係でもなさそうなので、今回はウルクス君にも話に加わってもらっていた。
「反トラスト法違反で買収を白紙に戻された、あのランデ卿ですね」
ご丁寧に解説してくれたのはもちろん、アンディ君だった。
「ふむ、すると再開発の妨害にもランデ卿が噛んでくるかな」
「おそらくは」
「きな臭い話だ」
魔石加工はまだ大量生産には至らないものの、今やどの国にとっても軍需産業の一部として認識される重要技術の一つとなっている。
その独占を図ったランデ卿が、魔石密輸を図ったタリサ卿と手を組んでいるとなると、色々面白いことになりそうだ。
それでいて、時代遅れと揶揄される魔術しか持たない『塔』と手を組んでいるのはいささか解せない部分はあるが……いや。
「違法召喚は、予備実験かもしれませんね」
ウルクス君も気付いたようで、真剣な顔でそんなことを呟いた。
「狙いはなんだと思う?」
「魔導卿、あなたに対抗できる技術者の拉致では?現在の魔工技術は、卿がいなければ存在しませんでした」
「こちらの技術者を育てるのが一番確実なんだがな、愚かな話だ」
ウルクス君の読みが当たらないことを祈りたいところだが、否定する材料は今のところ、存在していなかった。
次回は12月24日0時に更新の予定です





