高価ながらくたと、追跡
短いです。
首都開発局の引き締めは高橋のコネに丸投げし、塔主の足元を掬う作業はアンディ君他のスタッフに任せてしまう手はずを整えれば、ある程度は楽になる。
と思ったら、今度は関税局から一報が入った。
「例の石が動きました」
先日仕込んだマーカー付きの石の事だった。
「正規の手段で輸出、か」
私が回路を刻んでおいた例の魔石が、正規の手続きを踏んで輸出された石に混ざっていた、という報告だった。
「ただし回路はなく、魔石のみの状態です。中古品として加工目的で輸出されています」
「ずいぶんあからさまだな、偽装くらいするかと思ったが」
魔石はその性質上、輸出入が厳しく管理されるものの一つだ。
「低品質の中古魔石として複数輸出されたものに混ざっておりました」
「誤魔化せるものでもあるまいに」
魔力充填していない低品質の魔石であれば、輸出入も比較的簡単である。
とはいえ、あくまでも比較的楽な手続きで輸出入できると言うだけで、一つ一つチェックされる規定になっているのは品質を問わず同じことだ。
そして低品質の魔石は宝石としても質があまり良くないものがほとんどだから、私の使う合成石との違いは一目見れば判る。内部に刻んだ回路はクラックと見間違えるのも難しいし、まともに手続きしていたら輸出は難しい。
「関税局員を買収しておりました。今回は囮の魔石が絡む買収工作であれば受けよと指示してありましたので、通したとの事です」
「妥当な線だな」
どのみち使用制限のかかった石だから、どこに持っていかれたところでこちらは困らない。
特に、回路から外されてしまったなら、あれはもう何の役にも立たない屑石だ。適合する回路を作るにしても、タリサ卿と共鳴する制限回路は石に仕込んだから、つまるところタリサ卿専用にしかならない。
「一つご相談なのですが、卿はあの魔石の在り処を追跡することはおできになりますか」
「不可能ではないな」
やはりそういう相談事だったか。
私に捜査権はないし、そもそも輸出入に絡むことであれば彼らの専門である。私に報告する義務も無いのだから、いちいち知らせに来るのは何らかの理由があるだろうと踏んでいたが。
「どの程度まで細かくお分かりになりますか」
「ある程度充填された状態なら、地図上で場所を示す程度だな。それ以上の特定は無理だ」
魔力が充填されていない空の状態では、そもそも魔術的な動作はしないから検出不可能だ。
実はあの魔石、ごく微かな位置特定用信号を発信させ続けている。稼動していてくれれば魔術監視メッシュで引っ掛けることは可能だが、さすがにその場所が何なのかまでは地図情報が無いと判らない。
「ついでに言うと、魔石を破壊されたら判らなくなるぞ。魔術パターンを検出しているだけだからな」
なにしろ、魔石使用者に判らないほど微かな信号である。あまり凝ったことはできないので、石を壊されたらそれでおしまいだ。
「あれほどの価格の魔石を破壊するとは思えませんが……」
「装置をばらして魔石の価値を台無しにするような相手だ。発信回路に気が付いたら、やらないとは限らないだろう」
私が作るものは基本的に、魔石と土台の両方に回路を組み込んであって、二つ揃わないと動作しないようになっている。一般的な魔石細工なら石を割って緊急停止させることも可能だが、私の作るものは比較的頑丈な素材を使っているので、緊急時に魔石を分離して停止させるための仕掛けだった。
この方式は20年ほど前に公開しているから、別に隠してあるわけでもない。ちょっと物を知っている魔工技師なら、原理は知っていて当然のものだった。
それを知っている者がタリサ卿の周りにいないとは、正直なところ考えられないのだが。
「貴族の方々の考えることは、判りかねます」
実に無難な回答だった。
──────────
タリサ卿の考えは理解不能でも、魔石の位置は理解できる。
「これまでの動きがこれだ」
自動で記録していた魔石のこれまでの挙動を地図上に投影して見せると、関税局の捜査官は少し考え込んだ。
「この記録をご提出いただくことは、可能ですか」
「構わない。ただし、精度は落ちる」
「理由を伺っても?」
「召喚魔術検出用に作ってあるから、それ以外の魔術は追いにくい」
むろん本当の理由は異なっているが、相手もそれ以上つっこんだ事は聞いてこなかった。
国内での座標変化も含めて一覧表にしたものをプリントアウトし、渡してやる。ただのプリンターを使って普通に印刷しただけだが、技術を見られるのは好ましくないので、魔術を使ったと見えるように偽装した。
「ほう、これは……ずいぶんと良質な紙ですね。どちらで入手されましたか」
質の悪い再生紙を選んでいるのだが、それでもこちらの紙よりまだ質は良い。密輸品の取り締まりをしているだけに、こういった些細な物品の品質にも気付くのはさすがと言うべきだろう。
「母国だよ。というわけで、用が無くなったら確実に焼却してもらいたいが、出来るかな」
私を含む異世界人であれば、異世界の物品を扱っても法には触れない。とはいえ、2~3世紀分ほどオーバーテクノロジーの産物を残すのも望ましくは無かった。
「ここで、書き写していってもよろしいですか」
「そのほうが有難い」
用心深いのは良いことだった。
更新は再来週になる予定です。





