魔術だけが方法ではない。
ストックが尽きているので、更新が遅れています。
ライゼの動機はおそらく推定できただろうが、動機があるからと言って実行にすぐつながるものではないのが通常だ。
魔力量だけは大きめだが基礎をしっかり固めておらず、人を雇うだけの財力もあるライゼが、なぜ自身で召喚術を実行できたのかは疑問が残る。
その点はハウィル君たちも同意見だったようで、協力者探しを次の課題に設定すると報告してきたが、どうやら『塔』はこの方針がお気に召さないようだった。
「協力的な研究員への嫌がらせも生じているようです」
と、ハウィル君は問題も報告してきた。
「抗議の手紙も来ているぞ」
手紙の主は総責任者である塔主で、協力者などいるはずもないのに調査と称して研究の邪魔をするな、というのが手紙の趣旨だった。
「塔主はたしか守旧派だったか」
「はい。伝統的魔術師のやり方に拘るのを良しとしたため、現在の塔の衰退を招いた一派といわれておりますね」
「この手紙も、『塔』内部の政治の産物か」
「そう考えてよろしいかと。『塔』外部の研究成果を参照することさえ、許さない者もいるそうですから」
と、ハウィル君。
「自分達だけの世界に閉じこもりたい連中にとって、卿は邪魔でしょうし」
ウルクス君の感想は、率直そのものだった。
訪問時の熱烈歓迎ぶりは、内部の閉塞感の裏返しでもあるのだろう。
トップ層の一部に守旧派がいるおかげで、自分の派閥に拘るつもりも無い現実的な若手が業績を上げられなくなっている、というわけか。
「だいたいそんなところです。このままでは伝統的魔術師の存在そのものが危ういと、我々も問題視してはいるのですが……」
「我々、というと?」
「伝統的魔術師家系の者ですね。あとは『塔』に属さない魔導師です」
「私塾を開いているような魔導師か」
そりゃあ、権威の裏づけになるべき『塔』が沈没したのでは困るか。
「それにしても、『塔』がなんであそこまで自信満々なのかが謎ですよね」
首をひねりながら、トーラ君がそんなコメントをした。
「ラハド五世時代に、異世界召喚のできる術者を何人も抱えていたせいじゃないかな。当時は『塔』の術者が召喚術を独占していたはずだから」
トーラ君に答えてから、ハウィル君は
「それであってますよね?」
と確認してきた。
「だいたいあってるよ。おかげで我々も塔とは散々揉めたから」
「それでよく、『塔』が存続できましたね」
これはウルクス君。
「君らは私をなんだと思ってるんだね」
「卿なら問答無用で吹き飛ばされたのではないかと思ってました」
「小説の読みすぎだ」
「え、でも、おできになりますよね?」
その絶対の自信はなんなんだと聞いてみたいところである。
もちろん雑に吹き飛ばして良いなら、割と簡単にできるのではあるが。
周囲に被害を出さずに壊す方法も考えてあるが、そちらはジョナサンの伝手であちらのプロに計算を依頼して、爆破計画までは立ててあった。
「もちろん可能だがね。全員と敵対していたわけでもないから、敵意の無い者まで巻き込む事はしなかったんだよ」
「派閥争いって、昔からあったんですね」
「三百年ほど続いてる組織だ、無いほうがおかしいさ」
「厄介ですね」
「協力させるだけなら、それほどでもないぞ」
塔主は学問の自由を振りかざしたいようであるが、こちらも布石はすでに打ってある。
「学問の自由を追求するのは勝手だが、地主としては私の土地でやられても困るんだ」
「……え?」
「塔の管理部門は知っていることだがね。『塔』とその周辺の土地は、私が20年ほど前に買い占めたんだよ」
元の所有者だったとある貴族を潰した際に、どさくさ紛れに買い取ったのがあの一帯だ。
「借地契約を結びなおす際に、違法実験の禁止を契約に盛り込んだ。異世界召喚が実施された場合には『塔』に管理責任が生じるし、隠蔽を試みたと判断されたら即刻退去という条件になっている。退去後の研究機関としての『塔』の存続は私の責任じゃない」
「良くそれで契約しましたね……」
「爆破して上モノを撤去するのも可能だから、隠蔽と判断された場合には人間のみ即時退去して残されたものはすべて爆破、という案もあったんだが、そちらはさすがに拒否されたぞ?」
「その二択だったんですか……」
「選択肢があっただけマシだと思え、と言ったら素直にサインしていたよ」
これこそ平和的解決というものだな、と言ったら、若者達はそろって微妙な顔になっていた。
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塔主は『異端』を嫌っていても、金勘定を任されている管理部門にとって塔主個人の主義主張などどうでも良い事であるらしく、通達に対する返事は実に速やかかつ丁寧なものだった。
「できれば、事前にご相談いただきたかったものです」
顧問弁護士を引き継いだアンディ君(名前で判るとおり、父親がウィリアムズ騎兵団の出身者だ)に手紙を全部見せたところ、ちくりと言われたが。
「お任せいただければ、もう少し厳しいやり方もありましたものを」
「穏便に済ませようとしたんだがね」
「守旧派に情けは無用かと思いますよ」
なかなか手厳しい意見だったが、まあ判らんでもない。
「じゃあ、こちらは頼んでもいいかな。で、これが守旧派以外の導師たちの返事だ」
塔主は反現代主義でも、『塔』にだって現在の魔術師のあり方を憂う者はいる。
今回はそんなメンバーを洗い出し(ハウィル君の功績である)、各個に手紙を出して現状をきちんと伝えることにした。
結果はといえば、返事が示すとおりである。
「塔主が引き摺り下ろされる日も、遠くはなさそうですね」
「それほど期待はしていないがね」
塔内部の政治問題の火に燃料を投下しただけである。
「通告の期限ですが、2週間まで延長する意味がありません。3日で十分ですよ、法律上は」
こちらで通告した期日までに塔主が捜査を認めないなら、隠蔽とみなすことが可能だ、とアンディ君も判断していた。
「現実的な期日と認められるかどうかが心配だが」
そして期日を過ぎた場合、即刻退去が必要になる。
とはいえ現実には猶予期間を設ける必要があるだろうが、その日数の設定が問題だった。
「彼らは転移魔術を使えると宣伝しておりましたから、虚偽広告で無いならば、転移魔術を用いて引越し作業が可能になるはずです」
「使えないといってきた場合は?」
「虚偽広告ということで、魔術宣伝法違反となりますね」
弁護士には弁護士の喧嘩の作法がある、という事だった。
「卿のご希望を確認しておきたいのですが、捜査協力の取り付け以上のことは現時点でお考えですか」
「できれば守旧派に失脚して欲しいと思っているが、その程度だな」
「塔そのものを潰す気は無いという理解でよろしいですね?」
「ああ、あってるよ」
「わかりました。では、この件につきましては、私と管理部門のやり取りとさせていただきます」
「よろしく」
法律で殴りあうのは弁護士に任せることにした。
Q.違法かどうかなんて知らないよ、学問の自由を守るんだ!と言ってますがどうしますか
A.うちの土地でやらないでくれ
押さえ込むための手段は色々あってよい、ということで。