ちょっとした罠と、押収品
タリサ卿の魔力パターンはとうに入手済みだったので、依頼品を作るのにたいした時間はかからなかった。
魔力圧増幅装置そのものは、これまで何度も作ったものだけあって、とっくに型も出力済み。今回のパーツは回路を刻んだ石と金属材料以外、すべて使い回しである。
品物自体も珍しいものではないし、それで1万ラザは吹っかけすぎだろうと私も思っていたのだが、タリサ卿はこの無茶な条件を呑んで見せた。
あからさまに怪しい。
「関税局には声をかけておくよ」
高橋はそういったが、今回の打ち合わせに関税局の人間を同伴しているのだから、事後承諾である。
「そりゃ構わないが、摺り合わせておく事項はあるか?」
「石の出所くらいかな」
「私の手元にあるストックから出した、で良いだろ」
「もう調達してあるんだ?」
「そう高くないからな」
合成サファイアのカット済みの石を見せてやると、高橋は珍しそうにしていただけだったが、関税局員は疑うような視線を向けてきた。
「母国からの持込だ」
異世界からの物品召喚は禁じられているが、異世界人である私が自ら持ち込む分については、禁止事項に相当しない。
「それでしたら、違法とまでは断じられませんね。ところでずいぶん大きいものですが」
「それほど値の張るものではないよ」
日本でも、行くところに行けば入手可能な代物だ。数千円も出せば立派なサイズが手に入る。
「こちらで購入するならかなりの値段になるだろうがね」
「もしかして、安いからあっちで買ってる?」
と、これは高橋。
「値段と、品質だな。天然ものは質が一定しないから」
装飾品ではなく工具のパーツなのだから、必要なのは安定供給である。
「その魔石に、卿が作られたという証拠を残すことは、可能ですか」
「回路以外にかね?用途は?」
「その石が違法に扱われた場合に備えてです。我々にも判る印があれば、後々、追跡しやすくなるかと考えます」
「もちろん可能だ。拡大鏡で見られる大きさの印で構わないね」
「はい。気がつかないように仕込んでいただければ何でも構いませんが」
「私の家紋を入れておくよ」
目の前で入れておくほうが良いだろうと判断し、直径1mm程度の模様を刻んだあと、拡大鏡を持ってこさせて確認させた。
「卿の紋章とは異なるようですが……?」
印を確認したあと、局員が首をひねっていた。
バーラン王国の紋章はそれなりの身分を持つ個人に属するもので、私も貴族の位を受け取ったときに作成している。しかし手の込んだ面倒くさい代物なので公式書類以外に使うことは無いし、まして魔術で刻むなんてめんどくさいことはしない。
今回使ったのは、日本の家紋だ。
「母国で使っているものだよ。こちらのほうが小さく刻める」
「紋章をお持ちだったのですか……」
「私の母国の風習だと、紋は個人のものではなく、家門を表すものだがね」
ちなみに十大家紋の一つである剣片喰なので、実にありきたりな代物である。シンプルだから刻みやすい上に魔術回路への影響が無いし、この世界の者が思いつくようなデザインでもないから、識別用には悪くない。
「でもこれ、省略してない?」
同じように拡大鏡を覗き込んだ高橋が、率直に指摘してきた。
「もちろん省略形だよ、識別できれば良いんだろう」
「まあそうだけど。寺井って案外、こういうの気にしないよね」
「正確に描く必要もないからなあ」
局員が何か言いたそうな顔になっていたが、見なかったことにした。
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タリサ卿にぼったくり価格で引き渡す予定のものを高橋に預けた翌日、ハウィル君とトーラ君から報告があがってきた。
トーラ君がライゼの自宅から押収してきたのは、魔道具化しようと試みたらしいものとその資料が中心なのだが、正直なところオフィスに置きたくはない、ろくでもない物ばかりだ。
ありていに言えば、いわゆる大人の玩具が多数。押収の指揮を執ったトーラ君も、げんなりした顔だった。
「一応、魔道具だってことなので押収はしましたが……」
アダルトグッズの存在そのものは否定するつもりも無いが、まあなんというか、特殊性癖の持ち主向けでマニアックな代物の山だから、言いよどんだトーラ君の気持ちも良く分かる。
「これ、どうなさいます?家族は押収されることをむしろ喜んでましたが」
どうもこうもない。
「調査が終わったら、まとめて返却だ。家族がなんと言おうが突き返してやる」
「それを伺って安心しました」
「私もこんなものを眺めて過ごす趣味はない、安心したまえ」
金の流れについてはウルクス君とガラン君が確認したが、作っていたものがモノだけに儲けもそれなりに出ていたようで、疑問の残るような点は見当たらない。
個人的な出費も多いとはいえ破産するほどでもなく、むしろここ最近は娼館に使う金が減っていたらしい。賭博もたしなむ程度のカードしかやらなかったようで、几帳面に残してあった勘定書きは取り立て予定が主なものだった。
「趣味はとにかくとして、金銭上は健全と言うところか」
「経済的には、健全ですが」
いささか引きつった答を返したのは、事務員のガラン君。やはりまだ若いということだろう。
「故人の性癖にとやかく言っても、仕方なかろうさ。日記もずいぶん凝った書き方をしていたそうだな?」
「鏡文字を使ってますね」
そして鏡文字で書かれた日記には、異世界召喚の目的もしっかり書かれていた。
「娼婦はやはり理想とかけ離れている、もっと良い女が欲しい……馬鹿ですかこいつ」
あきれた口ぶりを隠す様子もないのがウルクス君。
「……なんか、ずいぶん色々と妄想してますよね」
トーラ君はドン引きしているが、正常な感性を持っているようで何よりである。
なにしろこの日記、エロに目覚めたばかりで女性を知らない少年でもあるまいに、交渉を持った娼婦に対して、清純さが足りないだの幼さが足りないだのと斜め上の感想がずらずら並んでいるのだから。公娼制度があるバーラン王国の、健康な成人男性としてはかなり異例と言える。
「わざわざ雅語なんか使って書く内容か、これ?」
ウルクス君はかなり容赦ない物言いで、
「こんな事をわざわざ雅語で書くような感性の持ち主だから、やらかしたんじゃないか」
それに応じるハウィル君も、容赦がなかった。
そりゃまあそうだろう。ライゼが日記を付けるのに使っていたのは中期ドルフ語で、これは伝統的魔術師の学術用語にもなっている南ドルフ語の元になった言葉だ。中期ドルフ語の読み書きが出来るのは高い教養の証とされるが、それだけに書かれた内容とのギャップがひどい。
「そのへんの妄想はとにかくとして、魔道具を娼婦で試していたようですね。相場よりも高い金を出していたようですが、次第に断られるようになったというところです」
ハウィル君はライゼの妄想をスルーすることに決めたらしく、簡潔にまとめてみせた。
「わかった。引き続き調査を頼む。協力者の確認は怠らないでくれ」
「ああ、はい」
念を押したら揃って微妙な表情になっていたが、無理も無い話だった。





