表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
6/80

自重という言葉は辞書から消そう。

「警戒されてるねえ、寺井」


 居残り組の高橋は、若手と一緒に持参した書物をどさどさと机に積み上げながら言った。


「あんなにビビらなくて良いと思うんだけどね」


 サエラの治世が安定するまで手を貸した諸々のせいだろう。別に後悔もしていないが、未だに警戒されるのは苦笑するしかない。


「ところで重そうだな、その本」


 肉体労働に縁が無い体型の高橋だから、多少運動すれば汗をかくのも不思議はない。しかし付き人の若手も肩で息をしている。

 まあ大型本だから当然の話か。


「こちらの本は相変わらずだからね。法律書ともなると、昔ながらの鍵付きだし」


 おおよそB4サイズの重厚な革装丁。中身は紙で作られてはいるが(羊皮紙では量産が出来ないから当然だ)、背表紙には鎖を付ける穴があけられ、普段は厳重に本棚に鎖で止められているのがこちらの正式な本だ。

 一冊の重さは、だいたい10kg弱といったところだろう。5kg程度なら軽い部類に入る。


「持ち出して来て、良かったのか?」


 通常であれば書庫からの持ち出しは禁止、決まった場所にある書見台でのみ読む事が出来る本のはずだ。書庫からは王城を半分横切らないと来られないこの部屋に、持って来られるものではない。


「おまえんとこに持って行くと言ったら黙って貸してくれたぞ、魔導卿」


 微妙に酷い事を言われているような気がするが、気にしたら負けという奴だろう。何に負けるのかは知らないが。

 歩くのが面倒だから、持って来て貰えて助かったと思っておこう。

 とはいえ、手間が省けたのは歩く部分だけである。


「そろそろ技術革新って奴は無いのか。せめて本くらい改良しろよ」


 ここで開くにしても、重い事に変わりはない。さっさと軽い本を出して欲しいものである。


「あ~、今までの本全部を作り直すのは無理だよ、主に予算の問題で」

「そこで予算かよ」

「世の中、カネは重要だし?」

「まあそうだけどなあ……こういう調べものは、大島さんが得意なんだけど」


 やむを得ず法案作成を手伝ったりもしていたが、法律関係には正直、詳しくない。帰国組の大島晶さんなら判るんだろうが。

 思わずボヤくと、


「大島さんのところに持って行ってもいいんじゃないかな、どうせ寺井ならあっちと行き来できるだろ」


 そう、高橋はこともなげに言った。


「バレてたか」


 表向き、私はこちらの時間で10年前に『引退』して帰国した事になっている。帰国の際に転移ルートも潰す、と宣言しておいたのだが。


「寺井が素直に帰って全ルート閉鎖したなんて思ってる奴、いないって」

「御理解いただいてるようで、何よりだよ」


 そりゃもちろん、監視のためのルートは残してある。


「どうせあれだろ、おまえくらいの馬鹿魔力じゃないと通れないところが残ってるんじゃないか」

「良く判ってるじゃないか」


 馬鹿娘の召還に私が応じたのも、監視用ルートの存在と無関係ではなかった。

 もともとは事情も判らない第三者が被害に合わないよう、召喚の発起(ほっき)点が定められた場所以外の場合、自動的に発起点を攻撃するよう仕込んだトラップの管理用に設置した物だ。流石に王城に対して問答無用の攻撃魔術発動は出来ないから、エウィラ城も例外措置指定地点に設定してある。


「持ち出すなら、誤魔化しは任せてくれていいよ」

「重いから却下だ」


 高橋がのほほんと保証してくれたが、片手で持ちあげられない物を運ぶ気にならない。

 以前と違って歩く時に両手が使えるから、物理的には可能だが。


「相談するにしても問題は、大島さんの予定が合うかどうかだな」

「忙しいのか」

「それなりに、忙しいらしいぞ」


 稼ぐだけ稼いでセミリタイアしている大島さんだが、いまだに持ち込まれる仕事はあるらしく、楽隠居という様子ではない。

 まだ50代なんだからもっと働いたって良いはずとばかりに、誰も遠慮しないようだ。私も遠慮などする気はないが。


「ふむ……」

「SNSよりメールで連絡しておいたほうが良いかな」


 スマートフォンを取り出すと、高橋が少し驚いていた。


「ずいぶん変わった形の携帯電話だね」


 そういえば、高橋も故郷の直近5年分の技術にはなじみがないか。


「最近はみんなこれだよ。アプリがいろいろ入れられて便利だぞ」


 回線はもちろん、監視用ルート経由で自宅につないでいるだけである。

 メッセージだけ飛ばしておいて、必要な項目を探す。筆写するのも面倒なので必要な部分をすべて写真に収め(さすがにOCRは対応できないのが大変残念だった)、クラウドに突っ込んでおいた。

 以前ならとうてい不可能だった荒技だが、これで情報が共有できる。苦労して回線を準備した甲斐はあったというものだ。


「あ~、それ、その機械こっちに残せない?寺井と連絡とれる手段が多いほうがありがたい」


 現在残っている設備では、こちらからは文字ベースの通信のみが可能だ。物質転送を伴う紙の手紙か、何人かの手元に残っていた古い機材を使ってのメールでしか連絡が取れない。

 回線そのものは音声や画像に対応させてあるのだが、こちらに残ったメンバーの手元に使える機材が無いのが主な理由だ。


 どの機材も、持ち主が不本意な召喚で呼び出された時に持っていたものだから、それなりに古い。長い時間経過でいいかげんガタが来ているし、そもそも今まで使える状態で残った機材のほうが少ない。

 本格的に連絡網を再構築するなら、逐次交換の他にも、まだ機材を手にしていない者への配布が必要だ。使い方のレクチャーも必要だし、なかなか準備が行き届かない。


 それでも、やらざるを得ないだろうが。

 資金についてはまあ、こちらで持っている財産を、あちらの通貨に交換する手間だけで済むのがありがたいところだ。


「そういえば沼尾のガラケーはバッテリーが逝ったという話だったか」

「ガラケー?」

「昔の携帯電話の事だよ、最近のものはスマホと呼ばれてる」

「何の略?」

「ガラケーが、ガラパゴス化したケータイ、の略だったかな。スマホはスマートフォンの略」

「ガラパゴス化……」

「色んなサービスがあったけど海外展開できなかったろ。で、スマホ(これ)が登場して、一気に負けた」

「デファクトスタンダードになれない日本の悲劇、再びってわけか」


 相変わらずだな我が祖国は、と高橋は呆れたように言った。


「まあそういうことかな。ここに残す分の機材は、いったん帰って取ってこないと」


 テストに使ったタブレット端末が余っているから、後で持ってくればいいだろう。一世代前のものだが、通信用には現役で頑張れる機体だ。

 どこにどう構築するかは、あとできちんと詰めるとしよう。


「よろしく。しかしずいぶん進化したもんだねえ」

「便利になったぞ」


 なにより、本を何冊も持ち歩く手間が省けるようになったのがありがたい。

 駄弁りながら更に資料を当たっていると、メッセージを知らせるアラームが鳴った。


「お、大島さんだ」


 なんとリアルタイムの通信だった。

 時間の流れを調整するためにどうしても会話が間延びする仕様になっているから、いささか使いにくいのだが。面倒を嫌うあの人にしては珍しい。

 そう感想を言うと


『私をなんだと思ってるんだ、寺井君?』


 と、大島さんが回線の向こうで笑っていた。


「まさに司令官向きの方、ですが?」

『能力を評価してくれたもの、と解釈しておくか』

「そうしてください」


 有能な怠け者、を地で行く人だし間違っていない。


『そこに他のメンバーはいるのかな』

「高橋がいますよ」


 言いながら、高橋をカメラに映る範囲内に呼んだ。


 現在の状況は、こちらで官吏に収まってる高橋の方が上手に説明してくれるだろう。久々に話したい事もあるだろうし。

 というわけで高橋に会話を任せ、待つ事20分で、必要な情報はあらかた(まと)まったようだった。

次回更新は2017/9/2 21時を予定しています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本編に入っていないエピソードをいくつか、閑話集にて公開しております。

cont_access.php?citi_cont_id=912236301&s
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ