あからさまな敵意と、隠す気もない悪意
『塔』に行ったハウィル君と、ライゼの自宅を調べに行ったトーラ君(ウルクス君の助手として派遣されている若手だ)の調査結果がまとまるのに3日ほど必要だったので、その間に私は自分のやるべき作業に取り掛かっていた。
召喚未遂犯の捜査も大切ではあるが、私にとって優先順位が高いのはなんといっても、被害者救済や召喚予防といった作業である。
事件直後に突貫作業での仮補強は済ませておいたが、それだけでは心もとない。召喚術が弾かれた場合の処理を追加して、動作確認を済ませてから各観測点にリモートでアップデートをかけておく。
やってる事が電子的か魔術的かという差があるだけで、このへんの手順は普段の仕事とそう変わらない。
ハウィル君達の調査内容次第で、さらに追加処理が必要になるかもしれないが、作業そのものの手順は世界をまたいでも同様だ。
「仮処置って、具体的にどうしたのか聞いても良い?」
そう聞いてきたのは、作業が終わるのを見計らったようにやって来た高橋である。
シリアスさはあまり感じないが、理由の半分以上は片手に持ってるフォークに刺さった菓子が原因だ。いつもの無害そうな笑顔でにこにこと和菓子を食べている様子は、どうも気抜けする光景である。
「召喚対象検索ルーチンが始まったところで妨害できるようにしてみた」
「あちら側の探索自体はできるんだ?」
「そこから妨害する仕組みにすると、召喚術以外に反応するリスクがあるからな。無駄に死人を出すわけにいかないだろう」
空間に作用する魔術はいくつかあるが、召喚に関与しないこちら側だけで動作する魔術まで巻き込む必要は無い。なにしろこちらは魔術が文明の基盤になっている世界なのだから、影響を受ける術は少なければ少ないほど良いだろう。
そしてライゼの術にはこれまでと異なる点がいくつかあるが、第三者に害を及ぼさないように妨害するためには、ちょっとした工夫が必要だった。
もっともソフトウェア的な変更だけで済んだから、作業量としては少ない部類に入る。
「まだ改良作業に時間がかかりそうかな」
「永久に終わらないと思ってくれていいぞ?」
どうせまた、仕事をさせるつもりなんだろうし。
「勘が良いのも良し悪しだねえ」
「魔導卿は隠居したはずなんだが?」
関係者一同すっかり忘れたふりをしているが、私は公的な職を辞した引退老人である。何が哀しくて、仕事を増やさねばならんのか。
「それ却下で。例の、魔石細工密輸事件の続きなんだけど」
そしてもちろん、腹黒大福餅は私の都合など気にも留めていなかった。
「帰れ」
「えーひどい。せっかくの生菓子なのに、食べ終わる前に帰れって?」
「そっちかよ」
「食べ終わったら説明するけど、これね」
ごそごそ取り出した何かをテーブルに置いたので、目を背けながらそれを高橋の方に押しやった。
「見てないし聞いてない」
「勝手に喋るし目の前に飾っておくから」
「根性悪いな!?」
腹黒スライムめ、ぽよぽよ揺れていればいい物を。
「何を今さら?」
「仕事もあるんだから、手間のかかる事は引き受けないぞ」
「物を見て欲しいだけだよ」
「こちらの魔術師じゃ判らないのか?」
「魔石の鑑定結果に物言いが付いたんだ」
仕方なく物品に目を向けると、青い魔石を使った細工物が置かれていた。
「……ただの増幅回路だぞ、それ」
術者の魔力圧を増幅する作用しかない腕輪だった。
言ってみれば魔術的バイポーラ・トランジスタである。魔石はこの場合、ベース電流を与えるだけの役割だから、たいして大きくなくて良い。
「この魔石が寺井の作じゃないかって言いだした奴がいてね」
「魔石鑑定士が?」
「いいや、鑑定士はマランティにあるデンティ鉱山の産だと主張してる。内包物がデンティに特徴的だと言ってた」
「回路が無くて内包物だけが入ってるなら、私の作じゃないぞ」
「それも、鑑定士が言ってたんだけどねえ」
なにしろ、私が使う『魔石』は合成コランダムかYAGだ。合成だからもちろん、天然と同じ内包物は無い。
良く使うコランダムはモース硬度9の難物だが傷にも薬品にも強い上、均一な品質の石が廉価で手に入るので、最近はもっぱら出身地で仕入れている。
中に魔術回路を刻むのが一苦労だが、そこはまあ仕方が無い。天然物を再精製するよりは楽なのだし。
「で、そのどこぞの貴族がゴネているのをどうしろと?」
国家資格を持つ鑑定士に物言いを付けているなら、どうせ貴族だろう。
そう読んで聞いてみると、案の定だった。
「魔導卿作の魔石を見てみないと納得できない、だってさ」
「ただじゃやらんぞ」
どうせ無料で手に入れたいだけじゃないのか、それ。
「まあそう思うよね」
高橋が笑顔でうなずいた。
「売ってはくれるんだ?」
「ぼったくり価格でなら」
原価に比較するとどうやってもボッタクリにはなるんだが、そこは気にしなくて良いだろう。
「いくらにする?」
「誰に迷惑かけたんだ、そいつ」
「そりゃもういろいろと?」
高橋がこの上ない笑顔になっているところを見ると、相当に迷惑したんだろう。
「1万ラザだな」
ちなみに上流階級女性の夜会用ドレス一着がだいたい百ラザである。
「吹っ掛けるねえ」
「すぐに発動できるおまけ付きで渡してやるんだから、当然だろ?」
もちろん嫌がらせだ。
「相手が判らないと、発動条件が設定できないんだがね」
「ああうん、そうだよね。タリサ卿だよ」
前警察庁長官だった。
「なるほど、警察派閥の嫌がらせか」
「この間は結局、良いところ無かったからねえ」
「自業自得ではあるんだけどなあ。まあいいか、まずは1万でふっかけてきてくれ」
「値引きはどこまで?」
「しない」
売る気が無いんだから、あたりまえである。
「ちなみにどれを渡す予定?」
「魔力圧増幅装置で良いんじゃないかな、あたりさわりのないところで」
あんまり凝った物をやる必要はないだろう。
「原価どのくらいか、参考までに聞いて良いかな」
「そうだなあ。一番グレードの低いものにするとして、カット済みの石が1万円以内、指輪が銀粘土だから多めに見積もっても3千円くらいかな。指輪の型を作るのに3Dプリンター加工で5百円以内、あとは加工賃」
適正価格にするなら、高くても2百ラザくらいが相場だろう。ちなみに価格の9割は私の手間賃である。
「うっわ、ボッタクリ」
「だから言ったろ」
もちろん嫌がらせで吹っ掛けてるだけである。一応は魔導卿などと言う肩書を持つ身だ、加工賃が天井知らずになっても文句は言わせない。
更には転売できないよう、タリサ卿個人をしっかり認証させる予定である。
「悪党だなあ」
「ここまで心おきなくやれるボッタクリも珍しいよな」
売ってやる気もないし、くれてやる気はさらに無い、というのが読みとれれれば十分だ。
高橋は輝くばかりの笑顔になり、しっかり土産を持って帰って行った。
仕事を増やされた腹いせにふんだくる気満々の魔導卿。
タリサ卿の明日はどっちだ?





