異文化と同類と(ハウィル視点)
「待たせてすまんね」
そう言いながら半刻と経たずに姿を見せた魔導卿は、ハウィルも見慣れた身なりになっていた。
真っ白に洗い上げられたシャツに飾り紐をつけ、細い糸で織り上げられた生地で作られたスラックス、同生地のベストといういつもの装いなら、ハウィルも目のやり場に困らない。なにしろ伝統的魔術師は男でも体の線を隠すのが習いだから、先ほど見たような薄着は同性であっても、見てはならないものを見たような気分にさせられる。
「いえ、こちらこそ休暇中にお呼び立てして申し訳ありません」
「事務員は帰宅させたね?」
「はい」
勤務時間を過ぎて働かせることの無いよう厳命されていることもあり、この場に残っているのはハウィルとウルクスの二人だけだ。
調査室で雇った給仕も帰してしまったので、三人にお茶を勧めてくれたのは魔導卿の侍従だった。
「それで、塔主からの連絡ということだったな」
「はい。卿にも手紙を差し上げたとのことですが」
「反省文を書く文化がこちらにもあるのだと理解できただけだったよ。詳細は君から聞いたほうがよさそうだ」
腰を下ろした魔導卿が会議机に置いたのは、塔主からの正式な手紙と思われる紙だった。
南ドルフ語をわざわざ使っているので、最上級の扱いをしたのだとすぐ判る。儀礼的対応を魔導卿が好むとは到底思えないが、塔主なりに配慮したのだろう。
「それで、死亡者が出たということだったね」
「はい。状況から考えて、召喚術を試行したものと判断されております」
「組織的犯行ではない、と塔主は主張しているが」
「死亡した魔術師は周囲と折り合いが悪く、少なくとも『塔』の内部に友人と呼べるものはおりません。外部との関わりも薄く、やりとりはほとんど無かった模様です」
「その情報源は」
「ディルク研究員他数名です」
「交流がない相手が外部の誰とやり取りしているかなんて、判るものなのか?」
「その点は確認が必要と考えます。ただ、頻繁な娼館通いについては知られていたようです」
高級娼館に足繁く通っていることは、本人も隠していなかったとの事だ。むしろ自慢することも少なくはなく、手紙を読んだ限りではかなりの反感を買っていたらしい。
「経歴等は判るかね」
「はい。魔術師家系の生まれで、十五で研究生として『塔』に入っております。その後二十三歳で古典理論派の助手になって以降はたいした業績もなく、家からの寄付金があったために塔への在籍を許されていたとの事です」
「内部で生き残るには実力不足、外に出すにも能力不足だが、寄付金のために飼っていた。そう理解されていたという事で合っているか?」
「はい」
身も蓋もない言い方だが、要するに寄付金と引き換えに『塔』で飼い殺しにされていた男だった。
「そんな男でも、召喚術を試すことはできたわけか」
「その部分も含めて、捜査対象にすべきかと」
召喚術を試行するにしても、相応の能力がなければ発動さえしないだろう。もっとも『塔』の住人としては能力が低かったというだけで、それなりの魔術師であった可能性もある。
「『塔』在籍者からの聞き取りは任せて良いかね?情実が絡むと言われそうでもあるが」
たしかに、伝統的魔術師家系の出であるハウィルが捜査に絡めば、『塔』住人に対して手加減したと言われる可能性も十分にあった。
しかし今回、魔導卿はあえてハウィルを投入するつもりであるらしい。
であれば、ハウィルの答はひとつだけだった。
「お任せください、手加減するつもりはございません」
「どうせ私も現場を見に行かねばならんが、頼んだよ。ウルクス君は現場確認後に頼むことができるかもしれん」
「かしこまりました。特殊材料等もあるでしょうからね」
「あとは死んだ魔術師が何か不正をしていないかどうかだな。『塔』にも不利益を齎していた可能性も考慮する必要がある」
「と、おっしゃいますと」
「寄付金つきで押し付けられた厄介者、それも女遊びに熱心だったような者が、『塔』から知識を勝手に持ち出さない保証があるのかね?」
「金に換えられるようなもの、あるんでしょうか」
ウルクスの感想はあまりにも正直なそれだったが、口に出さないだけでハウィルも同じだった。
伝統的魔術師の牙城とも言える『塔』だけに、有している知識や技術は伝統的魔術のそれだ。魔導卿が開発した魔工技術に半ば以上駆逐された伝統的魔術に、たいした価値はない。
「無いと断じてしまうのは迂闊だろうな、まったく効果の無い詐術にも金を払う者はいる。騙して売りつけていた場合、『塔』と本来の持ち主に悪影響があるだろう」
「それを卿が気にかける理由があるとも思えませんが」
あくまでも『塔』内部の問題だろう、とウルクスが指摘すると、
「塔主に仕事を押し付ける理由にはなるさ」
と、どこか愉快そうに魔導卿はのたまった。
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魔導卿は生国での仕事が忙しいようで、簡単な打ち合わせの後、翌日の聞き取りにはハウィルが先行する事になった。
「魔導卿は夕方にお越しに?」
そして聞き取り調査の当日、そんな事を言ってあからさまにがっかりしていたのは、ディルク研究員だった。
「何か御用でも?」
「先日お越しくださった時に、いくつかご教示いただいたものでね。未だ途中ではあるが、ご意見を伺いたかったのだが」
「今回は捜査目的での訪問ですよ」
「それはそうだが、せっかくの機会じゃないか」
違法実験や人死にが出たことはどうでも良いらしい。
「また別の機会にお願いします」
ディルクが比較的柔軟な思考の持ち主だとは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「別の機会なんて、『塔』にあると思うかい?」
伝統的魔術師がどれだけ異世界人を見下してきたかを考えれば、ディルクの懸念も当然のものだろう。
いまさら相手にされるとは思えない、というディルクの感覚はきわめて正常だ。実際、魔導卿も普通の伝統的魔術師をわざわざ構おうとする様子は無い。
ただし、自ら新しい知識を求めて挑む若い世代のことは、完全に別物として扱っている様子だが。
「手紙を出してみれば良いと思いますよ」
「良いのかねえ」
「私が馘首にもならずにいる時点で、伝統的魔術師であっても望みはあるのじゃないですか」
「それもそうだな、うん、やってみない理由は無いな」
事件のほうを気にしてくれと言いたいところだが、ディルクにとって完全に他人事である様子だった。
ずいぶんと冷淡なようにも思えるが、それを指摘するとディルクは渋い顔になっていた。
「そもそも、死んだライゼとは距離を置いてたんだ。奴は他人の成果を横取りした前科があるからね」
「有名だったんですか」
「君も聞いたこと無いかな、アーデン事件」
一般にはあまり知られていないが、魔術師家系の者なら良く知っている10年ほど前の事件のことだった。
アーデンという魔術師が古文書を解読したと発表したが、他人の研究を盗んだものだと判明し、塔から追放された事件だ。
「盗作の主犯はアーデンだったけど、ライゼは盗作文書の共著者だったんだ」
「関与が少ないと見做されたのでは?」
そんなわけも無いだろうと思ったが、一応聞いてみると
「研究ノートを盗むときに、囮を勤めたのがライゼだと調べがついたんだよ。直接盗んだわけじゃないからと追放は免れてたけどね」
と、ディルクはますます苦い顔で説明した。
前話のハウィル君、育った文化が違うので同性の薄着にも挙動不審になっていただけでした。
そしてディルク研究員(初出は第19部です)はどこにでもいる技術馬鹿。
世界が違えど技術オタクのやることは変わりません(笑