世間は意外に狭いもの。
「岸君?なにかトラブルか」
現在育成中の若手3人組のうち一人からの連絡に、画面も立ちあげたのは半ば習性だった。
『いえ、そうじゃないんですが、今大丈夫ですか』
「構わないよ」
いかにも昨今の若者らしく、彼もよほどの事が無ければプライベートな時間を侵害することは無い。つまり、連絡してきた時点で何かあるのだろう。
と思いながら画面を見て、いささか驚いた。
「……あれ?」
『うちの妹がご迷惑かけたみたいで、すみません』
岸君の横にいるのは、大島さんが今朝拾った岸彩夏さんだった。
「ああいや、別に大したことじゃない。とりあえず元気そう…でいいのかな」
『はい、ご迷惑かけました』
頭を下げた彩夏さんは、やっぱり岸君にあまり似ていない。
『さっぱりわけがわかんないんですけど、送っていただいたそうで有難うございました』
と、これは岸君。以前から、今時の若者らしくきちんとした子だという印象があったが、いつもどおりの礼儀正しさだった。
「ああ、ついでだよ。大島さんも送らなきゃいけなかったし」
『大島さんって、うちの顧問ですよね?個人的なお知り合いだったんですか』
そういや、若手には話してなかったか。
「そうだよ。紹介してほしければ、紹介するけど」
『別にいいです。それでですね、妹の話が意味不明なんで、寺井さんに話を聞きたいと父が言ってまして』
「ああ……なるほどね」
会社の飲み会の席で一度、岸君が愚痴っていたのを思い出した。
上場一流企業に拘るお父さんと、会社といえばバブル時代しか知らないお母さんのせいで、就職活動中にかなりトラブルがあったと聞いている。もちろん愚痴は岸君の視点で語られたから、事実関係は定かではないが……岸君のご両親がかけてきた電話が会社でも語り草になっているくらいだから、想像はつく。
せっかく新卒採用も増えてきたご時勢に、無駄な苦労をさせられたのだろう。
もっとも弊社にしたって、入社後も親が頻繁に電話をかけてきそうだから業務妨害になりかねない、として採用を見送るべきだという意見もあった。
あれで岸君を採用する気になったのはひとえに、彼自身が大学時代にスタートアップを目指して活動して、物づくりもちゃんとやって実績を作っていたからだ。
サークル活動やアルバイトチーフの経験を面接の場で強調する十人並の学生だったら、不採用の通知を出していただろう。
岸君がさり気なく動かしたカメラの視野に、頭髪の寂しくなりかけた50代の男性が映っていた。
その表情と、岸君が不採用になりかけたトラブルを思い出せば、難癖をつけたいだけだろうとは予測がつく。
そしてそれをやらせたら、岸君にどれだけ心理的負担がかかるかもよく分かるので
「息子の上司に対するマナーはお勤めの大企業で教わってるだろう。もう問題行動は起こさないと思うよ」
と、先に牽制しておいた。
ついでに、あまりおおっぴらに言えない方法で対処したほうが良いと判断して、あちらに映し出される画像に少し細工した。
たいしたものではない。敵意を持っている相手の無意識に訴えかけて、攻撃性を弱めるだけの代物である。
『あまり期待できないと思いますが』
「君も正直だなあ」
『正直は美徳って言いません?』
「美徳のご褒美に、こんどネタ系ご当地アイスを奢ってあげよう」
『なんすかネタ系って』
「昆虫系と魚介系と肉系、どれがいい」
『まともなのが一つもないんですけど!?』
「日本人のクリエイティビティに感動するべきだね」
ちなみにイナゴアイスというものも実在している、らしい。アイスにイナゴの佃煮がとまっているビジュアルがネットに載っていたが、『なぜ作った』以外の感想は持てなかった。
『寺井さん、ご当地アイス詳しそうですね……すっげー意外なんですけど』
「そうか?アイスだけじゃなくて、有名所の菓子はたいていおさえてるけどな」
『まさかのスイーツ男子だった!?』
「こんなおっさんを男子なんて呼ぶなよ」
『えー、なんか甘いモノなんて絶対食べなさそうに見えるじゃないですか。それがスイーツ男子とか驚きますよ』
「だから男子なんて気色悪い言い方するなよ。菓子って、忙しい時の手っ取り早いカロリー補給には便利なんだ」
『どういう『忙しい時』なのか、聞かないほうが良さそうですね』
「特に深い意味はないぞ、私の燃費が悪すぎるだけで」
嘘は言ってない。
ちなみにこちらでは魔力の利用効率が極端に低下するので、魔力使用時の燃費は更に悪化している。
『そういうことにしときます。で、……どうします?別に、オレが聞いておけばいいと思うんですけど』
「そうだな、岸君の質問に先に答えようか」
岸君のためにも、できればお父さんには口を開かせずに終わりにしたい。親にトラブルを起こされて岸君が凹むと、こちらも困る。
『ありがとうございます。で、何があったんです?』
「そこからか」
『そこからです』
まあ仕方ないだろう。
「大島さんが家のそばの道端でパニックしてる彩夏さんを見つけて、とりあえず近くに交番も無いから別荘に連れて来て、朝ご飯を出した。それだけかな」
『……それだけ?』
「それだけ。私は例の3Dマッピング実験してたから、現場は見てないし」
今回の遠出はマルチコプター用プログラム確認作業のためであって、迷子の回収が目的ではない。
そして
『あ~、あれ、やりに行ってたんですか』
岸君も、すぐに解ったようだった。
まだ私の趣味の範囲でしかないが、いずれ会社で商品化するなら岸君もチームに入ってもらうつもりだし、そのために概要は説明してある。
「データは明日にでも、物理メディアで渡すから」
『ありがとうございます。って、すっごいあっさり終わったんですけど……』
「仕方ないよ、これ以上は説明しようがないし」
『はあ、まあ、そうですよね……』
「他に何か、聞いておきたいことはあるか?」
『特に無いです。え、なんだよ』
彩夏さんが岸君のシャツを引っ張っていた。
『ついでにさ、アイスの事聞こうよ』
『自分で聞けよ』
『えー、だって話中なんでしょ』
「岸君さえ良ければ、私は構わないけどね。質問は何かな」
『あの、美味しいご当地アイス教えてください!』
まずは地域を指定して欲しい質問だった。
───────────────
ご当地アイス一覧表(ネタ込み)をいつものクラウドに置いたあと通信を修了し、「あちら」と繋がる通信を立ち上げた。
明日は会社に顔を出すことを考えると、バーラン側にそれほど時間を取れるわけではないのだが、しかし状況的にやむをえない。
『塔』主からの手紙があるというメッセージが残されていたので、とりあえず手紙だけをこちらに転送。手漉きの紙に書かれた言葉はバーラン王国貴族階級が使うランド語ではなく、魔術師が良く使う南ドルフ語だった。
あいかわらず自分流を貫くのが好きであるらしい。まあ読むのに不自由はしないんだが。
内容はといえば、こちらが指摘した座標で違法実験が行われていたことを確認したとの報告が数行で、あとは塔としてやらせたものではないという弁解が半分以上を占めていた。
反省文を書けと連絡したわけじゃないんだが、まあ仕方ない。
違法実験の主は死亡しているが、死体以外の現場は保存されているとも書かれていた。
つまり現場検証に行かねばならないわけで、こればかりは「あちら」での私の勤めだから仕方が無いだろう。先行して機械は設置させているが、直接赴く必要はある。
そんなことを考えていると、「あちら」からの通信が入った。
『ハウィル殿から直接連絡のご希望がありましたが、いかがなさいますか』
まず通信に出たのは家令のジャハド。私の不在中からこうして連絡していたから、操作に一番慣れているので当然だろう。
「構わない」
『お召し替えはなさいますか』
そういえばTシャツ姿だったか。
「いや、別にこのままでいい」
『かしこまりました。少々お待ちくださいませ』
一礼したジャハドはそんなことを言ったが、切り替えには大して時間もかからなかった。
タイムラグがあるのは、時間の流れ方が違うから仕方が無い。ハウィル君は、こちらの姿を認識すると明らかに戸惑ったようだった。
「服装は失礼するよ、こちらの普段着なのでね」
『あ、はあ……こちらより、ずいぶんとその、気軽な格好なのですね』
襟の無いシャツはパジャマか下着、というのがバーランでの認識だから、ハウィル君からすれば非常識な格好だろう。
とはいえ休暇中の緊急連絡なのだから、そこらは割り切ってもらうしかない。
「なかなか便利だぞ。何があった?」
『塔主より捜査協力の申し出がありました。魔道卿にも手紙を送ったとのことですが、念のためお知らせしようかと』
「ありがとう、細かい話はそちらでしたほうが良いな」
『そうしていただけますと、助かります』
「準備でき次第そちらに移動する、ちょっと待っててくれないか」
あちらに顔を出すなら、こちらのカジュアルスタイルはやめておいたほうが無難だろう。気温も違うし。
『お待ちしております』
ハウィル君の返事を確認して、通信を切った。
思わぬところで知人に遭遇するのは良くある話です。
ところでご当地アイスって、全制覇するのは難しそうですよね。





