現状確認と回想
いわば幕間です。少し短め。
「お手数かけたようですね」
エリーリャの処分の後、多忙なサレク君がわざわざ挨拶に来たのは、なんともまめな事だった。
サエラと共同統治の形で王位についているのだから、サレク君が暇なわけがない。私的な時間など有って無いようなもののはずなのに、公休日とはいえ、わざわざお忍びで顔をだすのだから、本当にマメな性格である。
「そこは想定の範囲内だよ。それより、母上は大丈夫かね」
「いささか疲れているようでしたので、今回は私が伺いました」
それもあって一度顔を合わせておきたかったのだと、サレク君はそう、何でも無さそうに言ってのけた。
両親の良い所を受け継いだサレク君は、父親似のイケメンだ。四十を越えて王様業も板につき、新聞は概ね彼に好意的で、良い国王と認識されていると言っていい。嫌味のない立ち居振る舞いを見れば、その評価も納得できるというものだ。
「疲れないわけもないだろうな」
処刑そのものは諦めが付いていたようだが、エリーリャとトーンの二人が見せた醜態はこたえたようだった。
「まだ、疲れが増える事柄は残っておりますが」
そう、トーン君の処分が終わっていない。彼はほとぼりが冷めた頃に事故死する予定になっている。
「ご愁傷様、としか言いようがないな。それで、我々が囮になった成果は出たかね」
「目処が付いたと、国務卿から報告を受けています」
「それは良かった。ああ、その先は言わなくていいぞ、引退した年寄が知るべきじゃないからな」
「おや、巻き込んでおこうと思ったのですが」
「君も逞しくなったね」
「おかげさまで」
「バーラン王国も安泰だな」
即位した時のサエラを思い出して、ふと懐かしくなった。
まだ10代だったサエラに宝冠はいかにも重そうで、細い肩はか弱く見えたものだ。父と兄の荒らした国を立て直すという大事業を背負うには、あまりにも華奢に見える嫋やかな少女だった。
それが激動の時代を生き延びて後継者を育て、そのサレク君が今や立派な国王としてしっかり立っている。
バーランもこの先しばらくは大丈夫だろう。
「そういえば、一つお聞きしたいことがあります」
サレク君は茶菓子を一つつまんだ後、そう切り出した。
「何かね」
「今回のこともそうですが、魔導卿は私達の思惑もご存知で乗ってくださいましたよね」
「囮のことなら、そうだな。上手く利用してくれたようで、何よりだよ」
魔導卿という悪役の登場で場を引っ掻き回し、人を動かすのも私の役回りだ。
もちろん、天性の扇動者たるトマソンと、王宮内の高橋の協力あってのことである。
おかげで諸々についての捜査の目処もつき、ランデ卿についても現在、ガディス卿の配下が動いているところだった。
「そこまでしてくださる理由は、なんですか」
サレク君は居住まいを正して、そう聞いてきた。
「君の母上に協力すると、約束したからね」
「バーラン王国は、あなた方に害しかもたらしておりません」
「その自覚があるなら、大丈夫だな。同じ失敗はしないだろう」
過去の問題を知ろうとせずにトラブルを起こしたのがトーン君とエリーリャである。
「魔導卿のご厚意を信じないわけではないのですが、なぜ良くしてくださるのか理解できないのです」
「ずいぶんと正直なことだ」
私的な場でなければ、出てこない言葉だろう。とはいえ彼も責任ある立場だから、確認しておきたいのはよく分かる。
「サレク君、君は親兄弟の悪事の尻拭いに駆け回るお姫様に、嫌がらせをしようと思うかね?」
「……それだけ、ですか?」
拍子抜けしたような声を出していたが、それだけである。
阿呆はラハド5世であって、サエラではなかったのだし。
「私が傷を負わされたと聞いて、急いで謝罪に来たのがサエラだった。許さざるを得ないだろうさ」
平謝りに謝りながら私の放り込まれていた地下牢を開けさせ、治療を命じ、保護された後の手配などもしていたのはサエラだった。
私も当時は魔力操作に慣れていなかったし、そもそも骨折後の発熱と痛みの中で繊細な操作ができたはずもない。とにかく魔力を暴走させて破壊することだけに注力していたから、それに近付いて治療を命じるだけでも勇気のいる話だ。
そこで放置して私が餓死するのを待つ、という方法をとらなかった善良さを、積極的に評価すべきだろう。
「……許してくださると」
「馬鹿な真似をしたのはラハド5世だろう、後始末に走り回っていたサエラはむしろ被害者だぞ」
国王という地位にある父の愚行をとめるには、当時のサエラの、未成年の第三王女という立場はあまりに弱かったのだ。止めようとして止められなかったのを責めても意味がない。
せめて被害者を救出しようと、奔走していた事実を重んじるべきである。
そして力及ばずながらも奮戦し続けたサエラに敵意をぶつけるのは、もはや八つ当たりと言っていいレベルだろう。
「まあ王位についた以上、バーラン王家の者として責任を取らざるを得ないのは仕方なかろうがね。だからといって、必要以上にサエラや君達に償いを求めるのも、どうだろうな」
「……母が、貴方は温和な方だと申しておりましたが」
「現実主義者なだけだよ。我々もこちらに拠点は必要だし、サエラと手を組むのは悪い案ではなかったと思うがね?」
そう考えなかった召喚被害者も少なからずいたのは、わざわざ言わなくていいだろう。
「……そういう事にしておきましょう」
「そういう事にしておいてくれ」
サレク君はなんとも言い難い表情になっていたが、被害者会会長としてはこれ以上言えないのも事実だった。
「それより、今後の始末が大変そうだね」
芋づる式に色々な問題が掘り起こされてしまったが、未解決問題のほうが多い。
「部下が動いておりますので。ああ、魔導卿ももう少し働いてみるおつもりはありませんか」
「年寄をこき使うものじゃないぞ。魔石細工の件だけでも十分働いてるんだし」
「私より若く見える方に年寄りと言われても、説得力がありませんよ」
「中身はサエラより年長なんだ、労ってくれ」
「まだまだお元気でしょう、頑張って下さい」
おもちゃの剣を振り回して挑んできた幼児の頃から変わらない、割と図々しい笑顔でサレク君は言い切った。





