想定内の騒ぎと、掌で踊る悪党
お忘れかもしれませんが、この作品はR-15指定です。
おおかたの予想通り、処刑の間に連れ出されるまで元王女はあらん限りの力で暴れて泣き叫び、元王族女性の体面も何もない状態での処刑と相成った。
部屋を出るまでは整えられていた髪は振り乱されてぐちゃぐちゃだし、泣きはらした瞼がすっかり顔立ちを変えている。貴婦人にあるまじき暴れ方をしたものだからスカートは踏んづけて破き、刑吏に取り押さえられた手もどこかを殴りつけたように赤くなっていた。
殴られたのは刑吏の一人らしく、頬が腫れている。それでも元王女にできるだけ手荒な真似はせず連行してきたのだから、プロの仕事をしてくれたと言うべきだろう。
「元王女エリーリャ、罪状を読み上げる必要はあるか」
罵詈雑言をまくしたてていた元王女が椅子に縛り付けられ、猿轡が噛まされた後、黙って暴言を聞いていた高橋が静かに言った。
「監視者の責任において、異世界とこの世界に害なそうと企んだ汝を処分する」
元王女が盛大に唸ったが、猿轡のせいで何を言っているかは解らなかった。
「処分に当たっては、取り決めに基づき3名が立ち会う。紹介は要らないな?」
馬鹿にするな、とでも言ったような唸り声に聞こえたが、まともな言葉には当然なっていなかった。
本来であれば王族が服毒する際の見届人はすべて紹介され、王族らしい体面を保ってうやうやしく扱われながら、毒を呷るのが作法であるらしい。らしい、というのはもちろん、私達がかつてこの国の王族を倒したのは全て武力によったからで、サエラの指揮下に行われたことになっている戦闘では、戦斧と剣がサエラの父と兄の命を絶っていた。
クーデターを異世界人が成功させるのはさすがにまずかったので、止めはバーラン王国軍に任せた覚えがある。
「その様子だと、毒の改めも不要のようだな」
これまた毒殺刑のならいで、最高級茶葉を供される時と同じように、毒の中身を説明されるのが常であるらしい。
それらを一切省いているのはもちろん、エリーリャ元王女が既に王族の籍を剥奪されているからに他ならない。
まあもっとも、今の高橋を見れば、本気で怒らせた結果だというのもよく分かるが。
私は魔術師だから何も持たずにファラルの処刑に望んだが、一般にこの国では、処刑人は何らかの武器を身につけるものとされている。
高橋の場合、公式の儀礼で身につけるのは長剣だ。本来であればこの場にも、いつもの儀礼用長剣を持ち込むのが筋である。
しかし高橋の腰にあるのは、私があちらで高橋の師匠に託された日本刀だった。
高橋が習っていた剣術は、殺傷を目的とした古い流派の一つ。刀を帯びているのは、本気で殺る、という意思表示である。
高橋をこれ以上怒らせるなと言いたいところだが、まだ口を挟むタイミングではないので黙っていた。
「もっとも、元の身分にふさわしく振る舞うのであれば、こちらも配慮はする」
おとなしく是と言っておけ、と思いながら眺めていると、しかし元王女はいっそう何か罵っただけだった。
「配慮はいらないと、そういう事と理解するが構わないかね」
動き出そうとした王家の代理人に私がアイコンタクトすると、代理人はおとなしくなった。
代理人に必死で何か訴えようとしていた元王女が、その様子に目を見開き、一瞬沈黙した後、更に何か喚き出す。
「元王族としての扱いを拒むのであれば、処刑人も交代が必要だな」
打ち合わせどおり口を開くと、高橋がゆっくりとうなずき、元王女がびくっとして私に顔を向けた。
「エリーリャ、忘れているようだが高橋は王家の監視役だ。王族でなくなった君に対しては本来、対応しない」
何を言われているか、理解していないようにエリーリャは私を凝視した。
「王族ではない以上、もっと身分の低い者の手で処刑されるのが筋なのだよ。高橋がここにいるのは、君のおばあさまに対する配慮だと知りなさい」
そう、高橋が処分役を務める必要は必ずしも無い。
元王族としての体裁を整えさせてやるのは、サエラの孫だからだ。孫と息子の処分を決めざるを得なかったサエラへの、せめてもの心遣いに過ぎない。
「本来であれば、君は異世界民召喚準備および内乱準備の罪で絞首刑だ。刑務所の処刑場で首を吊られ、集団墓地に投げ込まれて終わるのが妥当だ」
泣きはらして塞がりかけていた目が、可能な限り見開かれた。
「我々はそれでも構わない。君のおばあさまも、やむなしとされた」
力のないうめき声が漏れた。
「もう一度問おう。二度は聞かない。元王族にふさわしく振る舞い、淑女として終わるか。それとも刑場に引きずられていき、吊られるか。選びなさい。30秒待つ」
一瞬の沈黙の後、何か叫びながら、首を激しく横に振りだした。
「……25、26、27、28、」
「待て!」
割って入ったのは、王家代理人のランデ卿だった。
本人は知られていないつもりだろうが、クガルの会の有力スポンサーの一人である。本人は政治工作が功を奏してこの場にいると思っているだろうが、この人選はサエラの長男、サレク君の指示したものだった。
サレク君も遠慮なく我々を利用するようになったのは、良いことだろう。年寄を酷使しないで欲しいものだが。
「元王族として服毒刑とするのは、すでに決定済み事項だろう。血筋にふさわしい名誉というものがっ…」
「卿に介入の権利はない」
高橋が言うのと、私が魔力を少しぶつけるのは同時だった。
「身分は既に剥奪されている。そして彼女の最初の罪状は異世界民召喚準備で、これに対応するのは本来であれば魔導卿の努めだ。魔導卿はサエラ女王のご決断と体面を重んじられ、死罪だけは避けられたのだ。ここにいるのは、多くの者の温情を無視してきた身分もない女に過ぎない」
「高橋は『王家の監視人』だぞ、ランデ卿。高橋が対応している時点で、血筋は重んじられている。身分に従うなら、現在のエリーリャは平民として縛り首だ」
「化外の民の分際で、王族を愚弄するか!」
「王族ではない、平民だ」
高橋の口調は、監視役としてのそれだった。
「エリーリャの現在の身分に物言いを付けるなら、それは決定を下されたサエラ女王に対するものと解釈する」
「サレク陛下のご判断ではない。偽王が勝手な真似をしているだけだ」
ランデ卿は反女王派でも有るが、普段はそれを出さないだけの狡猾さを持ち合わせてもいる。
先に私に一旦制止され、眼の前で血筋が物を言わない現実を見せつけられて、冷静さも限界に来ているのだろう。
ここでの発言は記録されているし、申し開きはできなくなる。
「ランデ卿、時間稼ぎは無駄だぞ。もう30秒はとっくに過ぎた、エリーリャ、返事を聞こう」
あくまでも王家の監視人である高橋は、王族として扱われることを望むかどうか問うために口を開く事はしない。王族としての扱いを望まないなら、出番はないからだ。
そしてエリーリャの処分保留が王孫という理由でなされた以上、王族としての扱いを拒むのであれば、召喚術執行者としての彼女を処罰する責任は私に戻ってくる。
「猿轡を外してやれ」
刑吏がエリーリャの口元を覆っていた布を取り、口に詰めていたボロを抜き出した。
その手にエリーリャは噛み付こうとしたが、刑吏は危なげなく手を引っ込めていた。
「やれやれ。エリーリャ、それは淑女の振る舞いではない。貧民窟ではよく見かけるだろうがね」
「下民ごときと一緒にしないで!」
「振る舞いがそのものだ。血筋を重んじて欲しくば、育ちにふさわしい態度をとるのだね」
遠縁の口うるさいジジイにでもなった気分である。
処刑という場面にはいささかそぐわない感想だが、この場での私の役割は、冷徹な態度を貫く必要のある高橋のカウンターパートである。最初に拳骨を落として有耶無耶にしようとしたのも私だし、いわば柔のパートを担当するのも仕方がない。
何か喚こうとしたエリーリャを魔力で威圧し、黙らせる。
「口を開く前に、考える癖が必要だったな?まあいい、首だけ動かして教えなさい。王族としての扱いを望むかね?」
予想通り、イヤイヤをするように激しく首を横に振った。
「平民として処分されたいのか」
またイヤイヤである。
「やれやれ、どちらも嫌か。可能な限り、希望を聞くと言っているんだがね?」
はっきり言おう、テロリスト相手には温情の大盤振舞いである。
そこで少し威圧を緩めると、
「私は間違ってない!こんなのありえないわ!」
と、予想通り相変わらずだった。
「決められないようなら、こちらの一存で決めるぞ。君のお祖母様の事を考えると、王孫らしくさせてやるべきなんだが、そのなりではなあ」
「どうしておまえが決めるのよ!私は王女よ!」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。召喚被害者連絡会会長の寺井健司だ。こちらでは魔導卿と呼ばれている」
あくまでも連絡会会長の立場で立ち会っているので、母国での正式名を名乗るのがこの場合は礼儀だった。
「ランデ卿は知り合いだろう、紹介は不要だな?」
「……魔導卿」
エリーリャが顔をひきつらせた。
「……植民地会議の南方貴族だと思ってたわ。監視者とぜんぜん違うじゃないの。同じ民族だと聞いてたのに」
色素の薄い高橋と、色黒の私を比べられても困る。
「私達はそういうものなのでね。さて、どうする」
結局、エリーリャは予定通りの服毒を選択した。
日本人でも、虹彩がグリーンやグレーなどの薄い色をした方もいますからね。
次話は明日の更新予定です





