監視者の温情(ガディス卿視点)
短いので連続投稿です。
魔導卿のよこした情報はもちろん、演習報告だけではない。魔石細工の流通経路に関する分析結果も届いている。
「こちらの情報と照合いたしました、齟齬はほぼありません」
内務省内の調査室からの情報と突き合わせた結果を奏上すると、サエラ女王は渋い表情のままうなずいた。
「わかりました。あとはタカハシ殿にお任せする事にしましょう」
必要な情報が入手できれば、もはや元王女の処分を待つ必要はなかった。
監視役の判断が既に下っていたところに、これでバーラン王国側でも女王の許可が出た形になる。
「もはや用済み、ということですわね」
このあたりはガディス卿よりも、王族のエーリャのほうが割り切りが早かった。
「刑の立会はどういたします?」
エーリャの問に、
「かなり見苦しいものになると予想していますから、王族の方は避けていただいて構わないですよ」
そう応じたタカハシ書記官は、普段と変わらない穏やかさだった。
女王の私的な居間でのお茶の席だが、タカハシ書記官は全く動じる風もない。礼を失しない程度にお茶に口をつけ、ただいつもの掴みどころのない笑顔のままだった。
「見苦しい、ですか?」
「女性で王孫という点に配慮して、服毒刑としていますので。飲むのを拒んだり、飲んでみせた後で吐くなどの振る舞いに及ぶ可能性も考えています」
ああ、お茶の席での話にはふさわしくありませんでしたね。とタカハシ書記官は続けたが、礼を失したなどとは欠片も思っていないのがよく分かる、いつもの笑顔のままだった。
「ああ、あの娘ならそうでしょう」
サエラ女王も咎めることなく、ますます渋い表情になっていた。
「王族の自覚など無いのでしょう。トーンも含めて、育て間違えました」
そのトーン王子の『事故死』も決定事項であることなど、女王は気にも留めていないようだった。
たとえ王族であろうと召喚術の行使は認められないし、特別扱いも許されない。それを内外に示す意味もある以上、処罰を命ずる女王が嘆くことも、無い。
もっともそれがなくとも、トーン王子も娘の元王女も諸々のやらかしが過ぎたから、複雑な思いはあれど悲しむ気にはならないのだろう。
「よりによって、クガルの会と関わりを持つなど。断固たる態度が必要です」
クガルの会の中でも、過激派と接触していたことが女王の怒りを買っていたのはよく分かる。
事前情報があって未然に防げたから良いものの、元王女が試みたのは首都の騒乱だ。凶徒を聚集し騒乱を企てたとなれば、これだけでも重罪であり、死罪になることもある。
ここまでやってしまった元王女にはそもそも、情状酌量の余地など無い。
「もともと物事を考える頭はございませんでしたけど、あそこまで愚かとは思ってもおりませんでしたわ」
エーリャも溜息を付いていた。
「トーンに似たのだろうが、引き離して育ててやればよかったか」
「後悔なさる必要はありませんよ、父上。トーンやその娘が父上たちの手元で育たなかったのは、情勢もあったのですから」
王配がつぶやいたのを、第二王子のサールがそう慰めていた。
「いささか複雑ではあるよ、サール。もちろん、助命を望む気はないがね」
「私が、監視者としての責任のもとで決定したことですよ」
タカハシ書記官が静かにたしなめた。
「ああ、もちろん存じ上げている。あなたの義務を疑問に思ったことはない」
「ご理解いただけたようで、何よりです」
王族相手に、いや王族相手だからこそのタカハシ書記官の物言いが、彼の立場を明らかにしていた。
あくまでも異世界人としてこの世界の者を見張り、害をなすならば排除する監視役。この世界の外に立つ者である彼が、王家におもねることはけして無い。
「あくまでも、私個人として残念であると思ったまでのことです」
サエラ女王が思うところを出すことが出来ない以上、このような感想を述べるのは王配の役割なのだろう。公の場では見せないことだが、半ば私的な場での女王夫妻には、そんな役割分担が存在している。
「それは伝えておきますか?」
「いや、その必要はありません。そこまでの温情をかける必要はない」
「賢明なご判断です。あなた方が重荷を感じる必要はありません」
「タカハシ殿には、いつもご負担をおかけしておりますね」
サエラ女王が軽くため息を付いたのに、
「それが監視役の任ですよ、陛下」
そう応じたタカハシ書記官はいつもどおりで、元王女処刑に対してどう思っているのか、まったく伺わせなかった。
「それでも、です。本来であれば王家で監督し、あのような事態を引き起こさぬよう育てねばならなかったのですから」
「トーン君をあなた方から引き離して育てることを要求した、守旧派の責任と思ってください」
サエラ女王の責任を問わないのは、タカハシ書記官が立場上示せる最大の温情だろう。
「それでは、失礼いたします」
途中退席を告げたタカハシ書記官が部屋を出るまで、誰も口を開かなかった。
「凶徒聚集」と古臭い書き方をあえて選んでいますが、わざとです。





