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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。

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茶番劇と不穏分子と大人の都合

 封魔(ふうま)機、というのは半魔術式の機械で、魔術機構を潰す時に使用するものだ。

 ただし封印魔術の常で、発動させてしまえば封魔機そのものも魔術的機能を失う。


「どいたどいた!」

「近寄るんじゃない!」


 離れた場所からでも判る封印魔術の作動光のあと、野次馬が騒ぎ立てている中で、(あらかじ)め配備しておいた警官が野次馬を追い返そうと苦戦しているのがよく見えた。


「少しばかり出力が大きすぎたな」


 一般の魔術装置に影響を与えては困るので封魔機の作動範囲は制限してあるが、それでも派手にやりすぎた。


「あれで、少しですか…」


 ヘスディル伯が遠くを見る目になっていた。


「出力不足よりは良いだろうと思ったんだがね、目立ちすぎるな」


 今後の改良点にしたいところだ。

 そしていくら騒ぎに目を取られている人間が多くても、この場でコントローラーを取り出すわけにいかない。かといって魔術回路が壊れた機体の細かい魔術的制御も面倒すぎるので、機体を単純に上昇させて、別の機体を転送して一緒に転送回収した。


「あの装置は?」


 転送される機械を見送ったヘスディル伯が、そう聞いてきた。


「半機械式の封魔装置だ。いつまでもあそこに置いておくと邪魔だろうからな」

「あの娘の落とし物は」

「あの場に残っている」


 元王女の落とし物は、付近にいるはずの担当者が回収する手はずになっている。

 すべて私がやってしまうのは良くないだろう、という判断だった。


「あのような仕掛けを残すとなると、今回の誘拐劇も怪しいですね」


 元王女が落としたものの反応からすると、あれは爆発物の(たぐい)だ。広場に騒ぎを起こして姿をくらませるためのものだったとしか思えない。


「茶番だろうな」


 元王女に付けられたマーカーは現在、エイス通りを移動中だった。

 幸い、首都のこのあたりは重点監視区域に設定してあるので、マーカーの移動を追うのは容易い。

 途中でマーカーが捨てられても不思議はないと思っていたのだが、どうやらそれは無いらしい。追跡担当のマーカーも同様のルートを移動していた。


「さて、戻ろうか」


 広場の担当者が遺留品を確保したのを確認して、私は席を立った。


※※※※※※※※※※※


 元王女の『落とし物』の鑑定結果は翌日には出たが、念の為と称して私のもとに持ち込まれたのは、2日目のことだった。


「魔石鑑定士が鑑定したのだろう」


 国家資格を有する専門家が鑑定にあたっているのだし、それを信用しても良いようには思うが


「元王族が関わることですので」


 と、担当官は慎重だった。


「見てのとおりだな。魔術回路は装飾が多いがマランティ式。ファラルが売りさばいていたものと同型だ。魔石が安っぽいのは気になるが、若い娘の飾り物と言うなら通じるだろう」


 魔石は長径6mm程度の楕円形をした、透明度の低い赤い石だった。

 軽く魔力を通した感じでは魔力貯蔵量はそこそこ、反応性は中程度といったところだろう。おそらく尖晶石(スピネル)だろうが、品質があまりよろしくない。


「これでも、若い御婦人が身につけるには値の張る物かと存じますが」

「そんなものかね」


 石の等級が低くても、魔石細工は魔石細工ということなのだろう。石の品質に問題がありすぎて出力も低いが、あれほどの人混みであれば混乱を引き起こすのに十分である。


「用途については、どう思われますか」

「爆発装置だな。効果規模については複製品で試す必要があるが、広場で騒ぎを起こすためだけなら十分だろうな」

「複製品を作らせるとおっしゃられても、下手な職人は使えません」


 担当官の指摘は妥当なものだった。

 女性用の装飾品に偽装されているが、この魔石細工は兵器である。コピーが流通すると困るから、よほど信頼できる職人でなければ現物を預けられない。


「そこは問題ない、私の伝手がある。職人に任せられないなら私がやっても良い。もちろん、やってよければだがね」


 私が作ると3Dプリンタを使う事になるから、心当たりの職人に比べるとはるかにグレードダウンするが。


「魔道卿の紹介であれば問題ないかとは思いますが、上司に確認させていただいても?」

「勿論だ。検証の必要があれば可能だと、そう伝えてくれ」


 別に仕事を増やしたいわけでもないし。

 担当官は淡々と魔石細工について確認を済ませ、戻っていった。


 そして


「仕事熱心だねえ」


 担当官が帰るとすぐに隣室から入って来た高橋が、そう茶々を入れた。


「誰かさんが仕事を押し付けてくれたからだろ」

「勤労は美徳らしいよ」

「日本じゃサラリーマンとして働いてるから、十分に徳は積んでるよ」

「こっちで働けば倍の徳を積めるね」

「引退老人をこき使うとは、お前には徳が足りない」

「不足分は寺井の持ち出しで補うという事で?」


 心得た侍従が高橋に代用コーヒーを勧め、一礼して退出すると、高橋はそれまでのふざけた表情を消した。


()()は確保した。消すことになったよ」


 高橋の口から出たのは簡潔な説明だったが、いつもの(つか)みどころのない笑みを含まない素の表情が、十分な補足になっていた。

 王室書記官という閑職にいる高級官僚ではない、異世界民拉致犯を見張る看守の顔だ。

 笑みの見えない今のほうが、高橋本来の性格に近い。なにしろ召喚された直後に剣を奪い、数人を斬り殺して身を守ったくらいだから、もともと大人しい男ではないのだし。


「それは、監視役としての決定か?」

「そうだよ。王家を不問に付すためには、必要な見せしめだ」

「状況を教えてくれ」


 元王女を始末するのに反対はしないが、情報は共有してもらったほうが良いだろう。


「例の若い貴族グループについては、聞いてるよね」

「クガルの会だということだな。貴族権益復活論者だったか」


 この2週間ほどで、例の扇動された若者たちが極右団体メンバーと接触していた事が突き止められていた。

 それだけならまだしも、一部は貴族の特権復活と反異世界人を掲げる過激集団クガルの会に参加していたと判明。クガルの会はガレン王政復古派とつながりを持つグループでもあることから、外患誘致の可能性ありとして以前から警戒されていた。


 そこに今回の騒動である。

 議員を巻き込んだ私の暗殺未遂や、ガディス卿襲撃があったのが決定的だった。


「あれはホームグロウン・テロリストそのものだ、早期に片付けておいたほうが良いだろうな」


 過激思想に共鳴して、よりによって市民も多くいる広場で爆発騒ぎを起こすつもりだったのだ。

 大目に見てやる理由は何一つない。


「実行犯だけじゃないよ、クガルの会の主要メンバーを潰す。逮捕済みの者が司法取引で口を割ったからね」

「司法取引ねえ。まさか解放するつもりはないだろう?」

「絞首刑から斬首と服毒に変わっただけだよ」

「不名誉は避けられたな」


 王族や貴族にとって、平民と同じ絞首刑による処刑は最大の不名誉とされている。

 極刑は避けられないにしても、斬首や毒に変わっただけましなのだ。


「まだ文句を言っているようだけどね」


 一見すると邪気のない高橋の笑みは、邪悪そのものだった。

余談:

尖晶石(スピネル)、中でもレッドスピネルは昔からルビーとよく間違われていた宝石ですが、サファイアを含む鋼玉(コランダム)がAl2O3なのに対し、スピネルはMgAl2O4(MgO・Al2O3)となっており、別のものです。

昔はルビーの紛いものと軽く扱われていたレッドスピネルですが、今は天然物がすごい値段になっています。


サファイア(鉄・チタンにより青に発色したコランダム)、ルビー(クロムにより赤に発色したコランダム)、スピネルのいずれも、現在は合成石が存在していますね。

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