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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
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減らない課題と獅子身中の虫

魔導卿(てらい)が留守の間、バーラン王国官僚が頑張ったお話。

ほぼ説明回。

 バーラン内部とマランティ、それにガレン王政復古派がどれだけトラブっていても、日本での私の仕事が待ってくれるわけではない。

 ウィリアムズの「パーティー」に付き合ったあとは日本の仕事に忙殺され、まともに時間を取れたのはこちらの時間で2週間後のことだった。


「また仕事を増やしに来たのか」


 この状況で腹黒大福餅(たかはし)の顔を見ると、ため息しか出ない。


「あっちの仕事は片付いたんでしょ?」

「まあね。有給消化で休みはとってるけど、だからってこっちの仕事を増やすか?」


 あちらで炎上しかけたプロジェクトの火消しが終わったばかりだと言うのに、こちらでも火消し役。高橋は、こうなっても私の仕事を増やすのに余念がないらしい。


「さすがに、こっちに寝に帰ってきてる間は遠慮したよ」


 終電で帰宅した日はこちらに転移して、時間差を利用して睡眠時間を確保していたわけだが、さすがにそれを邪魔しないだけの良識はあったようである。


「今後も遠慮するという案はないのか」

「ないねえ」


 あっさり言い放つ高橋は相変わらず、容赦なかった。


「それに増やすと言ったって、寺井がほじくり出した話ばかりでしょ。少しは手伝ってよ」

「若いの使えよ」

「その若いのが足りないし」

「うちの若いのだって手一杯だよ」


 さすがに予定外の調査業務までさせているのだから、ここは上司として断らないとまずい。

 だいたい彼らは雑用係ではなく、育成を兼ねて預かっているのだし。量ばかり増やして、あまり雑な仕事を覚えられても困る。


「大丈夫、黒幕に御出座(おでま)しいただく必要がある時だけだから。若い人の出番じゃないよ」

「肝心の部分は私が片付けたとしても、他に細々した業務はあるだろうが。ハウィル君もウルクス君も、これ以上仕事は増やせないぞ」

「秘書と事務官がほしいなら、つけるけど?」

「それより担当部署を紹介してくれ、丸投げする」

「出来ればそうしたいんだけど、単独部署に任せると邪魔が入るんだよね」

「危機感のない連中は、どこにでもいるものだな」


 王室書記官の高橋が動く、ということの意味を理解していない者が妨害しているのだろう。


 閑職としか思えない肩書の高橋だが、実態は王家の監視役。ラハド5世時代に召喚術による外国人拉致と異世界人拉致事件を起こし、動乱のきっかけを作ったとされるバーラン王家の存続を認めさせるために設置した職についている。

 当時はサエラが父ラハド5世に対しクーデターを起こしたと見做(みな)されたため、サエラ本人に対してはいくばくかの同情もあったところに、そのサエラをも我々の監視下に置くという体裁を取ることで、諸外国からの非難を(かわ)したのが正直なところだった。


 しかし今回はその王族が、召喚術の行使を含めてやらかした。


 召喚術行使があれば私が動くのはもちろんだが、今回は高橋も監視役として動き回っているということだ。

 高橋の判断次第ではまた、バーラン王家の危機になる。


「あるいは王家が邪魔な勢力の工作か、だね」

「そっちを疑いたいところだが、トーン君がなあ……」


 能力の面ではまったく良いところのないトーン君は、バーラン王家直系が絶えることで騒動が起こらないように、血筋を残す目的だけでいわば飼い殺されていた王子だ。それが最後っ屁とばかりにまた問題を起こしていた。

 バーラン王国はまだ動乱期の賠償金を支払い終えていないのだが、その賠償金支払いに関する小会議の席上で、トーン君が賠償金の一部支払を拒否。

 もちろん王国の担当官が慌てて否定したが、王族の発言では問題にならないはずもなく、サエラが改めて、王国は金銭的にも償う意志に変わりがないと表明する事態になっていた。


「寺井への反感だけで国際会議で問題発言できるほど、バカだとは思われてなかったんだよ」


 後始末に動員されてもいた高橋が、さすがにため息を付いていた。


 ちなみにトーン君が「王国は支払う必要がないと考える」と暴言を吐いたのは、召喚被害者帰還事業費用についてである。

 こちらの時間で今から30年前、被害者連絡会が支払いを肩代わりして始めた事業の費用だ。あちらの世界も大きく変化する中、バーラン王国が予算の計上を渋る間にも被害者が帰国できる可能性はどんどん減っていったため、見切り発車で被害者自身の手で始めた事業だった。

 これが当時、バーラン王国に償いの意思なしと見做され、国際的に非難される理由になった。

 それもあって、その後に行われた賠償問題を議論する会議の場には、異世界人集団として被害者連絡会からも代表を送り込んでいる。


 召喚被害者への補償と帰還費用弁済はその国際会議の場で決まった事で、バーラン王国代表の一人がその取り決めを反故にする意志を表明するのはつまり、バーラン王国は召喚術行使により引き起こした事件に責任を取る気がないと示すことにもなる……のだが、トーン君はそこすら理解できていなかったわけだ。


「だから前から言ってたろ、彼は血筋以外に何の価値もないって」


 私個人はトーン君に良識も理解力も期待していなかったから、やっぱりやらかしたか、としか思わなかった。


「まさか30過ぎてるのにあれとはねえ」


 30過ぎどころかトーン君は四捨五入して40、アラフォーである。もはや成長の期待できる年齢ではない。


「頑張って尻を拭ってやるんだね。あれだけバカだと、敵対勢力にとってはおいしい存在だぞ」


 トーン君を煽って失敗を重ねさせるのに、なんのトリックも要らない。

 幼児的な正義感で物を判断したがるトーン君は、『正義』で釣れば簡単に騙せる。『あなたは正義の味方です、悪い奴があそこにいるからやっつけてください』と吹き込めば勝手に暴走し始めるから、はっきりいって良いカモにしかなっていない。

 王族にあるまじき無思慮無責任である。


「今度ばかりは王位継承権剥奪だよ、もちろん。王室会議でそう決まった」

「10年早くやっておくべきだったと思うぞ」

「過去は変わらないよ」


 めずらしくぼやいているところを見ると、よほど大変だったのだろう。


「で、トーン君が片付いたのは良いが、あとはまだ問題山積だな?」


 問題児が片付いたので、王室内部で問題を起こす者は出なくなるだろうが、すでに起きた問題が帳消しになるわけでもない。


「引き受けると約束はしないが、説明してくれるよな」

「もちろん」


 私が持ち込んだコーヒーを少し口にした後、高橋は椅子の背にもたれ直して口を開いた。


「とりあえずマランティとの密輸問題は関税局が動いてる。国内の容疑者には一斉強制捜査の予定になってるよ。エガント商会については、取引のいくつかを制限することになっている」

「概ね予定通りだな」

「地方役人の汚職については、現状では横槍が入って逮捕に至ってない状態だね。軍内部からの物資横流しも絡んでるから、捜査する方も軍との縄張り争いになってる。ここは残念だけど、魔導卿の出番がない」


 召喚失敗例に絡むことではあっても、軍需物資の横流しや地方役人の収賄そのものは私の管轄にない。これはバーラン王国政府の問題だ。


「最後に、貴族院議員の事だけど。ウィリアムズが押収した書類に問題が見つかった」

「何か関連でもあったか?」


 ウィリアムズが鉱毒予防法を盾に開発を妨害しているのは、銅鉱山だ。銀も採掘可能と考えられている有望な鉱脈を有しているが、現在のこちらの技術では鉱害は必発のため、開発は時期尚早と判断している。

 そしてウィリアムズ達と作った合同会社は現在、急ピッチで半魔術式排水・排気処理装置を開発しているところだ。これが完成すれば鉱山の開発も十分可能になるが、鉱山譲渡を渋る現在の所有者は鉱害など頭になく、今すぐ開発させるよう求めてトラブルを引き起こしている。


 私達の世界の過ちをこちらで繰り返す必要はないのだと、何度も説明してはいるのだが。


「外国人と鉱山の買い取り交渉が進行中だった。あと遊水地を作る計画も勝手に立ててたよ」

「買い取りの相手は?」

「エガント商会が仲介してるけど、マランティの貴族。マランティのウィダス鉱山は銀産出量が減ってきてるから、押さえたかったようだよ」

「ウィダスがねえ」


 豊かな銅鉱脈と、特殊な鉱石を算出することで知られた有名鉱山だった。


「なるほどな、すぐ開発したいならちょっと土地をくすねて遊水地でも作って、義理を果たしたことにしたいわけだ」

「そんなところ。鉱山の外国への売却は禁止されてるから、ここはこちらで対処するよ」

「そうしてくれ。私は自爆テロ犯以外に関わる気はないぞ」


 ファラルが片付いた以上、私が直接関与するべきは、処刑の邪魔を企てた者たちのみだ。


「判ってるよ。ただその自爆テロ犯一味が、密輸事件と関わってた可能性が出てきたから、一応知らせとこうと思って」

「私の仕事が増えないことを祈るか」


 まったくげんなりするしか無い話だった。

腹黒大福餅タカハシ、役目も黒いです。

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