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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
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番狂わせの正体

 タゴス卿の自爆工作がうまく行ったもの、と思い込んで動きを見せた集団の捕獲は、速やかに終了した。


 それは良いのだが、とにかく全体の仕切り直しは必要である。主に、私の仕事の都合があるからという理由で。


「マランティがごそごそやってるのは、昨日今日始まった話じゃないし」

 何も驚くことじゃないだろう。

 と言うと、高橋がニコニコと笑顔になり、ガディス卿が渋面を作った。


 実質的な緊急会議の場だが、目の前のテーブルにはお茶会の準備がそろっている。つまり女性が参加しているわけで、今回の女主人(ホステス)もデーリャ夫人が努めていた。

 お茶会はその性質上、女性に極端に偏ることが多いのが常で、ここまで男性の比率が高いのは珍しい。

 とはいえ会議と銘打ってしまうと要らん注目を集める上に、情報収集担当であるデーリャ夫人とティファちゃんが参加できなくなる。


 そしてデーリャ夫人の恐るべき力量は、テーブルの上でも示されていた。


「キューカンバー・サンドイッチ……こちらにもあったのですね」

 驚愕しているのはもちろん、イングランド人のトマソンだった。

「お国のものとは少々異なるそうですけど、ウィリアムズ様が栽培に成功したそうですのよ」


 ウィリアムズが試験栽培している品種についての情報なんて、機密も良いところである。商業栽培を成功させたいウィリアムズが敢えて情報を流した面も無いわけではないが、ウィリアムズへの情報ルートを掴んでいるデーリャ夫人も相応の人物というわけだ。

 社交界の中心に出ていく事はせず、上流階級に流れる情報を常に掌握して操る事を良しとする彼女の才覚は、今は亡き夫君の外交官時代に随分役立ったと聞いている。


「青物を輸送できる距離ではないと思いますが……」

「そこはちょっとした伝手がございまして」


 ちらりと私に視線を投げてきた。


「ケンジ、君が?」

「転送機の実用化試験も兼ねているんだ」


 これまで私が使っていた魔術を魔道具化してみただけだが、まだ試験段階である。

 理論的に問題はなさそうだから、商用機開発はこの国の若手に押し付ければいいだろう。今の状態だとやはり必要魔力量が多すぎて、実用的ではない事も判明した。


「ウィリアムズの好意で試験をさせて貰っただけさ」

 そしてたまたま、手元にあった開発中の作物を試験材料に使い、それがデーリャ夫人のお気に召したというわけだ。


 デーリャ夫人の企んだ『悪戯』に、我々二人が悪ノリしたわけではない、と言い訳しておく必要はあるだろう。

 実際は男子高生レベルの悪ノリだが。人間、年をとると童心に返るものである。


「味について、感想が欲しいそうだよ」

「故郷の味が楽しめると判っただけで、今は十分だよ。……ここしばらく、食べていなかったから。比較しようがない」

 トマソンの目が潤んで見えるのは気の所為(せい)、ということにしておこう。

「喜んでいただけて、なによりですわ」

 ちなみにレシピのローカライズ担当はティファちゃんである。

 パンに野菜を挟むだけだしそこまで頑張らなくても、と言ったら、高橋ともどもお小言を頂戴したのが先日のことだ。どうやら何か違いがあるらしいが、基本的に食事は食えれば良いと思っているレベルの私にはとうてい、理解できる話ではなかった。


 それはさておき、今はマランティ対策である。


「国として動いているのか、一部の跳ね返りが動いているのか、という話はあるが」

「現時点では、一部の者による動きとみています」

 ガディス卿が即答した。

「マランティ王国は今のところ、東方対策に手を取られておりますからね。本来であれば、我が国に対しては牽制以上のことを出来る余裕が無いのです」


 ガディス卿の言葉を補ったのは、ガディス卿の夫人でもあるエーリャ王女だった。

 王室側からの参加者が入っているのは、女王であるサエラの要望もあってのことだ。夫と連れ立ってお茶会に参加したという体裁が取れるので、エーリャ王女はこういう時動き回るのに向いている。


「牽制にしてはずいぶん、金も物も動かしているようだ」

「東方政策に注力されたくない勢力もあるのです」


 東方、というのはマランティ王国から見て東の方向、この大陸の中心寄りの国々のことだ。

 なかでも穀倉地帯としても知られている一帯は、常に戦争の火種になっている。特に三〇年前に王政が倒れて共和国になったガレン地域は、内部での政争だけで収まらず四回も国境紛争を起こしている始末で、国境を接するマランティのみならずバーランも神経を尖らせている。


「おかしな話だな」


 一歩間違えば、共和国に侵略される立場のマランティだ。軍の配置さえ東部に集中せざるを得ないため、他の国に対してはもっぱら外交戦でしのいでいるのが実情だろう。


「マランティ内部でも警戒されておりますのよ」

「まあそうだろうな。実態は?」

「旧ガレン王家ゆかりの者たちですわね」

「王政復古派か」

「ええ」


 ガレン王国で革命が起きたとき、縁故を頼って逃げ出した貴族は多数存在した。

 その一部は当然、隣国マランティに亡命しており、今も復権を狙っている。

 バーランは受け入れを拒否することで巻き込まれることを回避しているが、マランティは内部に抱き込んだ王政復古派ゆえの政争も発生している。


「王政復古派に動きが?」


 マランティにとっては獅子身中の虫だ。


「王室では動きを把握しておりません」


 エーリャ王女はそこで言葉を切り、視線だけでティファちゃんに次を促した。


「こちらでも把握できる動きはございませんわ、小父様。ここ最近はむしろ、諸外国勢がおとなしくなっている様子すらございますわね」

「商会は派手だったが」

「ええ、エガント商会はあちこちに手を回しておりますわ。彼らの背後関係は要注意ですわね」

「それで、そちらについて調査の成果は?」

「それが、まだですの。マランティ貴族とのつながりも、ガレン亡命貴族とのつながりもあるにはあるのですけれど、ここ三ヶ月ほどはすっかり遠ざかられているようですし。あとで王女殿下にお手紙差し上げますわ」


 お茶会で知り合った婦人同士が交流を持つのは自然なことだし、ティファちゃんが招待主(ホステス)のデーリャ夫人とともに王女にお礼の手紙を出すのもまったく問題はない。

 場のセッティングがなければ、あからさまに怪しい交流になるが。


「ええ、お願いしますわ。商会の外商の愚痴かしら?」

「それも含めて構いませんこと?」

「もちろんですわ、期待しておりましてよ」


 これなら、あとは勝手に進めてくれるだろう。


「しかし上流階級が手を引き始めている時に、商会もずいぶん性急に動いたもんだな」

「開発費用の回収を焦っている可能性は?」

 これはトマソン。

「あれだけの魔石細工を準備するなら、初期投資も馬鹿にならないよ」

「ああ、それはあるな。しかし投資の読み間違いとは、大手商会には珍しい」


「それなんだけどね。たぶん、相手にとっての番狂わせは寺井なんだよ」


 のんびり口を挟んだのは、高橋だった。


「どういうことだ?」

「最初は、王城内で王女に召喚術をやらせることだけが目的だったんじゃないかな。召喚される相手は、どんな人間でも良かったんだ」

「仮にも王族が、協定を破るようでは大問題ですものね」

 エーリャ王女が頷いていた。


「愚かな姪を唆して、その外祖父を排除し、バーラン王室にも傷をつける。魔導卿にお出ましいただかなければ、我が国は非難の対象になったでしょう」


 そりゃそうだ。

 もともと召喚術でトラブルを引き起こした国である、再度やらかせば諸外国も黙ってはいまい。被害者連絡会の本部をこの国(バーラン)の首都に置いたのも、半分は再発予防のための監視が目的だったのだし。


「その隙にごたごたを引き起こす気だったと?」

「その可能性はございましょう?」

「まあ、無いとはいえないな」

「ところが、そこで再召喚されたのが寺井だったわけ。まあ対外的には寺井が召喚を妨害したことになってるけど、魔導卿が登場したのは同じだね。これで諸外国が介入を手控えた」

「母も素早く対応しましたし、魔導卿も即座に召喚犯罪の捜査に取り掛かってくださいましたから、召喚についても諸国が口を挟む隙はほぼ、ございませんでした」

「ねじ込んでくる国の一つもあるかと思ったんだがね」


 警戒はしていたが、幸いにも誰も文句を言わなかったので何もしていない。


「卿の『狩り』の邪魔をして、卿を怒らせたい者はおりませんわ」

 エーリャ王女が言うのに、全員が頷いた。

「私はデウス・エクス・マキナか?」


 出てきたら問題が解決しました、という奴だろうか。なんだかやるせない。仕事は増えまくったというのに。


「むしろ大魔神。最後に出てきてわーっと暴れて全部ぶち壊すやつ」

 高橋が余計な茶々を入れてきた。

「それはあれか、トラブルは全部力づくで黙らせて、後始末を高橋に丸投げしろという意味にとって良いか?」

「国家予算を余計に使わないようにしてくれれば、それでもいいよ。実務は若い人に投げるし」


 高級官僚の腹黒は、こんな時にも金勘定を忘れていなかった。


「だから相手にとっては不幸だけど、バーランにとっては幸運だったわけ。色々と後手に回ってた事が判明したから、後始末は大変だけどね」

「……私が予定をやりくりしてこっちで仕事する意味、あったのか?」


 いやまあ、ファラルは片付ける必要があったし、その協力者についても処分を決めるのは重要ではあったが。


「僕らにとっては大いにあるよ。というか寺井があっちこっち首突っ込んでくれたから、初めて判ったことも多いでしょ」

「それはそうだがね、私が出てくる意味、あったのか」

「ございましたわよ?」


 デーリャ夫人が気を使ってくれた。


「諸々に気が付かないまま事態が進行していたら、マランティと我が国で小競り合い。争いに気を取られたマランティ国内で監視の目が緩んで、王政復古派が動き出いて共和国で内乱勃発、でしたでしょうかね」


 さらっと最悪のシナリオを口にしたのはガディス卿。


「我が国が当て馬にされるような醜態を晒さずに済んで、よろしゅうございましたわ」


 これはエーリャ王女だった。

 とはいえ、


「魔石細工の試験場にはされてたようだが?」


 そこは指摘しておく必要があるだろう。異常流入は今後も警戒する必要がある。


「それに、台本の作者が誰か解ってないよ」


 トマソンが慎重に口を挟んできた。


「そこが一番肝心だな。とはいえ、私が動いてどうにか出来る段階じゃない」


 権限も何もない引退老人が口を挟む場面じゃあないだろう。


「特別調査室も閉鎖に向けて動いてる。もう延長はないぞ」

「それは存じております。卿にお預けしていた二名も、再配属は決まっておりますし」


 ガディス卿も納得はしているようでなによりだった。

魔導卿、頑張った意味あったんだろうかと(´・ω・`)の回。


次回更新は3月17日(土)を予定しています。

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