そして舞台の幕は上がり(前)
視点の入れ替えがあるため前・後に分割しています。
後編は明日掲載予定です。
改めて強調したい事だが、私の業務は警察の代理でもなければ、密輸の取り締まりでもない。召喚術実施者や幇助犯の処罰である。
「すっかり忘れられてる気がしますね」
ウルクス君も言うようになったものである。
「新作の劇のせいで、ますます忘れられるのではないでしょうか」
ハウィル君も遠慮のない物言いをするようになった。
新作の劇とはもちろん、トマソンの新作のことだ。5日前に初演を迎えた劇は、定番の悪役である魔導卿を主人公に据えたサスペンスドラマになっているそうで、なかなか人気を博しているらしい。
いったいどこの誰なんだと思うくらい主人公が装飾されすぎているので、あんまり嬉しい情報ではない。
そもそも80近い年の爺を主人公にしてるのに、人気が出る時点でどうかしている。
これで何も釣れなかったら、私はただの道化だ。何か引っかかってくれないか祈るのみである。
「君らの仕事が増えるんだが?」
「大差ありません、どのみち忙しいですから」
しれっと言ってのけたのはウルクス君である。
「それに、そろそろ大物を捕まえるおつもりでしょう?それが終われば、我々も元の部署に戻るわけですし」
「まあね、早めに取り押さえて欲しいものだ」
現在ドタバタしている魔石細工の件に関して言うなら、私はあくまでも補助に過ぎない。いつ誰を逮捕するかは、関税局その他の部署が決めている。
「ところで、先日おっしゃっていたファラル暗殺未遂の件ですが」
「また増えてるぞ」
その場で魔術式ディスプレイを出して、画像を見せると、ウルクス君があからさまに呆れ顔になり、ハウィル君が微妙な表情になった。
「こいつら懲りませんねえ」
ウルクス君が言うとおり、まったく懲りない連中である。
記録画像に残っているのは、収監先に忍び込もうとしている賊だった。
侵入してきた賊のターゲットがファラルと判明した時点で、監視用小型マルチコプターで攻撃するだけの対応は、もはやルーチンと化している。私自身が対応する必要すらなく、自動化している部分もかなりあるくらいだ。
「いつまでこれを続けられるおつもりです?」
質問したのは、ハウィル君だった。
「あと4日だな」
身分あるものの子息を処刑するのか、と騒ぎ立てる連中をおびき出す餌に使い終われば、生かしておく価値もないのが実情だ。
昔から変わらないことではあるが、身分を笠に着て犯罪行為を行うものは稀ではないし、それを是とする者も少なくない。
とくに召喚術の場合、被召喚者が人間とさえ認められない事もあって、やりたい放題が出来て当たり前と認識している者さえいるのが現実だ。
今でこそ出来なくなったが一時期、若い女性を狙って召喚を行う者が出続けたのも、異世界の女は平民以下と見なされていたからだ。この世界の人間に比べれば発育も良いあちらの女性たちは、こちらの世界では貴族の娘と同等の肉体美と教養の持ち主である。それなのに貴族のような面倒ごとは一切おこらず、それどころか平民ほどにも尊重しなくて良いとなれば、飛びつく下種が出たのも当然だろう。『平民の娘に欲を覚えたら、迷わず犯せば良い』などと世迷言を抜かす一部の貴族が、それ以下とされる異世界人女性をどう扱ったかは、ジュリアの件も含めて想像に難くない。
そして今回、ファラルの逮捕と処刑に反対している者の中には、平民や外国人、さらには異世界人に対しての『貴族の権利』を求める者が含まれている。
彼らの求める『当然の権利』とは、自分より低い身分のものに何をしても罪を問われない、免罪特権のことだ。
被害者連絡会としてはもちろん、認めるわけにいかない。
そして工業化の進むバーラン王国にとっても、古臭い免罪特権を求める貴族は放置できない。彼らに毅然とした態度が取れなければ、衆民議会(平民議会のことだ)から激しい突き上げをくらい、民衆の暴動を引き起こしかねないのだし。
そんな事情もあって、免罪特権を要求する者達を釣り上げるために処刑を延期していたわけだが、ここ半月ほどは新たに得られる情報がほぼ無くなった。
裏事情を知らずに工作の効果が出ていると誤解した貴族からの、政治的工作がことさら目立つようになってきたので、処刑を日程を決めたのが三日前。すでに日時と場所の通達は行われていた。
「関係者のみの非公開処刑だが、希望すれば見ることは可能だ」
「辞退します」
「同じく、辞退させてください」
二人の反応は、この世界の住人にしては異様なほどに早かった。
なにしろ処刑は娯楽の一つと捉えられているので、今回の非公開という処置も方々からクレームがついたくらいだ。辞退することそのものが珍しい。
「理由を聞いても良いかね」
興味本位で質問すると、
「興味がありません」
とハウィル君が応じ、ウルクス君も
「その場で騒動が起こりそうなので、巻き込まれたくありません」
そう、即答した。
「素直で結構。じゃあ君らは居残りで仕事してくれ」
片付けるべき書類仕事もまだまだ残っているし、ちょうど良いだろう。
どことなくほっとした様子の二人は、またそれぞれの仕事に戻っていった。





