色気のないお茶会
ヘスディル伯がなんとも言えない表情で見守る中、ぶつくさ言うトマソンをなだめて、ようやく目的のお茶会になった。
お茶会の主催者はデーリャ夫人。高橋の奥さんであるティファちゃんが動くと目立つため、御母堂の出番になっている。
更にはデーリャ夫人の知人の伝手でこの店を使った体裁にしているのだから、なんとも慎重な話だ。
とはいえ私が襲撃を受けている時点で、敵にはある程度バレているわけだが。デーリャ夫人の侍女によれば、あの襲撃犯はトマソンが到着した直後から見張っていたとの事である。
「……尾行されていたのは、私か」
トマソンが苦い顔になっていた。
「君から私への手紙は、別に秘密じゃなかったからな。私の使いとの接触を妨げたかったんじゃないのか?」
人気作家のトマソンを狙うのは得策ではない。いくつかある人気シリーズのファンがそろって敵に回るし、怒りの声が上がるのは火を見るよりも明らかだ。
「卿に好意を持たない者の仕業でしょうか」
と、これはヘスディル伯。
「なぜそう考えた?」
「異端の犬、と罵ったのですよね?」
「その通り」
「卿を『異端』と呼ぶ者は限られています」
伝統的魔術師の一部だ。
「そして、私の外見を知らない者だな」
特に情報制限もしてないことから、最近ではこちらの外見年齢が若くても警戒心を見せる者が増えてきた。所用で訪問する先では特別調査室の者と名乗るだけなのだが、スタッフの一人だと頭から信じて気を抜いた対応をする者が減っている。
となると、『塔』の者も除外できる可能性がある。
「除外できるのかい?」
トマソンが首をかしげるのも当然だろうが、こちらとしては敵対するつもりもない相手である。むやみに疑う必要は無い。
「先日、こちらから押しかけたからね。入り口で訪問者をきちんと把握してるんだから、名乗らきゃ通れないだろ」
「塔の連中、さぞ肝が冷えただろうね」
「なに、良い考察を出してくれたからちょっと魔術論議をしに行っただけさ」
ハウィル君の従兄の友人は仰天していたそうだが、もちろん訪問前に日程調整はしてある。
『塔』はその秘密主義もあって、訪問には事前連絡が必要なうえ、面会当日にも申し込み書類を提出して面会予定先に照会が行くシステムになっている。そこで照会を受けた先方がこちらの身分をばらしてくれたおかげで、塔主(総責任者の事だ)まで出て来る騒ぎになった。
書類にはわざと「特別調査室所属」とだけ書いたのに、まったく意味がなかったのはまあ、笑い話にしておけばいいだろう。
「あちらの面々には特に口止めして無いから、漏れてるだろう。塔主は外部に喋らないよう緘口令を敷くとは言っていたが、内部で喋るなとは言ってない」
「……しかし襲撃犯は、知らなかった」
「そういうことだね」
襲撃犯には教えていなかっただけの可能性もあるが、そのへんは犯人に話してもらえば良いだろう。
それにしてもまあ、賑やかな話だ。
「お芝居の幕開け前から、ずいぶんと人気でらっしゃいます事」
デーリャ夫人がそう笑っていた。
「これでいくらかでも釣れればいいのですがね」
トマソンの渋面を見ないようにしながら答えると、わざとらしく溜息をつかれた。
「ところでデーリャ夫人、そちらで何か動きはありましたか」
「エガント商会が、顧客の乗り換えを計りましてよ」
デーリャ夫人は単刀直入に言った。
こういう時にまで言葉遊びをするような女性ではない。その辺の切り替えが出来るからこそ有能なのだが。
「ムンディ伯爵を切り始めましたか」
「ええ、こんどはウェンズィ伯夫人ポラナに接近し始めてましてよ」
「ウェンズィ伯というと、陸軍第7軍団所属でしたね。たしか、少将だったと記憶しております」
ヘスディル伯がデーリャ夫人の説明を補足した。
第7軍団はマランティ国境を含む山岳部を警備する部隊だ。
「軍が狙いか。ウェンズィ伯がどんな人物か知ってるかね?」
「現在たしか55歳で、謹厳実直なお人柄と伺っております。私生活では愛妻家ですとか」
すると、ハニートラップが効くような人物ではないのだろう。
「その夫人を狙って、意味があるのかい?」
トマソンが当然の疑問を口にした。
「ウェンズィ伯は夫人の意見で動く方ではありませんが、御家庭で話される事を盗み聞きするのは良い方法でしょうね」
と、ヘスディル伯。
「あとはポラナが誰とお付き合いしているか、ですわね。若い軍人の奥様方ともお付き合いがありましてよ?」
そう、今度はデーリャ夫人が補った。
「狙いはそこか」
「ポラナを流行の中心にすれば、ウェンズィ伯の部下の奥様方は見習いますからね。ポラナが魔石細工を取り入れれば、陸軍将校の御宅にも同じ細工物が入り込むという寸法ですわね」
「ずいぶん搦め手で来たな」
目立たないがそれなりに影響力のある人物を狙う、というのは方針としては正しいが、いささか嫌らしい方法ともいえるだろう。
「その件に関してポラナから、指示を仰ぎたい旨の伝言をうけておりますの」
デーリャ夫人の説明によると、どうやらそのポラナ夫人、商会の接触に警戒心を持ったらしい。
「ポラナも人並みに社交は嗜みますけれど、そう派手なほうではございませんし。そんな女性ですのに、あからさまではありませんけれど、商人が持ってくる物が変わったそうですの」
日本でも同じだが、上流階級婦人は自分で買い物に出かけたりしない。外商の担当者が家にやって来るものである。
そこで持ちこまれる品もステータスを示すそうで、高い品を持ちこまれるということは、それだけ相手に高く見られたという事でもあるらしい。
なんとも面倒くさい貴族趣味である。いやまあ上流階級すなわち貴族なんだが。
「高い物や派手な物が増えた?」
「ええ。しかも、二番目に高い物は必ずマランティ産だそうですわ」
一番高いものには手が出ないが、二番目のものは買える。そういう売り方をしてくるそうだ。
「武官の妻に敵国の物を勧めるとはな」
「一見すると判りにくい物だそうですわよ。ポラナの目が確かですから判りましたけど、そうと言われなければ判断できなくても無理は無いそうですわ」
なんとしても身につけさせたいのだろう。
「ウェンズィ伯の意見は、どうだろう」
「国と家とポラナ自身に害なさぬ限り、ポラナに任せるそうですわ。婦人の付き合いは、難しゅうございますからね」
「出来れば情報を引き出して欲しいが、夫人に危険が及ぶのは避けたいところだな。
あまり関わらず、エガント商会がポラナ夫人にまとわり付く時間を引き伸ばして貰えば十分だろう。いかがかな、ヘスディル伯?」
「そうしていただければ。御婦人をむやみに危険に晒すものでもございますまい」
「誰か、ポラナ夫人の傍に付けたら良いのじゃないかな。商人が訪れるときに立ち会える、小間使いのような身分で」
私の手元にその手の人材はいない。実はサエラがよこした家内使用人に諜報担当者が混じっているのだが、さすがに彼らに出てくれとは頼めない。
「それはこちらで手配いたしましょう」
そう応じたのは、ヘスディル伯だった。
「できればリーナと同じ程度にできる者が良いだろうね」
「……お気付きでしたか」
あれはサエラ本人ではなく、国務卿の指示だろう。そう読んでいたのを、ヘスディル伯はさりげなく肯定した。
「便利遣いさせて貰っているよ」
女中としても有能だし、言付ければ情報を運んでくれるし、使い方次第である。
「ポラナ夫人への連絡はデーリャ夫人、貴女におまかせします」
「畏まりました。ところでお気付きでして、魔導卿?」
「何が?」
「ずいぶんと、分かりやすくおなりでしてよ」
「というと」
「昔はもっと、回りくどい優しさを示してらっしゃいましたわ」
何の話か思い当たる節は全くなかったが、トマソンが頷いていた。
「まあそのへんは置いておくとして。あとは、どう釣り出すかだな」
「君が捕り物の裏で糸を引いている黒幕だ、という台本ならば、書けるけどね」
「では是非、その線で。女王陛下の面目を潰さなければいいんじゃないか?」
ヘスディル伯に目を向けながら言うと、苦笑気味にうなずいた。
「女王陛下の密命を受けて久々に立ち回る魔導卿、という線は変わらないのだけどね」
あまり乗り気ではない様子のトマソンだった。





