幕開け前から舞台は騒がしい
ガディス卿からの回答は2日で届き、トマソンは早々に新聞広告を打っていた。
王女の処分以降、なにかと新聞を賑わせていた事件をネタにした演劇である事もきっちり宣伝しているあたり、実に商魂たくましい。政府発表もある程度制限されているせいで、逆に人の関心を集めていたから、ここぞとばかりに飛びつかせる魂胆だ。
「で、さっそく襲撃か」
一回目のターゲットは私だった。
出かけた先で、馬車を降りたとたんに襲ってきた男が3人。高級店も並ぶ街並にいても目立たない、使用人のお仕着せのような服を着た男たちだった。
格闘はできないので、まず魔術障壁で跳ね飛ばし、男たちが石畳に倒れると同時に魔力弾で足を撃つ。
男たちの悲鳴に続いて、不幸にも近くにいた女性からけたたましい悲鳴が上がった。
「配下にも魔道具持たせてるなんて、聞いてねぇ……!」
不用意につぶやいた男に近づくと、痛みに顔をゆがめながらもこちらを睨みつけてきた。
「ほほう?誰を襲撃しろと言われたんだ」
「てめぇだよ、異端の犬だろうがよ……犬まで化け物か!」
「元気な奴だな」
ここでペラペラ喋られても困るが、これ以上何かすると、顔を知られていないアドバンテージを失いかねない。
相手は部下Aを襲ったつもりでいるのだから、それに合わせたほうが良いだろう。
ステッキを逆さに持ち替えて、握り部分で男の顎を殴っておく。接触の瞬間に術を行使したが、これなら脳震盪でのびたように見えるだろう。
一人の処理を終えて視線を移すと、もう一人は打ち所が悪かったのか気絶しており、もう一人は両腕と片足で這いずって逃げようとしているところだった。
這っている男に近寄り、一発を脇腹に叩き込む。これには魔術補助は付けなかった。
「さて、どうしたものかな」
警察があの体たらくであるから、捜査に全く期待できない。
とはいえ警官が駆けつけて来てしまった以上、引き渡さざるを得ない。現場の警官に非は無いのだし、真面目な警官とここでトラブルを起こしたところで、誰の利にもならないのは目に見えていた。
仕方ないので御者にメモを持たせて、家に戻らせる。ウルクス君とハウィル君からそれぞれ連絡してもらったほうが良いだろう。
「お怪我はありませんか」
自ら私を出迎えに出ていた店の主は、そう気遣ってくれた。
「ないよ、ありがとう。店の前で騒ぎになって、申し訳なかったね」
「卿のせいではございませんよ。さ、こちらへ」
一見すると客のほとんどいない店の奥へと通され、二階に上がると、黒幕連中はすでに到着していた。
「やあ、聞いていたより元気そうじゃないか」
立ち上がったのはトマソンで、相変わらず気障ったらしい伊達男ぶりだった。
どこかでイタリアの血でも混じってるんじゃないか、と思うようなところもあるが、これでイングランド人だというから謎である。
「どんな話を聞いてたんだか。君が好き放題に書き散らしてたのは知ってるけどね」
「好き放題とはひどい言葉もあったものだな。僕はもちろん、計算づくで書いてたんだよ」
「どこが違うんだ、それ」
「物語を引き立てるには、主人公の対となる存在感ある悪役がいないといけない。そんな悪役を創造するのに、気分だけで書いたりしないってことだ」
「ますます悪い」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
芝居がかった仕草で一礼したトマソンは、私と顔を見合わせると笑顔になった。
「もう普通の椅子で間に合うのだったね?掛けてくれたまえよ」
「ああ」
時には道化のように振舞う事もあるトマソンだが、実はかなり気配りするたちだ。今回も私に勧めた席は両隣の空間が少し広めにとってあり、杖を使っていてもどこにもぶつからないように配置されている。
なんとなく悪戯したくなったので、ステッキを(今日は身元がバレないようにこちらの物を使っていた)傍にいた使用人に預けて座ると、トマソンが目を丸くした。
「そこまで治せたのか。普通に歩けるのだね」
私が座ったり立ったりするのに苦労している姿を見られているから、トマソンもすぐに理解できたようだった。
社会風刺劇を得意とする作家が、モデルになった人間を観察していないはずもない。
「長い距離は自信がないな。とはいえ実のところ、杖はもう使うなと言われているんだよ」
「……我々は、卿に御苦労だけを強いていたのですね」
ぽつっと言ったのは、ヘスディル伯だった。
ガディス卿に近しい一人だが、表向きはたいした地位になく、遊軍として動く事も多い若手だ。特に今回のように、秘密裏に会合を持ったりする場合には代理を務める事もあり、つまりかなり信用されている。
「ん?どういう意味かな」
「我が国は、卿を始めとする皆様に害をなしたばかりであったかと。卿の母国では治せるような怪我すら、治療できないのですから」
「それでも働く年寄に感謝するんだね」
へこんでいるのだろうが、慰めてやれるようなことではない。バーランの先王が阿呆だったのは事実だし。
「そんなことより、情報交換が先だよ。トマソンに上手くやってもらわないといけないからね」
「難しい注文だよ、ケンジ」
トマソンも、ヘスディル伯に何も言わなかった。
「筋書きはいくらも弄れるけど、全てを知ってる悪役一人をつけ狙う気になる作品を書くのは、気が進まない」
「単純すぎるか、やっぱり」
作品がつまらなくなるのは、トマソンだって嫌だろう。そう思ったのだが、トマソンは首を横に振った。
「そうじゃない。基本構造が単純な物語は、意外に受けが良いんだ」
「じゃあ、問題にもならんだろ」
「問題は、囮になるのが君だということだよ」
「そこは気を遣わなくて良いよ、どこかの箱入りお嬢さんでもあるまいし」
預かっている若手官僚二名やスタッフに被害が及ぶのは困るが、私は戦争経験もある老兵である。敵を一撃で屠って良いなら、特に困る事は無い。
「君が戦える魔術師なのは知ってるけどね、君だって万能じゃないんだ」
「他の人間を狙われるより、マシだと思うんだがなあ」
「たいていの場合は、そうだけどね。相手は瀬戸際に立ってるんだよ、何をしてくるか判らないんだ」
「ますます、戦闘力のない人間を囮には使えないな」
「君がそこまでする問題なのか?」
そう来たか。
実際、魔石密輸を含む諸々はバーラン王国が解決すべき問題である。あくまでも異世界人である私がそこまで首を突っ込む義理は無いと忠告されても、無理のないところだろう。
「ジュリアの事があるからね」
「彼女はもう亡くなってるよ」
「知ってるよ。ただ、ファラルとその背後にいる者を放置するともう一人のジュリアを作る事になりかねない。だから誘き出す。この国でも犯罪を犯してる奴なんだから、遠慮なく狩ればいいさ」
「……そこは、変わらないんだね」
「変える気もないなあ」
召喚という名の拉致を試みる者を犯罪者として遠慮なく狩れるよう、お膳立ては整えてきたのだし。
「……君があくまでやると言うなら、止めはしないけどね。気をつけてくれよ」
「相変わらず心配性だな、お気遣いありがとうと言っておくよ。それに、実はもう襲撃された」
「え!?」
「ついさっきだけどね。ああそうだ、先方は私の顔を知らないようなんでね、役者は老け役を使ってくれ」
「そういう問題じゃあないだろう!?」
あいかわらず心配性のトマソンだった。
トマソン氏、実はかなりの世話焼き体質。
そういえば寺井のフルネームはここが初出ですね。漢字で書くと寺井健司です。