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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
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少しの昔話と、若手官僚の疑問

 日本での仕事が少し長引いたので、魔石細工の無害化処理は結局、予定通り魔術省と陸軍を中心に行う結果になった。

 ハウィル君はきっちりと記録を取りまとめていたが、どうやらずいぶん(にぎ)やかな事になっていたらしい。


「子犬の群れの方がまだ、大人しかったかもしれません」


 どこか(すす)けた様子で報告したハウィル君に、傍で聞いていたウルクス君が笑いをこらえていた。


「御苦労様。しかし君もきちんと(さば)いたようじゃないか?」

「ラギン一等官とラディク大尉がいなければ、どうなっていたことか」

「ああ、あの二人はクセが強いからな。何とかするだろうと思ったよ」


 魔術省の中堅と、陸軍魔術部隊の叩き上げ将校である2人の名前は、事前に把握していた。

 特にラギン一等官は、ハウィル君を推薦した官僚の一人でもある。伝統的魔術師を嫌う者も少なくない中、公平な評価を心がける態度が好ましい人物だ。当初は彼を私の補佐に付けるという案もあったが、より若手を教育したかった事と、なによりラギン自身の申し出で、ハウィル君が派遣されることになったのは余談である。


「クセが強い、ですか」

「ラギン一等官は君も知ってるだろう。ラディク大尉も、魔術兵から叩き上げて昇進した曲者だぞ」


 叩き上げ故にこれ以上の昇進は困難と見られている(今はなにしろ平時である)ラディク大尉だが、彼は新兵訓練中に魔術の適性が僅かにあると判断され、陸軍内部で訓練を受けただけであそこまで達した逸材だ。才能の点でも、実はかなりのものを持っている。


 サウードが密かに目を付けているのも無理はない。


「それは存じませんでした……ああ、だから昔の話もご存じだったのですね」

「昔話?」

「ラトルーガ戦役の話です。卿が負傷された時の」


 動乱期末、私が一発食らって醜態(しゅうたい)を晒した時の話だった。

 そりゃまあ、実戦部隊なら教訓として伝えられてておかしくはないが、よりによってそう来るとは。


「ああ、まあ、ラディク大尉なら知ってておかしくはないな。なんだ、そんな話もしたのか」

「はい。魔術部隊運用に大きな影響があったそうですね」

「影響があったと言うより、あれをきっかけに部隊運用が始まったと言うべきだな」


 バーラン王国の伝統的魔術師達は当時、単独行動を好んでいたのだが、彼らが見下していた平民魔術師を組織した敵魔術部隊に負け続けていた。

 とにかく火力さえあれば雑魚集団など初撃で(なぎ)(たお)せるはずだ、との哲学(ドクトリン)に基づいた行動の結果が連敗であり、尻拭いのために私が()り出された背景だ。


 考えてみれば判る話だが、そもそも普通の魔術師は一軍を一発で全滅させられるほどの火力はないし、敵が分散していたら一撃で倒す事自体が不可能である。魔術的大鑑巨砲主義とでも言うべきあの考え方は、伝統的魔術師達の軍事音痴(おんち)と、己の火力を把握できない客観性の無さと、夢と現実をごっちゃにしたお花畑メンタルを物語っているだけだ。


「ハウィル君、君ならラトルーガ戦役でどんな教訓を得られたと考える」


 ハウィル君も魔術戦は専門外だから、答えられなくても無理はない。


「思いつきません」


 そしてやはり、しばらく考えてから説明を求めてきた。


「どれだけ強くとも単独の敵なら、集団で根気良く叩いて体力を削れば勝ちようがある、だな」


 それを当時の軍上層部や貴族の大半が判って無かったために戦線が後退したのを思い出しながら言うと、ハウィル君もウルクス君も驚いたようだった。


「あの戦場にいた魔術師は私一人だった。私さえ倒してしまえば、魔術的援護は無くなるからな。敵は徹底的に削りに来たよ」


 ラトルーガ以前からの敵戦術にも関わらず、尻拭いのために配置された私までも単独だったのが問題になっただけである。


「しかし、卿を倒すと言いましても」


 ハウィル君は、声帯のコントロールがいささか怪しくなっていた。

 いちいち声をひきつらせるような事ではないのだが。


「私も人間だからね、飲まず食わず眠らずじゃいられないよ。一人で対応するには限界がある」


 対して敵が採った策は単純だった。

 3交代制での持続攻撃である。

 敵は交代で十分な休養が取れていたのに、私は一人きりで連続70時間ほど戦う羽目になったらしい。

 私がまともに魔術戦を続けられるのは、十分な食事と少しの仮眠があっても30時間程度。ろくに食事も仮眠もとれない状況ならこれは当然、もっと短くなる。それなのに補給の滞った状態で70時間連続の防御戦闘を強いられたというのだから、勝つほうが無理と言うものだろう。


 負傷したせいか、私自身は当時の事をまったく覚えていないが。


「ウィリアムズの騎兵隊が救援に来なかったら、歴史は変わっていたろうな」


 これまた聞いた話だが、私が一発食らった直後にトマス・ウィリアムズが部隊を率いて大胆に突っ込んできて、救出されたらしい。

 もちろん、騎兵隊にも被害は出している。

 軍事をIF(もしも)で語るべきではないが、もう少しまともな運用と補給体制があれば、被害は減っていたかもしれない。そう思うとあの一件は、せいぜい良く言っても、まったく良いところの無い話だった。


「ええと、卿、そんなこと(おっしゃ)られて(よろ)しいのですか」


 ウルクス君がいささか呆れたような口調になっていた。


「負けた私が言う分には問題ないだろう」

「いえ、あの、……魔導卿ほどの方が、と」

「別に死なないわけでも怪我しないわけでもないぞ?」

「はあ……御自分で認められると、すごく意外なんですが」


 ウルクス君がなにやら驚いていた。


「君達がどう思ってるか知らないけどな、私も普通の魔術師と大して変わらないんだが」

「……他の魔術師と、御自身を並べないで頂きたいものですが」


 これはハウィル君。


「魔力量が違うだけの話だろうに」


 水たまりと琵琶湖を比べるような話だとは判っているが、棚に上げることにする。


「はあ」


 2人で顔を見合わせて何か言いたそうな表情になっているが、昔話はこのへんで十分だろう。


「それより、現在の仕事の話に戻ろう。一個人の取引量としては明らかに異常だが、魔術官僚としてはあの兵器をどう見る」

「あれだけの量を一個人に売った者の意図に注意すべきだろう、とは考えております」


 瞬時に頭を切り替えて話についてこられるのは、この二人の良いところだろう。

 ハウィル君が考えながら答えるのを、ウルクス君も慎重な表情で聞いていた。


「と、いうと」

「ファラルは表向き、兵器商人ではありません。本職の商人であればあの分量も(さば)き切れたでしょうが、伝手(つて)が多少あるだけのぱっとしない貴族関係者に、あれだけの分量を捌けると普通考えるでしょうか」

「ふむ。一部宝飾品は上流階級に流す事を画策していたようだが」

「暴発時の危険性を考えると、まず少数の販売先を確保してから、販路を拡大するほうが理に(かな)っているのではないでしょうか」


 ちらっとウルクス君を見たところからすると、このへんは2人で先に詰めていたのだろう。


「合理的な考え方だな。しかしファラルはそうしてはいない」

「ファラルが異常なのはさておき、それをなぜ、売った側が気にしなかったのかは検討事項かと。魔石細工は、とりあえず金に変えられれば良いというものではございませんので」

「金が必要なだけなら、魔石を売れば十分ですし」


 ウルクス君が補足した。


「魔石の値段も計算したのかな」

「はい。人口5万人程度の地方都市でしたら、年間予算を賄えます」


 かなり上質で出力も高い石だから、そりゃあ値も張るのは当然である。


「ファラルの財源も追う必要がありそうです」

「ムンディ伯爵一人じゃなさそうだ、という理解で良いか?」


 2人そろって肯定の返事を返してきた。

若手2名、順調に成長中。

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