嵐の気配
相変わらず無駄に魔力を垂れ流す効率悪い方法と、ただ目の前にある仕事を無計画に片付けていく非能率的な作業になど、付き合ってられるものではない。
こちらにホワイトボードは無いので黒板を持って来させ、まずは処理の必要なものを分類していく。
作業計画を立てる事に慣れていない一部からは当然、処理計画を立てる時間は無駄だ、という声が上がった。
「なるほど。それでは聞くが、君達が見積もっている必要時間はどれだけだ」
「これほどの分量ですから、やってみなければ判りません」
「話にならん」
場当たり的に目の前の作業をこなしていくだけでは、終わりが見えない。
そんなダラダラ仕事に付き合わされるのは御免である。
「まあそれでも自分の方法が正しいと言い張るなら、リストの1枚目を君が処理しろ。2枚目と3枚目はこちらで処理させる」
なにやらプライドだけは高そうな数名が、該当品目の入った箱を持って、別室に移って行った。
たいした魔力はないようだから、少なく見積もっても三日はかかりそうなのだが、まあ自業自得という奴だろう。
「よろしいのですか、魔導卿」
心配そうに尋ねたのは、魔術省の一等官だった。
「何がかね」
「あの者達が持ち出したものは、扱いを間違えるとこの建物に居るもの全員に害が及びます」
「私が先に二重不動化したものばかりだ、心配は要らない」
魔石から回路への接続を遮断し、回路そのものにも手を加えている。物理的に破壊していないから無害化とまでは呼べないが、本質的には陸軍の魔術士官が言っていた方法と変わりがない。
それも当然の話で、陸軍方式のオリジナルは私が動乱期に使ったものである。
なにしろ戦争の最中だったし、魔力を見せびらかす一部魔術師達のように悠長な真似はしていられなかったから、手早く不動化する方式を考え広めたのが始まりだった。
「安全な部屋の中で、無駄な魔力自慢をしながら効率の悪い事をやっていたのだと、そう自覚してくれるなら今後のために良いだろう?」
一度分担させた以上、泣きが入ってもあれだけはやらせれば良い。それが責任というものだ。
「今は戦争中でもないし前線に居るわけでもない。駄々をこねる子供の躾をする時間はたっぷりあるさ」
それより問題なのは私がダブルワーク状態で、そうヒマでもないと言う事だ。
「ああ、そうでしたね、閣下は前線にもおられたのでしたか」
「ずいぶん昔の話だから、忘れている者も多いようだがね」
古臭い不動化法をドヤ顔で展示してみせた魔術師を見ながら言ってやると、きまり悪そうに視線をそらされた。
「素早く確実に、魔力を温存しながら作業する練習をしておくのは、平時にも役に立つ。さて、準備しようか」
無駄話をしている時間もないので、追い立てることにした。
※※※※※※※※※※
無害化対象物の付与番号を確認し、機能別に分類して処分法ごとにまとめ担当者を決めるという一連の作業は、1時間足らずで終了した。
「必要な情報が事前にリスト化されていたから、速かったな」
このリスト化作業はハウィル君が主導したらしい。後作業の効率を考えた、良い仕事ができていた。
「ありがとうございます。しかし宜しかったのですか」
「何が?」
「卿の手まで煩わせてしまいますが」
「この場にいる以上、使えば良いだろう。私も魔術師だぞ」
限りなく魔工技師に近い気はするが。
「それより、記録係が大変だな」
ハウィル君を含む数名は、作業記録係にあてた。
特に作業が早く正確なハウィル君は私付きにしてある。
今後もいちいち私が出張るのが面倒くさいから、今回の記録をとって貰って、あとは各省庁に持ち帰って貰うための措置だ。作業グループには必ず魔術士官を混ぜ所属機関の偏りを極力避けたのも、ノウハウの共有が目的である。
喧嘩するようなら、私が仲裁すれば良い。
ハウィル君が十分記録できるよう、いつもより時間をかけて自分の担当分を処理しながら、時折出てくる質問に答え、案の定起こった口論が掴みあいに発展しそうになったのを止め、魔術論議を始めようとしたグループにはとりあえず疑問点を書き出しておくように指示し、そうこうしているうちに昼になった。
昼休みはきちんと取るのも仕事のうち、と説得して引きはがす必要のある者もいたが、まあ魔術官僚でも技官寄りの連中だから仕方がない。
「見積よりも、作業の進んだ班がありますね」
進捗状況を確認したハウィル君が、そんな事を言っていた。
「ああ、コツさえ掴めば難しいものではないからね。あらかじめ不動化していなければ、手間はかかっただろうが」
見栄さえ張らなければ、省力化は十分可能である。
「比較的、消耗も少ないようです。これなら午後も作業可能かと」
たしかに旧来法なら、半日で息が上がる者も出るだろう。魔力を見せびらかしながら力尽くで魔石を制御しようとするから、無駄に疲れるのも当然である。
とはいえ、合理化しても限度はある。あまり無理させるものでもない。
「定時には切り上げるぞ」
「承知いたしました」
「ところでハウィル君、昼はどうするんだ?持って来ていないようだが」
私は昼食を届けさせているから問題ないが、実はこの庁舎、近くにまともな食事を摂れる場所がない。
たいていの者は持参した弁当(といってもパンとチーズくらいだろう、多分)か配達される昼食に職場で用意されるお茶で済ませるのが、多くの官僚がいつもやっていることだ。
「ああ、その、今朝は忙しかったものですから手配しておりません。抜いても差し支えありませんし」
遠慮するのも判るが、ハウィル君は朝からずっと、魔力探知を使い続けていた。魔術的に正確な記録を取るために必要な事だが、あれはかなり消耗する。
「夕方までにバテるぞ。分けてやるから食べていけ」
「は、しかし」
「足りるんだろう?」
昼食を持ってきた侍従に聞くと、はいと回答があった。
留守の時に家の管理をしてくれている管理人夫妻、私がこちらに居る今は家令と女中頭を務めている2人だが、彼らがどうも心配症でいつも多めに昼食を寄越されるのが常だ。
2人とも、動乱期末には私の部下として前線に立っていたから、魔術を使う時の私の燃費の悪さを良く覚えているらしい。
さすがにもう、倒れるような無様は晒さないと言っているのに、一向に信用して貰えない。前線での事件がよほどトラウマになったらしいが、そろそろ忘れて欲しいものである。
「旦那様の必要に合わせてございますので」
つまり、大量に用意してあると言う意味である。
「じゃあ十分以上にあるな。用意してくれ」
この際だからハウィル君の反論は聞かない事にした。
彼も要の人材である以上、空腹ごときでパフォーマンスを落とされては困る。
魔術師にとって食卓に招かれるのは大きな意味があるのだが、敵意は無いと示して問題ない相手でもあるし、そこも無視だ。
そもそもサンドイッチと紅茶の昼食で、畏まる必要はまるでない。少なくとも私にとっては、フライドポテトサンドとハムサンドでは気取る気にさえならないというものだ。
「卿は、お国でもこのような食事を?」
遠慮がちにサンドイッチをつまみながら、ハウィル君がそんな事を聞いてきた。
「いいや、これはトマソンの母国のものだよ。こちらではなかなか、私の国の料理は作りにくいようでね」
こちらで主食になっているのは小麦を始めとする数種類の麦、蕎麦、あとはジャガイモに似た芋だ。
そこにわざわざチップバティなんてメニューを持ち込んだトマソンはもちろん、イギリス的味覚の持ち主である。スパゲティ缶(中身は当然、グダグダに伸びている)で作るスパゲティサンドが懐かしい、なんて抜かしてたから、いずれ土産に持って来てやった方が良いんだろう。多分。
ちなみに、私もあれは食べる気がしない。
「すると帰国されるまで、苦労なさったのでは」
「私はそうでもないな。食べられれば何でもいいと思っていたよ」
少なくとも、チップバティに文句を言わない程度には。
「そもそもあちらとこちらでは、農作物の種類も収穫量も異なる。食物が同じであることを望むだけ、無駄というものだね」
「そんなものでしょうか」
「そんなものだよ。それに、食物が我々の体に合わない可能性も十分にあった。食べられるものがあるだけ幸運だな」
なにしろ異世界だ、下手したら消化吸収できないものばかりで飢え死にしていた可能性だってある。
実際にこちらの人間が食べるもので、私達が食べられない発酵調味料もあるし。ちなみに見た目も味もマーマイトそっくりなので、今は帰国したオーストラリア人のアラン・ジョーンズが悔しがっていたのは余談だ。
そんな事を話しながらハウィル君がチップバティを片付け終った頃、ドアが控えめにノックされた。
侍従が対応しようとするのを手真似で止め、声をかけると、陸軍のラディク大尉だった。
質問があれば昼食時間でも来いと言ってあるから、何か聞きたい事でもあるのだろう。そして案の定、ラディク大尉は着座するなり、メモ用紙を一枚差しだしてきた。
「先ほど、我々で議論していた事なのですが」
メモに書いてあるのは、押収した機材を運用した作戦案だった。
「ふむ。輸出先が単一であれば、可能な話だな。通常兵力はどの程度を見積もっている?」
「マランティ通常軍、五個連隊です」
「ああ、なるほど。山岳部隊ではなく?」
侵攻を企てるなら、可能な場所は限られて来る。
通常軍のみで行動できる場所は三箇所、それ以外は山岳部隊か海軍の出番になる。
「この場で具体的に議論するのは好ましくないと、そう判断いたしました」
慎重で結構。
「陸軍に情報を持ち返って検討してくれ」
「よろしいのですか」
「私はファラルの処分以外に権限を持たない」
軍の為すべき事は軍がやれば良い。
そう説明すると、ラディク大尉は頷き、退出して行った。
フライドポテト・サンド(チップ・バティ)や缶詰スパゲティ・サンド(パスタ・バティ)といった、炭水化物+炭水化物メニューは実在のものです。ただしスコットランドにいた筆者は幸いにして、お目にかかった事がありません(伸び切ったスパゲティが出てくるスパゲティ缶は食べたことありますが)。
マーマイト文化圏ですと、マーマイトを塗ってポテトチップを挟むクリスプ・サンドというものもあるそうですが、これまた筆者は未経験です。