異端の魔術師(陸軍士官視点)
前話も同時公開しています。
タイトルの割にまったりした話が続いてます
「仰々しい挨拶は抜きだ、諸君」
入って来た魔導卿は、立ち上がった一同に向かって開口一番、そう言った。
「掛けてくれ。用件はタカハシ書記官から聞いてはいるが」
40手前といった見かけにふさわしい、張りのある声だった。
仕立ては良いがごくありふれた衣服に身を包んだ魔導卿は、そうと言われなければ南方の貴人と勘違いするだろう。バーランの貴族よりはやや低いが見劣りしない身長も、浅黒い肌と彫の深い面立ちも、小柄で色白なタカハシ書記官と同郷とは思えなかった。
「いったい、どれだけ出てきたんだ」
「こちらが当該品の一覧です」
たった3枚の紙だが、そこに書き連ねられた物品の推定価格を合算すると、陸軍の年間予算並になる。
それだけのものを買い付ける財力もさておき、それだけの魔石細工を屋敷に置いておく神経が判らなかった。
「朱で印をつけたものが、無害化の必要な物品となります」
魔術省担当官の説明を聞いて、魔導卿の眉根に皺が寄った。
「こうして見ると、あらためてファラルの正気を疑うべきだな」
老練な魔術師だけあって他の者達のように絶句したりはしなかったが、それでも呆れている様子は隠せていなかった。
「これらは一般的に、どういう扱いをするのかな」
「使用直前まで起動せず保管するのが基本です」
「不動化では間に合わない?」
純粋に疑問に思っているのだろう。質問された魔術省の魔術師が、僅かに顔をひきつらせていた。
「持続的に不動化するなら、魔術師2~3人が必要です。不動化維持に人手を要しますので、完全停止させる必要があると判断しました」
「魔力量の問題かね」
「はい、主には」
現在問題になっている物品は全て、魔導卿が押収現場で不動化したものだ。
見る間に片付けていったから一般官僚には判らなかっただろうが、ここにいるのは全員、魔術官僚か陸軍の魔術将校だ。自分達の常識では考えられない速さで手際よく片付けられていく様を見て、驚愕しなかった者はいない。
「ふむ。効率の問題かな、まずは君達のやり方を説明してくれ」
「ごく一般的なやり方です。魔力で魔石細工を覆います。無害化の場合はその後、魔石を外していく事になります」
魔術省担当官の説明は、古典的な方法だった。
魔石を十分な量の魔力で抑え込む、ある程度の魔力を持つ魔術師たちでなければできない方法であり、これができる魔力を持つからこそ魔術師を名乗れるとも言われている。
「なるほど、それは人手が必要だな。陸軍ではどうしてる」
「細工の種類に寄ります」
魔術士官の数も少ないため、どうしても効率よく始末する必要がある。人手を要する正統な手法ではなく、魔術回路に合わせた姑息な方法を取らざるを得ないのが、陸軍の実情だった。
「では、例えばこれならどうするね」
無造作に差し出された魔石細工に、魔術官僚の顔がこわばっていた。
「そうですね、これは魔力砲撃用ですから、まず魔力弾生成回路のこの部分に傷を入れます。その後、魔力増幅回路のここを破綻させて無害化します」
「魔石はどうするね」
「この、下部にある金線を切れば良いのではないかと愚考いたします。これらの処理では魔石を損なうことはありませんから、後日、回路を修復すれば使用可能です」
魔術士官と名乗っている連中、あれは魔術師ではない。そう揶揄される理由は、このやり方にあった。
魔力を極力温存し、最小の魔力で対応するのが陸軍のやり方だ。今回のように魔力をほぼ使わないことも珍しくは無い。
そんなものは、当代一の魔術師である魔道卿の前で披露するようなものではない。それを理解している魔術官僚からも、小さく嘲笑が上がった。
しかし
「そのほうが合理的だろうな」
と、魔道卿は思わぬ答を返してきた。
「邪道とされておりますが」
「君は魔術を扱う者であるよりも先に陸軍軍人だ、目的さえ果たせれば魔術に拘る必要は無い」
魔石細工を手元に引き寄せながら、魔導卿は無造作に言い、それからテーブルに用意されていた鏨と金鎚をとりあげた。
「ただし君の方法について一つ言うなら、先に金線を切断したほうが良い。回路への魔力供給が不安定化するから、暴発リスクが減らせる」
「しかし、道具を破損する可能性が」
「そうだな、魔石から魔力が逆流して負傷する恐れがある。そこは少し工夫が必要でね」
無造作に鏨をあてがって金鎚で軽く叩いただけに見えたが、金でできた魔力導線が切断された瞬間、鏨を覆う魔力が感じ取れた。
「今は全員に見えるよう、少し余計に道具を被覆している。実際にはもう少し、少ない力を使えば間に合う」
魔力を減らせば恐ろしく繊細な操作になるが、漏れてくる程度のものであれば、古参魔術兵には出来ることだった。
「あとは魔力も要らないだろう」
魔石を切り離してしまえば、ただの細工物だ。
残る回路に無造作に最小限の傷を入れた魔石細工を手渡された魔術官僚が、どこか遠くを見るような視線になっていた。
「このとおり、何も魔術に拘る必要は無い。さて、処理すべき数も多いことだし、古典的手法は忘れるとしよう」
痛烈な皮肉だったが、魔道卿はその自覚もないように見えた。
「これだけの数だ、まずはきちんとした作業計画が要るな。作業開始前に、処理方法別に分類しよう。ああ、誰か黒板を用意してくれ」
「魔術講義ですか」
「まさかそんなものは不要だろう。計画立案をした事はないのか?」
悪気はないようでいかにも不思議そうに尋ねる魔導卿に、魔術士官が苦笑し、質問した魔術官僚が口をへの字に結んで黙り込んだ。