その発想はなかった。
その場で処分できなかったのは残念な限りだが、別件の捜査の事まで考えれば、妥当な事ではあるだろう。
ただし、ファラルがまともに尋問できる人間だったなら、だが。
「話が通じない?」
「はあ。その、何を言っているのかがさっぱり判りませんで……」
困惑顔の担当者は、関税局の中堅だった。
「知らない言語を話している、という事で良いのかね」
「いえ、その、話しているのはランド語なんですが……」
ランド語はバーラン王国を含む一帯で使用されている言語で、今私が話しているのも正統ランド語である。
覚えるのはまあまあ難しかったが、大学の教養課程でとったロシア語よりはマシだった。
「方言でも喋るのか?」
同語族のアルラ語とごちゃまぜになった東ランド語だったら、判りにくさで定評がある。それ以外はそう難しくない。
「西ランド語ではあるんですが、その……」
「どんな表現でも構わないぞ」
ためらっているので、促した。
「は、ありがとうございます。ええと、その、狂人としか思えない話を繰り返しておりまして」
「調書はあるかね」
「こちらに」
恐縮の体で差し出してきたが、中身が混乱を極めていたところで、担当者の責任ではないだろう。
そしてざっと読む限り、たしかにこれは支離滅裂以外に表現できない内容だった。
「あのぅ、魔導卿」
「何かな」
「ファラルの母親は、亡くなっているんですよね?」
「ああ。私達が看取ったよ」
子どもの顔など見たくもない、家に帰りたい、そう言いながら23歳で亡くなった。
被害者の中では比較的まともな死に方だった、というのは何の慰めにもならない。
「ファラルは母親が生きてると思ってるようなのですが……」
「そうでもないような話もしてるな。さっぱりわけが判らん」
母親の死を認識はしているようだが、一方で『異世界にいる母上を取り戻す』などという発言もある。
どうにも理解不能だ。
「召喚術の目的が婦女誘拐である事は判りますが、しかしその……」
「母上を取り戻す、母上になってくれるはずの少女が異世界にいるはず……というのはどうにも意味不明だな」
どうも既視感を感じる言い草だが、狂ってるとしか評しようが無い。
「既に死んだ母親にこれほど拘るのに、死霊術じゃないあたりも良く判りませんね」
こちらでも、死者の復活は昔から夢見られている事の一つだ。
ちなみに成功例はゼロである。もっともらしい降霊術は時々流行るが、化けの皮を剥がれた詐欺師が逐電して流行が終わるのが常だ。
「まったくだ。死霊術でも研究するかと思ったら、いきなり少女誘拐に血道を上げるとは」
「狂人を理解できるのは狂人だけ、とも言いますよ、卿」
同じ報告書に目を通したのだろうハウィル君が、コメントした。
「ハウィル君はそれをどう思う」
「理解不能です。母親への異常な拘りは感じますが、それがなぜ別の少女を誘拐する事につながるのか、理解できません」
「まあそうだよなあ」
まったく理解できないのは皆同じか。
「それで、魔石細工については何か判ったかな。差し支え無ければ伺いたいが」
狂人の思考を追っても益は無いので、話を変えた。
「密輸されていたのは主に兵器です」
「装飾品に偽装していたあれは?」
「盗聴装置でした。卿のおっしゃる音声型です」
「なるほど、妥当な線だな」
上流階級家庭に盗聴マイクをしかけるため、だったようだ。
もちろんそんな概念はこちらに無いので、先発レポートの中で紹介しておいた。
「貴婦人の会話も拾えるわけか」
「それだけで、どの程度有益かは判りませんが。使用人の方がよほど物を見ていますので」
捜査官らしい物言いだった。
====================
ジュリアの事もあったから、ファラルの一件については大島さんにも連絡している。
そして意味不明のファラルの行動について説明すると、
『ああ、逆シャアの意味不明なアレと同じだな』
大島さんはあっさりと、何かあたりを付けたようだった。
「は?」
『ああ、君らファーストガンダム世代じゃ無いもんなあ』
「はい?」
さっぱりわけが判らん。
という私と高橋の顔に書いてある感想を読んだのだろう、大島さんが笑っていた。
『昔のアニメの中で、似たような事を言ってるキャラがいたんだよ。
元部下で恋人だった女性キャラについて、いい年のオッサンに「彼女は私の母になってくれるはずの人だった」というセリフをいわせててな。せっかく連れて行ってやった妹が、気持ち悪いとかなり怒ってたんで、覚えてるんだよ』
なお、私も高橋も見ていないアニメだった。どうやら劇場版らしいのだが、あいにく知らない。
「どゆこと?」
高橋はまだ首をかしげていた。
私の方を見られても、私も理解不能である。というわけで大島さんに丸投げした。
『うーん、私も良く判らないけどね。年下の女性に母性を感じて甘えたい、母親代わりにしたい、てとこじゃないのか』
「で、それをファラルもやろうとしたと?」
『母親がわりになってくれる女性が、異世界にいるはず。母親が誘拐された時の年齢と同じ年頃の少女なら、母親と同じ行動をとってくれるはず……と考えた、とでも解釈すると説明が付くんじゃないかな。
年下の女性と限定して来るのは多分、逆らわないと思ってるからだろうな』
「わけわからん……」
「右に同じ」
左に座っている高橋も、私同様に首を横に振っていた。
ちなみに高橋の奥さん、ティファちゃんは約40歳年下である。年の差があれば逆らわないどころか、しっかり高橋を尻に敷いているのが現実だ。
常に意のままにするなど、暴力で支配しているのでもないかぎり、実現不可能だろう。
そして暴力で支配すれば当然、怯えた顔しか見せまい。そんな相手にどうやって『母親の代わりに甘え』られるのか、まったくもって理解不能だ。
『言っとくけどな、私だって理解してないからな?』
「理解してたらドン引きしますよ」
今後の付き合いを考えなおすレベルである。
『君達もまともなようで安心したよ。それで寺井君、ジュリアの息子としてはどう扱う予定だ』
「どうもこうも、ファラルは加害者ですよ。いつも通りです」
『安心したよ』
「ご心配なく。被害者連絡会の方針を変えるような真似はしません」
まず被害者の救済。次に加害者の処罰。それが連絡会の方針だ。
「加害者相手に、手を緩める事はありえませんよ」
『寺井君が優先順位を間違えるとは思ってないけどね』
「そこは信用してもらって大丈夫です」
大島さんの推測が正しいかどうかはさておき、なんだか疲れる話だった。
そもそもこちらとしては、加害者の動機を斟酌する必要もない。
行動原理が意味不明では、影響範囲の見積もりを誤る可能性があるから、確認したかっただけの話だ。
『そうなると、協力した魔術師が何を考えていたのかも気になるところだな』
「禁術に手を出したかった、金が欲しかった、師に意趣返ししたかった……等があがってきてますね」
一番問題になる動機はやはり、金だった。
『金に困ってるわけか』
「伝統的魔術師の地位が、相対的に低下してますからね」
もはや魔術も、家庭教育でちまちまと教え応用していく時代ではない。
魔石細工の兵器応用で判る通り、もう魔術師自らが前線に出て活躍する時代は過去のものになりつつある。
「それに今時、有能な子は学校に行っちゃうからね」
高橋が横からコメントした。
『そうなのか』
「そうなんです。私学であっても学校制度を利用したほうが安いし、師匠との兼ね合いに悩まなくて済みますし、身分や家格といった問題に振り回されにくくもなります。中産階級の子弟なら魔導師よりも学校を選びますよ。適性が無かった場合にも、潰しが効きますし」
さすがに官僚を続けているだけあって、私よりも良く把握していた。
「上流階級は?」
「別に魔術師にならなくても食っていける」
「そりゃそうか」
伝統ある一部を除いては、魔術師そのものも次第に、学校教育を受けた層にとって代わられていくのだろう。
「ついでに言うと、お金の事を考えるなら魔術師じゃなくて、魔工技師になるのが一番だよ」
「へえ、それはまたなんで」
「寺井がどうやって資産家になったか、思い出せばわかるでしょ」
なるほど納得。
「というわけで、伝統的魔術師ってどんどん出番が減ってますから、末端は金に困るのもいるんですよ」
『時代の流れではあるだろうな』
「そうなんですけどね」
下手に実行力は持ってたりするのが厄介で、と高橋はぼやいた。
アラフィフおっさんにとってファーストガンダムはある程度の基礎知識ですが、30代の人にはもう判らない話です。
大島と寺井・高橋では世代が違うので、アニメねたに対する反応も違います。
ちなみに大島の言ってる『逆シャア』は『逆襲のシャア』のこと(1988年3月松竹系で公開)。
大島妹の反応は、私の姉が劇場版公開当時に見せた反応そのままです。判り易く書くなら「シャアがキモい!」と怒ってましたね(当時は「キモい」という言葉が一般的では無かったのですが)