掌(たなごころ)の道化(ガディス卿視点)
たいへん短いです。
「護衛交代か」
かちゃりと小さな音を立ててカップを下ろした魔導卿は、口元に僅かな笑みを浮かべた。
以前の、感情と言う感情を全て削ぎ落したような無表情も迫力があったが、完全に感情を支配した今の笑みも迫力に満ちている。目元はあいかわらず無表情のままで読みとれないから、尚更だ。
「それを言いだしたのは、誰だ?」
「私の命令だとはお考えになりませんか」
「無理だな。君はそれなりに合理的な人間だ」
評価されているはずなのだが、まったく嬉しくない。
「今更、近衛を私に付けるという案は明らかに愚策だからな。今の護衛の能力は十分だし、彼らの身分にも問題は無い。それをわざわざ、本来なら王族の警護任務に就くべしと定められている近衛に置き換えるのは、無理がすぎる」
「やはり、そう思われますか」
「君が面倒を増やしたがるとは思えんよ、ガディス卿」
そう、この案はあまりにも無茶が過ぎた。
王族または国賓の護衛が近衛の本来任務である以上、異世界人であるとはいえ国内貴族として体裁を整えた立場の魔導卿につけるのは、任務の範囲を明らかに逸脱する。特命とするにしても条件が揃っておらず、つまり誰かが横車を押さない限り、魔導卿に近衛の護衛が付く事は無い。
「トーン君だろう?」
第三王子の名をあげられ、ガディス卿は溜息をついた。
「お見通しでしたか……」
「君が断りきれない立場にいる者が誰かと考えれば、近衛師団長と近しいトーン君が最有力候補だからな」
しかも問題を起こした元王女の父親だから、含むところがあってもおかしくない。
そう淡々と続けた魔導卿に、ガディス卿は二度目の溜息を禁じえなかった。
第三王子が何をしでかそうが、この方の掌の上と言う事だ。役者が違いすぎる。
「狙いはどうお考えになります?」
「暗殺あたりじゃないのかな」
そうあっさりと言ってからもう一度カップを取り上げ、魔導卿は何事も無いようにお茶を味わっていた。
「……驚かれないのですね」
ガディス卿自身、狙いはおそらくそこだろうと考えていた。
捕りものの混乱の中であれば、いかな魔導卿でも背後に用心はしきれない。魔導卿を暗殺し、今回の事件をうやむやにしたいのだろうとは、見当が付いていた。
今更そんな事をしても何も覆らないのだ、という事実はむろん、証拠隠滅を図る恐れがあるトーン王子には知らされていない。
「サエラ女王の即位後にも何度かあったことだ、むしろ懐かしいくらいだな」
そう言えば魔導卿も、女王の味方を古典的手段で排除しようと試みた者たちを、何度も退けてきた古強者の一人だった。
「今の近衛は信用ならんと怒っていた、とでも伝えるのだね」
「……お手数をおかけして、誠に申し訳ありません」
「私が断った、という体裁が必要なのだろう?」
「誠に面目ないことですが」
「相手は仮にも王族だ、仕方ない。トーン君は王族である以外に取り柄の無い子だと記憶していたが、大人になっても変わらなかったな」
淡々とした口調だが、中身はずいぶんな酷評だった。
「トーン君に出しゃばられると、邪魔だな」
「女王陛下も、懸念しておられました」
「ご配慮いただける、と思って良いのかな」
「トーン殿下につきましては、相応の対応をするとのお言葉です」
もはや放置できる段階は過ぎ、排除を考えなくてはならないところまで来ている。
遠回しな表現に、
「ふむ。今回の件で、貸しが増えたと伝えてくれ」
魔導卿は相変わらず、冷淡な態度を崩さなかった。
短すぎるので、次話は明日中に投稿します。