見てるだけ。の規模が違った件。(ガディス卿視点)
諸般の事情で更新予定が1週間ずれました、すみません。
密輸事件や汚職事件にまで、魔導卿の捜査権は及ばない。
それを当然の事とみなし、他の捜査機関を動かせとばかりに情報を流してくる魔導卿のおかげで、ガディス卿は今日もいささか頭が痛かった。
いや、頭痛の原因は魔導卿ではないが。
「情報収集は全てやらせて手柄は横取りしたいが、私が相手では横暴も出来ず……というわけか」
そして横取りできないとなると、とたんにやる気が無くなったらしい。
「なんとも正直なことだ」
魔導卿が皮肉気に笑うのに、警察長官が顔色を失っていた。
「私がガディス卿に情報を提供してから、一月経っているぞ。君は昼寝でもしていたのかね」
「は、いえ、私には報告がなく」
「君の組織のいかなる欠点であれ、私に知らせる必要は無い」
言い訳しようとした警察長官を、魔導卿はそっけなく遮った。
「私が必要とするのは、私の情報を無駄にせず得た結果だけだ。手をこまねいて犯人に証拠隠滅や逃亡の隙を与えるのは、私の好むところではない」
さすがに怒らせたことは理解したのだろう、長官はしどろもどろの答えを繰り返し、這々の体で退去していった。
「予想されていた結果ではあるな」
退出する長官を見送ったあと、魔導卿は淡々とそう言った。
「予想通り、ですか」
「今の警察に捜査能力はないだろう」
ガディス卿も期待はしていなかったが、国務卿という立場上、はいそうですとは言えない。とはいえ否定する事もできずにいると、魔導卿は薄く笑った。
以前の陰鬱な狂気は感じないが、相変わらずの威圧感だった。
「今回もどうせ、こちらで全てお膳立てするのを待っていたわけだろう?」
「まことに申し訳ございません」
警察は最後の最後で割り込んで、事件を解決したと華々しく宣伝したかったのだろうとは、ガディス卿も想像がついていた。
まさかここまで何もせず、魔導卿がエサをくれるのを待っているだけとは思わなかったが。合同捜査の申し出すらせず、魔道卿に付けた若手に調査結果を寄越せとだけ言い続けていたそうだから、やる気はもちろん存在しない。
「今後の指導に期待しておこう。必要なら、大島さんも手を貸してくれるそうだ」
「……ショウ師がそんな事を」
「喜ぶといい、本格的に叩き直して貰える」
にやりとした魔導卿が冷めかけた珈琲に手を伸ばしたので、ガディス卿はそれをとどめると、侍従に合図して新しい珈琲を淹れさせた。
以前なら、この気遣いはそっけなく断られていたところだろう。飲食にさほどの手間をかける人では無い。
いや、こんな風に悪戯めいて笑う事などありえなかったか。魔導卿は感情をどこかに置き忘れてきたような無表情が常で、たまに浮かべる笑みはわずかな冷笑であり、深淵を思わせる黒瞳に湛えられていたのはあくまで冷静な虚無と狂気だけだった。
タカハシ書記官から聞いてはいたが、やはり帰国して怪我を治せた事が良かったのだろう。
まさかあの魔導卿に、それほどの人間味があったこと自体が驚きだが。
「戯言はさておき、警察はあてにならないと判り切っていたからな。驚くようなことじゃない。それに王宮内の事件にはどのみち、関わらせていないのだろう」
「はい。王族の関わる問題でもございましたので、特別査問委員会で扱っております」
今回の召喚に直接関与した元王女はもちろん王族だったし、王女を妻にしているガディス卿も王族に準じた扱いを受けている。襲撃を受ければ当然、相応の扱いとなるわけだ。
もっとも特別査問委員会は元王女ではなく、どちらかといえばガディス卿襲撃事件に重点を置いている。元王女については召喚術使用の一件があるから、査問委員会としては魔導卿の報復権を優先させておきたいのが本音だった。
「卿の襲撃事件と召喚術の件に関連があるかどうか、それは判ったのかね」
「不明のままです。ご指摘の通り、無関係であることも考えて事にあたるよう指示しております」
魔導卿に面会したその時に襲撃を受けたわけだが、ガディス卿とて国務卿である以上、要らぬところで恨みを買っている事は多々ある。
たまたま魔導卿と居るところを狙われただけで、魔導卿の存在が無関係である事も考慮しなくてはならないだろう。そう指摘したのは、魔導卿その人だった。
指摘が無ければ、ただ魔導卿を狙った者がいると考えていただろう。魔導卿は『たまたまそこにいた』端役程度の人物ではあり得ないのだし、軽い扱いをする事など誰も考えもしなかったのが、正直なところだった。
「有る程度の状況が判明したら、教えてくれ。こちらの事件と関連があれば協同が必要になるだろう」
「かしこまりました。しかし、よろしいのですか」
「何が?」
「卿ならば、我々の手など借りずとも動けるのではありませんか」
「犯人を処分するだけなら、今すぐにでもできるな」
平然と言ってのける様子はやはり、以前と変わらぬ魔人そのものだった。
「しかし、それでは他の諸々の捜査を妨害しかねないのではないかね」
「はい。各部で調査中ですので」
魔石細工にからんだエガント商会の件は、特に用心が必要だ。
これは現在、魔術省特別捜査班と税関が捜査を進めている。魔導卿がファラルを処分しては困るとの意見は聞いているが、しかし魔導卿に申し出をする勇気は無いらしい。
機嫌を損ねて魔術省ごと吹き飛ばされては、などと心配する声も上がっているが、それを笑う気はガディス卿には無かった。
魔導卿が少しその気になれば、魔術省どころか城ごと吹き飛ばされるのは判っているのだから。
「引き続き、ファラルはこちらで監視しておこう。ただし干渉は出来ないぞ」
「よろしければ、監視手段を伺っても?」
誰か手先の者をつけているなら、協力者を送り込んでも良いだろう。
「ああ。上空から追跡している」
「上空?」
「衛星軌道……かなり高い場所に、装置を飛ばした。機能試験を兼ねてファラルを追跡させている」
なんという風でも無く言ってのけ、魔導卿は珈琲を口にした。
「は、その……それは」
「私の世界では既存の技術だよ。地表の全てを監視するための装置だ」
魔導卿がカップを下ろす微かな音が、大きく響いたように思われた。
「その他に、従来型の魔術監視メッシュでも捉えている。生きている限り、場所の把握は可能だ」
「……逃げられはしない、と」
「ただし場所を把握しているだけだぞ。相手の動きを妨げる事は出来ないし、誰と何をしているかまでは判らない」
「それは、つまり……処分だけは、可能と」
「できるがね、上空から狙うと隕石落としをする事になるから、周り一面が廃墟になる。それは最終手段だな」
「こちらの捜査を急がせます」
魔導卿の機嫌を損ねては大惨事になる。
改めて相手の力を見せつけられたガディス卿は、血の気が引くのを自覚していた。