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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
15/80

貴婦人はいつだって恐ろしい。

短めです。

 さすがに、上流階級での噂の流れ方まで調べるのは官僚の手に余る。


「こういう時に、上流階級女性の伝手があるのは助かるよ」

「あら、小父さま、もっと褒めてくださってよろしいのですよ?」


 にこにこ笑顔の女性は、高橋の奥さんでもあるティファちゃんだ。

 いや、もう「ちゃん」付けで呼ぶほど幼くはないのだが、どうも昔の、高橋にまつわりついてた少女の感覚が抜けない。


「今までのところ、ムンディ伯爵夫人の生まれについて何か聞いているという事は()()いませんわ。センスが悪いという噂はございますけど」


 今、さりげなく黒い発言をした気がするが、とりあえず虚心に聞いた方が良いだろう。

 自身も伯爵家の生まれで、相応の貴婦人として育てられているティファちゃんはもちろん、上流階級婦人との交流を維持している。社交の場で無駄なおしゃべりばかりに興じる女性もいるのだろうが、ティファちゃんの場合は薄く広く広がる話を(すく)い上げる、諜報員としての活動の場だ。御母堂に仕込まれた情報収集能力は、まったく侮れない。

 できる上流階級婦人を敵に回してはならないと、ティファちゃんの御母堂にお世話になった際には身に染みたものだった。

 その御母堂も同席してのお茶会(という名の情報交換会である)に、すっかり固くなっているのがウルクス君で、戸惑っているのがハウィル君だった。


「センスが悪い、というと」

「輸入品を見せびらかすような着飾り方は好ましくないと、そう思われておりますのよ」

「成金趣味、ということかな?」

「お金はかかっておりますわねえ」

「ムンディ伯爵の収入でまかなえる額?」

「その範囲には収まっておりますけれど、入手できるのはごく少数の伝手がある者ですわ。魔石細工ですもの」


 ハウィル君がようやく、この会話の意図に気が付いたようだった。

 ウルクス君は既にお茶会の意図に気が付いているようだが、郷士階級の出身であるウルクス君はもっぱら、マナーが気になっているらしい。貴族との付き合いのあまり無い官僚だから仕方がない。


「魔導卿、魔石細工は厳重管理されているはずです」

「問題は、いつの時代のものかということだよ。あとは輸入品というところに疑問が残るな」


 魔石細工、とは魔術を仕込んだ宝飾品の事だ。魔力を溜めこむ性質をもつ一部の鉱石をバッテリーがわりにし、貴金属部分を増幅回路に用いた、一種の遠隔魔術装置である。そのバッテリーがわりの石が宝石に準じた美しさを持っていれば、当然、宝飾品としても重宝されるというわけだ。


「こちらの術式とは異なる可能性もありますね」

 と、ハウィル君。

「その場合、輸入規制対象にならない事もあるな」

 そう私がコメントすると、

「古い物の場合、骨董品として持ち込まれる事もありますね」

 と、ウルクス君が指摘した。


 そこで、デーリャ夫人(ティファちゃんの御母堂だ)が小さく咳をした。


「お若い方に洗練した会話を教えて差し上げるのも、私どもの役目ではございませんこと?魔導卿」

「ああ、すまんすまん」


 いくらなんでも直接的過ぎたか。

 貴族、それもご婦人がたの交流となると、京都人との会話が成立しそうな遠回し発言のオンパレードになる。

 先ほどの官僚2名と私の会話は、今のような茶会の場では不躾そのものだ。『(ひな)からのお越し、大変でしたわねえ』と嫌味の一つも言われるのが通例である。


「今回は大目に見て差し上げますわ。不慣れでらっしゃるご様子ですし」

「申し訳ない」

「こういう場合はですね、細工物についてお尋ね頂けばよろしいのですよ」


 若手二名にむかって、デーリャ夫人がレクチャーを始めた。


「それに、婦人の装いとは宝飾品だけで完成しているわけではございませんからね。細工物に合わせてどのようなものを身に着けていたか、髪形や化粧についても気を配らねばなりません」


 デーリャ夫人は自分の手をテーブルの上に出し、中指に(はま)る指輪を2人に見せた。


「この指輪はご覧の通り東国の産です。本当に装いを凝らすならば、この指輪を最新流行の金剛石の首飾りとともに身に付けるなど、野暮の限りなのですよ」

「……はあ」

「他の物にも、釣り合いが必要なのです。何を身につけているかを厳しい目で評価するのが婦人の付き合いでございますからね」

「何分、不調法なものでして……」


「殿方に、理解しろと申しているわけではございませんのよ。色々なところに、お望みの答が隠れていると申したいのです」


 60代も後半の貴婦人の笑顔は、なかなかに迫力があった。

 社交界の中でけして目立つことなく、しかし存在が埋没する事もなく泳ぎ渡って来た情報収集の猛者だから、当然か。


「私どもは見ておりますし、聞いておりますし、お喋りする口もございますからね。今回の場合も、その魔石細工について話をふくらませばよいのですわ」

「と、言うと……」

「魔導卿でしたら、どうお聞きになります?」


 私に振るとは、夫人も容赦ない。あまり得意じゃないんだが。


「そうだなあ、品の無い細工と暗に匂わせた発言があったから、新しくて大きいものだったのかと聞くかな」

「お歳の割に、直接的な質問をなさいますわね?」

「落第点か」

「方向性は、間違いではございませんわよ。それに、質問は一つだけなさればよろしいのです」


 きょとんとするウルクス君に、デーリャ夫人はにこりと笑って見せた。


「同伴する婦人同士でお喋りするきっかけになればよろしいのですよ。この席ですと、わたくしと娘ですわね。わたくしどもの会話から、必要な情報を拾って頂ければ良いのです」

「やって見せたほうが判りやすそうだが、お願いできるかな」

「ではまず、ご質問をどうぞ」

「ふむ。魔石細工ならよほどの高級品だけど、よく輸入できたものだね」


 顔をしかめられた。


「まったくもう、卿ときたら……しかたありませんわね」

「お母様、小父さまにこれ以上は酷ですわよ」


 ティファちゃんに追い打ちをかけられた気がするが、気にしない事にしよう。


「今までの魔石細工とはちょっと変わった斬新な意匠ですのよ。金銀をふんだんに使っている上に、小さな魔石をたくさんちりばめてありますの」


 ハウィル君が立ち上がりそうになったのを、デーリャ夫人が視線で止めた。


「私の感覚では、それはかなりキラキラしてそうに思えるんだが」

「ええ、煌びやかですわね。あれで、石の色が揃っていて、あんなにごてごてと腕にも首にも付けるような真似をしなければ、素晴らしいと思うのですけど」


 一見すると、ただの悪口だ。

 しかし、ハウィル君には意味が判ったのだろう。私もだが。


「……魔導卿」


 私に話しかけたハウィル君に、


「今ここで、口に出されてはいけませんよ?何食わぬ顔をして聞き、戻ってから役立てるものなのです」


 そう、デーリャ夫人が釘を刺した。

 私とティファちゃんはハウィル君を無視し、


「しかし、キラキラ好きな御婦人はたくさんいるだろう。今後、人気が出るのじゃないかな?」

「ええ。ムンディ伯爵夫人のお友達には、真似なさる方もいらっしゃいましてよ?」

「ムンディ伯爵夫人はさしずめ、次の流行を作ってるというところかな」

「あら、それなら伯爵夫人じゃなくてエガント商会じゃないかしら。エガント商会が売りこんだと聞いておりますの」


 と、ここまで続けた後で、ティファちゃんが若手二人に向けてにっこりほほ笑んだ。


「お二方、婦人の使い方は見当がつきまして?」

「……ええ、はい」


 応えたのはまず、ウルクス君だった。


「恐ろしいものですね」


 彼の頭に浮かんだのは、エガント商会と繋がる流通網の事だろう。


「ただし、全ての婦人がこれを出来るわけでもございませんわよ?今回は小父さまの聞きたい事をわたくしも存じておりましたから、必要となさる事に絞って、小父さまでも判るようあけすけにお喋りしてみましたの」


 そう。今の会話は、ティファちゃんがしっかりとこちらの望むものを把握し、情報を握っていたからこそ成り立っている。

 無為なお喋りに聞こえるのは、事情を知らない物だけだ。


 ……そしてできる上流階級婦人は、こちらの気付かぬ間に情報を集め役立てている。たとえば嫌いな食べ物といった些細な(しかし誰にも言ったはずがない)事であっても、晩餐に出さないためにというただそれだけの理由で把握してしまうのが彼女たちだ。目的がもっとはっきりしていれば、協力を得られるならば有力な情報源となる。


「……タカハシ書記官が恐れられる理由、良く判りますね」


 ウルクス君が私に向かって言ったが、ティファちゃんは笑顔でうなずいた。


「ええ、夫の役に立ちたくて覚えましたから。婦人同士の事に夫は口を挟めませんから、わたくしがそこは補いますのよ」


 伊達に少女の頃から高橋に懐いていない。筋金入りである。


「高橋本人も優秀だけど、ティファちゃんの補佐が大きいんだよ」

「あら小父さま、もっと褒めて下さいな?」


 順調に女傑化しているようで、なによりだった。

ティファ夫人、なかなかに健気です。

次回更新は28日頃になります。

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