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異世界召喚被害者の会。  作者: 中崎実
被害者会会長、また呼び出される。
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不愉快な舞台裏

 若者2人では当然、人手が足りない。主に実動部隊と言う面で。

 ついでに言うと、人を集めるための場所も足りない。


 というわけでサエラやガディス卿にも断りを入れ、自分の持ち家に引っ越した。


 もちろん、ここは妨害装置(ジャマー)を例外設定にしてある。主監視装置を置いてあるのもこの家で、私の留守の時には管理人が常駐しているから、連絡さえ入れれば引っ越すのに問題は無かった。

 貴族らしい体裁を整えろ、とサエラが人を寄越したのはいささか想定外だったが。


「特別調査室オフィスって命名したらいいんじゃない、ここ」


 相変わらずの高橋がやってきて、一階を見学したあとそう言った。


「常勤なんかやらないぞ」

「働かざるもの食うべからず」

「貴族って働かないものだそうじゃないか。一応、私も貴族らしいぞ?」

「貴族ってツラはしてないだろ」


 お互いの顔を見て吹き出した。

 私も高橋も、先王に迷惑をかけられた詫び代として、一代限りの爵位と貴族年金は受け取っている。


「らしくない話だよな」

「似合わないよねえ。何年たっても慣れないよ」


 なんせ高橋が伯爵令嬢だった奥方と並ぶと、美女とスライム。奥方はとにかく、高橋にそれらしい風格など見当たらない。

 とはいえ、その場はポヨポヨと揺れていれば間に合うのは、高橋の人徳だろう。裏では色々と腹黒い、邪悪なスライムだが。


「体裁はとにかく、必要なものは用意できたと思うけどな」


 スタッフの作業場所と会議室、それに私のオフィスを確保しようと思ったら、当然だが王宮の片隅なんか借りていられない。

 その点こちらなら、表向きの引退を機に貴族の城下町屋敷らしい設備、たとえば遊戯室や舞踏室といったものを改修したから、場所はそれなりにある。


「意外に面倒見が良いよね、寺井って」

「そうか?」

「魔術貴族からラブレターが来てるって聞いたよ?」

「ああ、あったな。ハウィル君の縁だろう」


 魔術官僚を一人くれと頼んだらやってきたハウィル君、あれでなかなか顔が広かった。


「いくつか技術改良についての相談が来てたから、大学と共同研究でもやっとけと返事しておいた」

「王立大学が面くらってた」

「そりゃまあ、工学校を紹介したからなあ」


 これまでの常識では、魔技術を担うのは魔術師だけだ。つまり魔技術に携わる者はたいてい、数学に弱い。

 そんなのに付き合ってられないので、工学校に丸投げした。

 この世界の事なんだから、この世界の工学者がどうにかすれば良い話である。工学と魔学で同じ目的の研究をしてたりするんだから、せいぜい協力すれば良い、くらいの判断だった。


「迷惑だったら断ればいいんだ」

「むしろ狂喜乱舞。まさに悩んでた問題が解決しそうです、だってさ」

「じゃあ問題ないな」


 というか、今まで協力しようと思わなかった方がどうかしてるんだが。


「伝手が無かったんだってさ。ほら、魔導師って変にプライド高いところあるし、工学校からのアプローチが難しかったらしい」


 それもまあそうか。

 プライドの高い魔導師は、他に頼るのを良しとしなかっただろう。

 そして大学側も伝手の辿り方を間違えると、自由な研究を妨害される羽目になる。うかつに接触できる相手でもない。


「魔導卿の仲介なら、貴族連中も大きな顔は出来ないからね」

「文面は気を使ったからなあ」


 工学校に対して尊大に振る舞う事の無いよう、手紙で釘を刺しておいた。


「上手くいったなら、それで良いんじゃないのか」

「せっかく作った悪党(ヴィラン)としての魔導卿のイメージが壊れるという問題があってだね」

「壊しとけよそんなもん」

「いやあ、困るよな。目的のためなら悪をも辞さない魔導卿、実は善行も怠らないとは!」

「なんだよそれ」

「トマソンの創作意欲がすごい刺激されてるって話」

「げ、あいつのこと止めろよ!?」

「あ、無理。やめろと言ったらもっとひどいシナリオになるよ」


 動乱期にトマソンの文才は大いに利用させてもらったから、高橋の言うとおりだというのは理解できた。

 納得する気にはならないが。

 それから2階の私のオフィスに案内する。


「今度は2階も使うんだ」

「階段ものぼれるようになったから」


 昔もできなくは無かったがキツかったし、こちらのエレベーターは手動式しかないので、どうしても1階に設備が集中していた。


「ああそうか、なんか明るくなったと思ったけど、怪我を治したせいかな」


 人の顔をつくづく見て何を言うかと思ったら、唐突にそんな事を言ってきた。


「それはあるだろうな。少し心もとないけど歩けるし、痛みも無い」

「良く治せたね」

「人工関節が使えたんだよ」


 治療についていろいろ議論はあったらしいが、詳細は知らない。

 今はちょっとした斜面も歩けるレベルになっているから、これだけ回復すれば十分だろう。もっとも、怪我をしてから40年以上を杖で過ごしてきたので、何の支えもなしに歩くのは不安だが。


「それで、なんだか厄介な進展があったらしいね?」


 茶を持ってきた侍従が退がったところで、高橋が口を開いた。


「ムンディ伯爵の配下の汚職があった件かな」

「そう、それ。伯爵との直接の関連付けは難しい、って事だったけど」

「ウルクス君が調査を続けてるけど、難しそうだね」


 ウルクス君が国務省に提出した報告書と資料のことは、高橋も当然知っている。

 ムンディ伯爵が『懇意にしている』者が汚職に関わったというだけで、直接の指示があった証拠は一切出てきていない。


「ただ、こちら側にとっての進展はあったよ」


 陸軍への納入業者を洗ったところ、同一人物が浮かんできた。

 一見すると大した人物ではない。

 子爵家の三男坊という貴族の中では存在しないに等しい男で、公的な役職に就いているわけでもないからますます、貴族社会では無い者として扱われる立場だ。仕事も、特殊素材の取引業にわずかに関連している程度。

 財務省の件では『ムンディ伯爵の懇意の者』と接触しているだけで、表立っては大きな動きは無い。

 この程度ならどこにでもいる、ちょっとした口利きで何がしかの金を得ている、貴族ゆかりの者である。


「ところが、ハウィル君の調査上に同一人物が浮かんだ」

木端(こっぱ)役人にもなれなかった奴が?」


 高橋もたいがい口が悪い。


「本人に魔術の才能があるわけじゃないけどね」


 魔術用素材の取引業そのものは管理されているはずだが、どこにでも抜け道はあるし、管理体制も十分というわけではない。

 その抜け道の一つが、貴族が魔術を学ぶ場合の素材購入に対する、購入制限の条件緩和だった。


「弟子入りと称して魔導師の家にしばらく出入りし、その後、才能が無かったことを理由に辞める。これを何度か繰り返している」

「へえ。で、その魔導師が犯行を?」

「いや、魔導師になれるだけあって、彼らは無謀な賭けをするほど馬鹿じゃない」


 魔導師とは魔術師の育成を行う者を指し、魔術師の上級互換にあたる存在だ。弟子が取れる腕と知識があり、教育によって生計を立てるのだから、無謀な真似をする理由がほとんどない。ハウィル君によれば、魔導師は今の時代になっても、魔術家系にとって尊敬すべき職であるらしい。


「ただ彼らの弟子で、師匠とそりが合わない自信家だった者が関与した」


 該当者は6人。もちろん、全て死亡した。


「……辞めた後も、その男は弟子たちに接触していた?」

「その通り」


 才能が無いと私塾を辞めた後も、弟子同士の交流が続く。それ自体は不思議なことではない。

 そして人間関係を掌握しようにも、魔術師コミュニティに伝手が無ければそうそう判るものでもない。今回はハウィル君の顔が広いおかげで追えたようなものだ。


「そしてとどめがこれだ」


 さすがにこれはまだ外に出していなかった書類を、高橋の前に置いた。


「……出生証明書?」

「の、写し」

「……ムンディ伯爵の義父の、婚外子ねえ」

「母親の名前が問題だろ」


 記載されている名前は、ジュリア・オコンネルという『我々の世界の』女性名だった。


「……ジュリアの子か」


 召喚直後から暴行を受け、こちらの世界で亡くなった女性被害者だった。

 我々が踏み込んだ時には長年の虐待で衰弱しきっており、仲間の一人であったドクターが手を尽くしたものの、間もなく息を引き取っている。カトリックだった彼女が最期に望んだ秘蹟(ひせき)は与えることも出来ないまま、仲間が持っていた十字架を握りしめて彼女は亡くなった。

 ロザリオすら取り上げられ、すがるべきものを全て奪われて暴力に晒され続けていた事を考えれば、それだけでもマシだったのかもしれない。

 しかし、もう少し早く手が打てれば、という後悔は私達の中に確実に残っていた。


「現在の名前はファラル。家名は名乗っていない」

「三男だとそうなるよね。踏み込んだ時に保護しなかったけど」

「私たちが盛大に取り締まりを開始した頃に、養子に出されたんだよ」


 もちろん、隠蔽(いんぺい)が目的である。


「それまでの家庭環境については調査中だが、ジュリアには嫌われていたようだ。父親も、捨て扶持(ぶち)だけあてがってたようだね」

「まあ、ジュリアが顔も見たくなかったのは良く判る」


 子供に罪はないとはいえ、子供を見れば強姦魔の事を思い出すのは当然だろう。

 遠ざけても無理はない。

 実際、彼女は『子供のことなんて、聞きたくもない』とはっきり答えていた。


「で、その息子が召喚に拘ってる?」

「その可能性がかなり高い」

「彼の存在が公になったら、ムンディ伯爵にも何らかの影響はあるね」

「彼の義父は妻をないがしろにして、召喚被害者を()めにしつづけた変態、という話に持って行けるからなあ」


 噂とは作るものである。そしてこれは、致命的な噂を作るに十分な材料だった。


「ムンディ伯爵の細君の正当性、疑う材料にできるねえ」


 それだけ妻を放置した男なのだから、妻の産んだ子の種は誰のものか。という話だって作れる。


「そうなると、ムンディ伯爵の財産が半減するねえ」

「そういうこと」


 ムンディ伯爵の妻には、兄弟がいない。妹はいるがすでに嫁いでおり、妻が継いだ生家の財産はムンディ伯爵の管理下にあった。


「面倒くさい話になったね」

「誰だよ、押し付けたのは?」

「魔導卿の悪名に期待してるよ?」


 最後は力押しにならぬよう気をつけよう、と、高橋の悪い笑顔を見てつくづく思った。

『彼女が望んだ秘蹟』=“病者の塗油”です。

以前は「終油の秘蹟」と呼ばれ臨終の重病人に行われるものでしたが、現在は手術前等にも受ける事ができるそうです(人生に一回限りではないのだそうで)


次回更新は多分、10月21日(土)21時頃になります。

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