魔術師の会話は胃に悪い。
「死んだ魔術師同士のつながり、ですか」
「初期の事故で死んだ魔術師には、判らない者もいるだろうな」
頬杖を突いたまま言った魔導卿に、ウルクスは同僚のハウィルと顔を見合わせた。
2人が今いるのは、魔導卿の持ち物である街中の屋敷の一室だ。長らく使われていなかったはずだが掃除の行き届いたそこは、書斎のようにもみえるが本や書類の他に実験器具と思われるものも無造作に置かれていて、独特の雰囲気を醸し出していた。
「そもそも、素姓の知れない者もおりますし」
「ああ。そして彼らがどうやって掻き集められた連中なのか、そこが一向に判らない」
三人のついたテーブルに広げられているのは、大陸西部とこの国の地図だ。大陸地図の赤ピンが刺された地点はほぼ国内に集中しており、同じ場所が国内地図でもピンで示されている。
分布する地域の偏りは明らかだ。
「出自はとにかくとして、この魔術師はだいたい3つの系統ではないか、との御意見でしたが……2系統ではないかと思います」
魔術省の官僚だけあって、ハウィルはこの手の事に詳しい。
「と、言うと?」
「魔導卿にご説明するべきかどうか、迷うところなのですが」
「私はこちらの魔術師教育をほとんど知らないのでね、説明してくれるとありがたい」
魔術を含む公的教育制度を組み上げたのは、他ならぬ魔導卿を始めとする異世界人なのだが。と指摘したいところだった。
「ウルクス君、言いたい事は言ってくれ」
意外な事に、魔導卿はこの手の物言いが多い。『塔』と呼ばれる教育機関にいる魔導師たちと似た態度だそうで、魔術官僚でもあるハウィルはあっさり受け入れたようだ。
遠慮している方が逆に機嫌を損ねると判ってはいるが、一般官僚のウルクスとしてはやはり、自分の意見を口にし難い。
「はあ。しかし……現在の制度については、卿のほうが御存じかと」
「私塾や家庭教育の事まではさっぱりだ。伝統的教育を与えられない層に対して、制度を作っただけだからね」
「すると、伝統的魔術師教育について御説明申し上げる方がよろしいですね」
ハウィルは淡々とした対応だった。
「ああ、頼む。君が2系統だと考える理由を主に説明してくれれば良い」
「魔導卿が第2集団ととらえたこの者たちですが、第3集団の分派にあたるのです」
簡潔に結論を口にしてから、ハウィルは少し考えているようだった。
「伝統的魔術教育は、おおよそ5歳から始まる魔術師家系の教育と、10歳頃から始まる非魔術師家庭の教育があるのは、御存じでしたね」
「ああ。中等教育に魔術課程を作る時に、非魔術師家庭から弟子入りする制度を参考にしたからね」
「5歳から始まる伝統的教育は、大きく分けると5系統あります。そのうち、召喚術を施行しうるのは2系統です」
空間魔術を学ぶ2流派でなければ、召喚術は難しい。そう説明したハウィルに、
「他の3系統は?」
と、魔導卿が先を促した。
「一つは先見、いわゆる占術に特化しています。あとの二つは人心操作を得意とするものと、物理破壊を得意とするものです」
それぞれに開祖とされる者の名が付き、占術はファラド派、人心操作はラウリス派、物理破壊はエティワー派と呼ばれています、とハウィルは説明した。
「占術はとにかくとして、ラウリス派は扇動工作や重要人物の精神操作、エティワー派は兵器利用と言ったところが使い道なのかな」
発想が何かと物騒なのは、さすが魔導卿らしい事だった。
「ラウリス派は神殿と協力する事が多いですし、神官になるものも少なからずおります。エティワー派は伝統的に、運河や道路、それに城の建設に力を入れてきた一派です。戦争への応用もありましたが」
「ふむ。エティワー派で十分な教育を受けた者なら、食い詰める事もなさそうだね」
「派手さはありませんが堅実な仕事です。彼らに、使えば死ぬと言われる術に手を出す理由もありません」
「なるほどな。各派閥の魔術師が、途中から別の魔術に手を出す可能性はあるかな」
「無いわけではありませんが、空間魔術の適性を持つ者は少ないと言われておりますので」
「新たな魔術を覚えるより、土木技師になる道を選ぶ方がよほど確実か」
「はい。魔術を行使する能力は低くとも、エティワー派の家であれば、これまでに蓄積してきた知識に触れながら育ちますので。現在は中等教育の発展にも協力していますし、魔術一辺倒では無くなって来てもおります」
「なるほど。そういえば君も魔術師家系だという話だったが」
「我が家は残る2系統のひとつ、古典理論派です」
「もう一つは?」
「古典実践派です。特徴は読んで字のごとくと申しますか」
どちらも古い5大元素理論を元に術を構築する、現代ではいささか使い勝手も悪い上に理論上の破綻も避けられない派閥だ、とハウィルはこともなげに説明した。
「両方とも、空間魔術に関して学ぶと言うわけか」
「はい。召喚術は元々、古典理論のみの時代から存在していたものです。召喚術に代表される空間魔術を排除して理論を突き詰めた結果が、新3派と言われています」
「なるほど。召喚術をまともに実行する気がある時点で、古典派寄りのわけか」
「そういう事になるかと」
「古い流派となると、傍流もたくさんありそうだね」
「はい。ただし、今回問題になる者たちはそのうちの2派と考えてよろしいかと思われます」
「根拠は?」
「発動時の魔力波です」
テーブルの片隅に詰まれた資料を一つ掘り当てて、しおりを挟んだページを開き、ハウィルは1点を指差した。
「このピークが二峰性になる特徴がみられます」
「第2集団、第3集団に共通しているな」
「細かい説明を省きますが、これは古典実践派でも一部に特徴的なのです。最近判った事ですが」
「古典派といっても、新しい技術を取り入れてはいるんだなあ」
魔力波による魔術評価は比較的新しく、検出技術の開発者は魔導卿その人だ。
「古典派にも内部派閥はありまして。異端容認派と否定派に分かれてもおります」
「異端?」
「失礼を承知で申し上げれば、魔導卿、あなたの事です」
ハウィルの大胆な発言にウルクスは冷や汗をかいたが、
「ああ、当然だな」
と、当の魔導卿はあっさり納得しているようだった。
「驚かないのですね?」
「驚かないな。私は君達の理論をほぼ無視して実装してるんだ、異端と言われても無理はない」
「御理解いただけてなによりです」
魔術師同士の冷淡な会話は、ウルクスの胃にたいへん悪い。本人達は大した事を話しているつもりも無いのだろうが、一般官僚としては寿命が縮まる思いだった。
「それで、観測波形から他に読みとれる事はないかな」
「第一集団に分類された2名はおそらく、それぞれ別の流れです。しかも2人とも安定性が悪いので、いわゆる野良と考えてよろしいかと」
魔導卿自身もその2人は集団と見て良いかどうか迷ったのだろう、あらかじめ示された資料には『第一集団?』と疑問符付きで記されていた。
「野良か。正式に訓練を受けていない者となると、追いにくいな」
「このパターンを見る限り、聞きかじりの知識で魔術を行使していたと考えるのが妥当です。二つ以上の術式が混じっている可能性が高いと考えられます」
「ふむ。ところでその波形パターン分類は最近判ったと言う話だが、どこまで確定しているのかな」
「この二峰性についてはほぼ定説になったかと。野良の波形については、現在も研究中と聞いております」
「なかなか野心的だな、野良を追うのも楽じゃないだろうに」
「正統から異端までを理論で追い続けた、古典理論派でなければ出来ない事です。我々こそ、魔術の歴史とともにありましたので」
「その自信はいいな、実に良い」
くすりと笑った魔導卿は、どう見ても悪だくみをする悪役そのものだった。
「すると最初の二名を除けば、特定の流派と考えられるわけだね?」
「はい。声をかけられたが断った者を探していく方法を取ろうかと思いますが、いかがでしょうか」
「やってくれ。必要な魔力量から考えて、候補者はそう多くなさそうだな」
「おそらくは」
「方法はハウィル君に任せるよ。ああ、声を掛けられていない者もリストにしておく方が良いな」
「承知いたしました」
こういう時は古い魔術師家系の伝手は役に立つのだろう。
「ところでウルクス君、君にもやって欲しい事があるんだが」
「物品の流通についてはこちらにまとめてありますが……」
大きな術になると、相応の物資が必要になる。ウルクスが追っていたのは流通経路だった。
「第7、第9例では軍から横流しがあった可能性を考えますと、やはり確認が必要かと」
「そこはサウードに話を付けた、陸軍省で聞いて来てくれ。あとは財務省で第11例について把握してたかどうかの確認が必要かな」
まさか地方の役人が噛んでいるとは思わなかったが、ムンディ伯爵配下の者が関与する事例が含まれていた。
単に実行者を処罰すれば良い域を越えているため、国務卿にもこの件は報告済みだ。
「承知いたしました」
「君だけでは動きにくいようなら、私に言ってくれ。なんとかする」
この人の『お願い』を断れる者は、この王国にはなかなかいないだろう。
そう思いながら、ウルクスは承諾の返事を返した。