死神リョータ
郊外にある住宅街の、とある白を基調としたオシャレな雰囲気のマンション。建てられてからまだ5年半程しか経っていないこのマンションの、5階の1LDKの一室は、常に遮光カーテンがひかれており、光が射し込むことはない。ともすれば、使われていない部屋にも見える。
しかし、彼女はこの部屋のベッドルームで日々の大半を過ごしていた。ある日を境に、光が鬱陶しくなった。音が煩くなった。決して光の射すこともなく、音もしないこの部屋で、彼女はひとりベッドに横になっていた。3度の食事とトイレ、シャワー以外の時間に、彼女がこの部屋を出ることはなかった。食料は全て宅配で調達し、ごくまれに人目を避けるように深めの帽子を被り、サングラスをかけて、病院へ行く、ただそれだけだった。自分と社会を繋ぐもの、それはスマホだけだった。
彼女は眠れるときは常に眠っていた。起きている時間は憂鬱でしかなかった。どうしても眠れないときは、スマホを手に取り、SNSを使って他人をディスったり、死ぬ方法を探したりした。今すぐ死ねばいいと思っているのに、お腹が空けば食事をする、体調がすぐれなければ薬を飲む、そんな自分も許せなかった。
ーいっそのこと地球ごと全部なくなってしまえばいいー
そんなことまで本気で思っていた。
…どうしたら楽に死ねるんだろう…
その日もちょうどそんなことを考えていた。飛び降りが確実だが、やはりちょっと怖い。万が一助かるととんでもないことになりそうだが、睡眠薬を飲んで首を吊るか…ドアノブでも首吊りはできるようだし…。遺書は書かない。誰にも何も言いたくないし、自分の痕跡を残したくなかった。本当なら世の中ごと消し去ってしまいたいが、それができないなら、せめて自分を消してしまいたかった。
スマホを見ながらあれこれ思いを巡らせ、気付くと夜中の0時を過ぎていた。いつもならもう眠りに落ちる時間だった。しかし今日は何故か眠くならない。彼女はスマホを横に置いて、壁に向かって横向きになった。
…もう、嫌だな…
その時だった。
「坂下美紅、29歳。現在休職中で一人暮し。友だち無し。恋人無し。趣味はSNSでリア充をディスること。3年前にうつ病を発症。現在通院治療中。間違いないよね?」
いきなり若い男性の声が聞こえた。
「!?」
彼女は驚いて起き上がり、声のする方に顔を向けた。
真っ暗なはずの部屋に、何故かそこだけ光に包まれた男性が微笑んで立っている。よく見ると、サラサラのプラチナブロンドの髪に、キレイな顔立ち、背も高く、ある意味浮世離れした外見をしていた。身体には黒のマントを纏っている。
「美紅さん…ですね」
男性が再び声を掛ける。
「あ…あなたは…」
あまりにも驚いて、言葉もろくに出ない。
「おっと、自己紹介が遅れましたね。僕はリョータ、死神です」
そう言って優しく微笑んだ。
「死神…?死神って…」
もしかして、眠れないと思っていたが、いつの間にか眠っていて、夢でも見ているのだろうか…。